『天啓予報』第90章 六大系譜
「ペラペラペラ……」
槐詩は首を振り、煩そうに戚元の話を遮った。
「俺はそんなにたくさん映画をみてるわけじゃないけど、少なくともこれは知っている。少しでも本格的な悪役はそういうことを言うんだ。だけど実のところ、奴らの言う新しい世界ってやつは、実際めちゃくちゃなんだ。あんたがなにをしようとしているかはわかってる。だけどあんたは絶対に失敗する」
戚元の頭はほぼ百八十度回って、槐詩に正対した。表情は冷静だった。
「お前たちにはどうやっても止められない。俺を殺しても一緒だ。主(あるじ)の変化は峠を越えた。いつでも鏡界の胚胎の中から蘇生できる」
「それは他の人間が心配することで、俺は実はあんまり気にしてない」
槐詩は手を振ると、真面目に質問した。
「ひとつ質問なんだが――あんたは長いこと救主会と結託してたんだろ?」
「長くはないな、槐詩。といって短くもない」
戚元は冷静に尋ねた。
「お前は俺の信仰を疑っているのか?」
「あんたが何を信仰していようと問題じゃなかったんだが、いまは状況が変わった」
槐詩は頭を搔き、誠実な笑顔を見せた。
「前に福音班の演奏の時、ある老人が俺に四十元くれると言った。だけどまだもらってないし、その老人も見つからない」
言うと、槐詩は指をすり合わせ、真剣に言った。
「だから、ずいぶん時間が経ってしまったけど、利息と合わせて払ってくれないか?」
槐詩の目から笑みが消え、灰色の冷たい光が浮かんだ。
「多くは望まないから安心してくれ」
槐詩は言った。
「お前の命で十分だ」
戚元は何も言わず、ただ目の中に一筋の赤を浮かべた。彼はゆっくりと手を上げると、指を鳴らした。音が空気を震わせた。暗がりに隠れている怪物たちを呼んでいるように。
その意味は明らかだった。
「そうか。残念だ」
槐詩は溜息をつくと、両手を広げ、刀と斧を呼び出し、雷光を加えた。
「お前を真似て言うなら、これは私怨じゃなく――」
槐詩はゆっくりと顔を上げ、血の色に囲まれている戚元をじっと見ると、歯を見せて笑った。
「ただの未払い請求だ」
刀と斧がぶつかり、鋭い音とともに電光と火花が散った。
少年は人間の皮を脱ぎ捨て、炎を纏った悪鬼の姿を露わにした。劫灰の霧が立ち上った!
バン!
雷光の斧刃と戚元の周囲を取り巻く血の色が衝突し、波が砕けるような激しい音がした。
「その程度か?」
戚元は冷笑した。
「まあいい。父と仲良く遊ぶといい」
瞬間、天井が崩れ、重いものがどさりと落ちてきた。
槐詩の背後で生臭い風が吹いた。
槐詩が振り向くより早く、何かが彼の肩に乗っていた。つづいて、槐詩は猛然と引っ張られ、地面に投げ倒された。
俯せに倒れた槐詩は後頭部に悪寒を感じ、咄嗟に身を翻した。頭のあった場所が足で踏まれ、石畳が砕けた。飛んできた石の欠片が槐詩の顔を傷つけた。
槐詩は立ち上がってそれを見て、驚愕した。
戚問!
そいつの顔は確かに戚問にそっくりだった。だが戚問の顔以外はまったく違っているのが問題だった。死体を縫い合わせた体からは、蜘蛛のように、めちゃくちゃに手足が生え、見るに堪えない悲惨さだった。
父子揃っての参戦がこんなだなんて!
「槐詩……」
戚問の頭は涎を垂らし、驚いている少年をじっと見ると、狂ったように叫びながら、手足を使って這ってきた!
「槐詩!槐詩!槐詩!」
「そんなに親しげに呼ばないでくれるか!」
槐詩は刀を抜いて反撃し、襲い掛かってきた蜘蛛の足を防いだ。火花が散り、槐詩はよろめいて後ずさった。
戦っている二人を見て、戚元は唇に冷笑を浮かべた。
だが笑顔がまだ顔中に広がらないうちに、彼の頭上の天井に真っ直ぐな亀裂が走った。その中から冷たい刃の光が飛び出し、血の色を貫くと、戚元の喉に真っ直ぐに向かった。
天井の壊れる音とともに、恐ろしい般若の面が暗闇の中に浮かび上がり、 戚元に向かって冷たく笑いかけた。
澄んだ少女の声が聞こえた。
「――あんたの首、この里見(さとみ)琥珀(こはく)がいただく!」
戚問との戦闘の中、槐詩は愕然と振り向き、顔色を変えた。
畜生、俺の得物を横取りする気か!
戚元の奴いったいどれだけの人間に借金をしてるんだ!
