18歳からの腐れ縁まんじゅ氏の死

6/3の早朝、私が18歳の頃、北京留学中に知り合い、今までずっと腐れ縁だったまんじゅ氏が亡くなりました。

死因は私と同じ病気、大腸がん(S状結腸)です。

彼とは知り合ってすぐ意気投合して、付き合うようになり1年2ヶ月で別れたのですがその後は友人関係がずっと続き、元彼というよりは腐れ縁と言った感じになりました。
お互い留学生活が終わり、日本に帰国してからはあまり会ったりはしませんでしたがメールやSNSではちょくちょくやり取りしていました。

2023年12月、彼はXに「手術して入院している」とポストしていてそこに応援リプを入れるとLINEが来て

「実はキミと同じ病気なんだけどごく数人の人にしか知らせてない、家族にも知らせてないから絶対口外しないでほしい」

私は「そうなんだ、私と2年違いで同じがん罹患なのね、変な言い方だけど私が2年先輩だから治療のこととか聞きたいことあったらいつでも連絡して」と返信すると

「実はステージ4で肺と肝臓にも転移している、退院したら抗がん剤治療して夏に肺と肝臓に転移したがんの手術をする、今回のS状結腸切除の手術は成功したよ」

「そっか、ならよかった。お互いS状結腸がない同士頑張ろう」

「キミのnoteのがん闘病マガジン読んで参考にさせてもらってるよ」

(ちなみにこちらです、たくさんの人に少しでも異変を感じたら病院で検査をしてほしいという思いから自分の闘病、経過観察中での出来事を書いています)

というやり取りをした後、彼はXに闘病アカを作り、闘病記録をポストするようになりました、ちなみにそのアカウントも一部の人とがん関連の人のみにしか教えてなかったので申し訳ありませんが本人の許可なくこちらに貼ることは控えさせて頂きます。

彼は1ヶ月の入院、手術を経て2024年1月に退院、2月に仕事で長野に来るということで10年以上振りに再会、お互いラーメン好きということでラーメン食べてお茶しながらお互いの闘病の話や近況で盛り上がりました。

6月に肝臓と肺の手術も成功したようでホッとしたのも束の間、秋に再発、抗がん剤治療を開始

開けて2025年2月、仕事で長野に彼が来て会い、彼の口から「去年11月に余命宣告された、あと1年半だって」と聞かされました、そして…

「仕事はずっと続けるしドクターストップがかかるまでやるつもり、死ぬのは怖くない、痛いのはイヤだけどね、あと余命宣告のことは本当にごく数人しか知らないし家族にも言ってないから今後も口外しないでね」

私「わかった、口外しない約束する、これから治療大変だと思うけど応援するよ」

なぜ彼は亡くなるまでがん罹患と余命宣告を隠したのか、これは私もがん罹患したからよくわかるんですががんになったと聞くと「じゃ仕事しないで治療に専念しなきゃ」「◯◯は身体に悪いから食べちゃダメ、身体にいいもの食べなきゃ」「健康的な生活しないからがんになるんだよ」など悪気なく言ってくる人達が多いんですよ、私も言われてうんざりでしたからね。
つまりはがん患者は寝たきりになっていると思い込んでる人達にこういうことを言われるのがイヤだったんですね、他にも理由はあると思いますが。

そしてがん罹患と余命宣告の件を知っているごく少数の中に私も入っていたのは多分、私自身も大腸がん罹患し、経過観察中であり、がん患者の気持ちがよく理解できるため相談しやすかったからだと思います、私も大腸がんに罹患してなければきっと言わなかったでしょう。

その1ヶ月後の3月、また仕事で長野に彼が来て、会うと病状は徐々に進行しているようで「腫瘍が痛いからカロナールを飲んでいる」

それを聞いて心配でしたが抗がん剤治療をしながら仕事を続けて、体調を崩して入院したりしましたが2026年を迎えました。

そして4ヶ月前の2/13、彼が仕事で長野に来て、これが彼と会う最後となりました。

食も細くなり、体調も「どこも痛くないことなんか1日もない、バッテリーが弱くなったスマホみたいにすぐバテる、でもまだやりたい仕事もあるから来年の3月まで生きたい」

厳しいだろうけど奇跡が起きて欲しいと願いました…

その1ヶ月後、体調を崩して入院、彼からLINEが来て言葉を失いました。

「延命治療が終了して、緩和ケアに移りました、今までありがとう」

何とか一旦退院でき、通院しながら仕事を続け、闘病アカにこんなポストをしていました。

「寝たきりはイヤだ、死ぬまで現役でいたい」

私はこんな憎まれ口をLINEで叩きました。

「ポスト見たよ、死ぬまで現役でいたいってやつ。
私、初めてキミのことカッコいいと思ったよ、付き合ってた時もぜーんぜんカッコいいって思ったことなかったもん」

「アホかw」

と返ってきましたけどね。

そんなに具合悪いのに無理して仕事続けるなんて…という人もいるかも知れません、私も自分ががんに罹るまではそう思ってました、でもね、違うんですよ、がんでも普通の人と最後まで同じ生活がしたいんです!

5月に入るとXの本アカ、闘病アカともにポスト、リポストが減っていき、下旬になると本アカに毎朝その日の予定を書いたポストのみになり、5/28、朝の予定のポストもなく心配していたら5/29に「入院しました」とポスト、LINEすると

「緊急入院になった、これで最後だと思う、痛み止めを3倍にしてもらった」

そこで私はちょうど6/5に東京に旦那と行く予定になっていて有休もすでに取っていたので会えるなら会おうと思い 

「慈恵医大(彼が入院していた)は面会可能なの?6/5に東京に行くから可能なら行くよ」

とLINE

「緩和病棟だからいつでも面会可能だけど6/5まで生きているかわからないから前日の6/4にまたLINEして欲しい、会えるの楽しみにしてるからそれまで頑張って生きます」

「絶対大丈夫だよ!」

そのやり取りをした後、旦那に
「お願いがあるんだけど、6/5に東京で30分だけ私だけの時間をちょうだい、慈恵医大に行きたいの」

旦那に事情を話すと「それなら6/5を待たなくてもすぐ行って来ていいよ、長い間からの腐れ縁なんだし」と言ってくれました、元彼だった時期があることも知ってるのに…改めてうちの旦那に感謝しました。

「ありがとう、でもね、6/5に会えれば最後に会った方がよかった、もし間に合わなかったらもうすっかり弱った姿を見ずに2/13に会ったのを最後でよかったということなんだと思う」

と答えました。

私は5/31から毎朝、おはようLINEをしていました、6/2まではすぐ既読がつき、返信やスタンプが来ていましたが…

6/3はお昼休みを過ぎても既読がつかない…

15時の休憩にスマホを開くと彼から返信が!

でも開くとそれは彼のお姉様からの代筆で彼が3日の朝亡くなったという内容でした。

きっと彼が亡くなった後、お姉様に病院から連絡が行き、遺品のスマホを開くと私からのLINEが未読になっていて内容が「おはよう、いよいよあさってだね、明日またLINEするから緩和病棟の部屋番号とか詳しく教えてね」というものだったので急いで連絡してくれたのでしょう、大変感謝致します。

彼は亡くなる1週間前まで最後は杖を使いながら通勤し、仕事をしていました。
本当によく頑張ったと思います、すごいよキミは!

そして最後に一言言わせて頂きたいのは私と彼は同じ大腸がん(S状結腸)でありながら彼は亡くなり、私は手術から4年半経過、再発、転移なしで経過観察期間残り1年を切りました。
その違いはなにか?それは…

「お尻からの出血に気づき、私はすぐ病院に検査に行った、彼は行かなかった」

たったこれだけなんです!

なのでお願いです、こちらを読んでくださった方、少しでも身体に異変を感じたら病院に行ってください!


では彼にひと言

数十年後にそちらでまた飲もうね🍻

またね!

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