※
※
「里見琥珀?」
力いっぱい鉄の箱を引っ張りながら、柳東黎は社保局の応援者リストを見た。そして瀛洲(えいしゅう)の名前を見てハッとした。
「華族の里見家か?鹿鳴館に行かず社保局に入った、あの物好きな?」
柳東黎は感嘆すると、腕時計から視線を上げ、ホームの上に座っている女性を見た。
まるで自宅のソファにいるようにリラックスし、淡々と銃についた血を拭っている。
艾晴だった。
柳東黎は呆然とし、それから咄嗟に営業スマイルを浮かべたが、それは強張っていた。
「あ……久しぶり」
艾晴は眉を上げて柳東黎を一瞥した。
「新海にずっといたの?天文会四等武官兼影の監察官、柳東黎さん」
柳東黎の笑顔はますますひきつった。
咄嗟に槐詩が漏らしたのではないかと考えたが、艾晴の表情に騙されていたことを怒っている様子はなく、逆に最初から知っているようだった。
自分の偽装工作は失敗していたのか?
柳東黎は意気消沈した。
「いつ俺を疑った?」
艾晴は冷ややかに質問し返した。
「いつ信用したことがあるかを尋ねるべきね」
「人に対する警戒心が強すぎるのはいいことじゃない」
柳東黎は首を振り、ポケットを探って煙草を取り出すと深々と吸った。
「すべての人間が君を傷つけようと思っているわけじゃない」
「殆どの人間で充分よ」
艾晴は武器をしまうと、柳東黎に向かって手を伸ばした。
「紅酊ある?白酊か黄酊でもいい」
「全部ある。ちょっと待って」
柳東黎はとぼとぼと歩いていくと、腰を屈めて艾晴の両腕と首を調べ、血管が浮き出ているのを見て眉を顰(ひそ)めた。
「なぜこんなことに?駆動フレーム?何を考えてるんだ?そいつの副作用を知っているのか?神経中枢が電流に破壊されたら半身不随になってしまうんだぞ?」
「緊急事態よ」
艾晴は顔を上げて遠くを見ると、思わず溜息をついた。
「もし最近私が学んだことがあるとすれば、何でも他人を頼ってはいけないということ」
艾晴は言った。
「何でも自力でやらないとね?」
言葉には暗に批判めいた調子があり、艾晴の護衛としての役割を果たせなかった柳東黎をいたたまれなくさせた。
簡単な検査を終えると、柳東黎は艾晴の傷口に白い霧を吹きかけた。天文会支給の緊急薬で、外傷専門の白チンキである。その後、神経を整える黄チンキと内臓の出血を抑える赤チンキも。
この三種類はどれも興奮作用を伴なう。
肉眼でもわかるほど、艾晴の顔色はよくなった。
「まったく騙されたな」
柳東黎は艾晴のそばに座ると、遠方の戦闘音に耳を澄ませた。
「社保局はずっと前から準備していたんだろう?金陵のお偉方はとっくに知っていたのに、まったく外部に漏らさなかった。下の者が命がけなのに、まるで人間として扱っていない。
今の天文会は昔の天文会じゃはない。監察官となって久しい君はわかっているだろうが」
柳東黎は肩を聳やかした。
いま事態ははっきりした。
いつからなのか、東夏(とうか)は魔都を復活させようとする動きを防いでいた。
そうでなければ東夏のランキング第一位、全世界の五階の昇華者の中でも上位数名に入る符残光がどうして最初から戦場に現れるだろうか。
東海では壊滅要素・牧場主の禁軍である猟食軍団と昇華者たちが派手に戦っている。
双方は恐らく地獄で大立ち回りを演じていて、悪くすると今回は牧場主自身も出て来るかもしれない。
東夏系譜中のランキング一位の麒麟・符残光は大局をコントロールし、第二位の白帝子・儲清羽が至福楽土に突入し、第五位の天命・玄鳥は各都市に潜伏している帰浄の民をひとつひとつ殲滅していて、新海にも現れるかもしれない。
他にも守備要員が辺境を守りに行っているかもしれない。後方には夸父、諦聴と、聞くところによれば戦闘力が麒麟よりも高いらしい白澤もまだ出撃しておらず、老犬のように大人しくしている。
全世界の六大系譜の中でも有力な東夏系譜が暴れたなら、牧場主も慌てるかもしれない。
東夏系譜、ローマ系譜、エジプト系譜、ロシア系譜、アメリカ系譜、天竺系譜……
当時かつての理想国に従って分裂し、墜落した深淵系譜以外、現在の天文会の五大常任理事国は、世界が公認する六大系譜を掌握している。
これが五常の自信の源である。
数世紀にわたって現在まで続いて衰えることなく、内部で多く枝分かれし、直接国を代表している東夏系譜。
紀元前の第一王朝から脈々と現在まで続いており、神霊を化身とし、宗教と神霊の子の名が二つの河の流域を統べるエジプト系譜。
ローマ系譜とロシア系譜は、かつて西方全体を掌握した大系譜――聖霊系譜が分裂した後の産物である。
広範に派生した天竺系譜はもともと一、二を争う潜在力を持っていたが、有力な指導者の弾圧によって、三つに分裂した。そして四百年以来、壊滅系譜、創造系譜、維持系譜。この三つの間での内部闘争が絶えず、内戦が続いており、六大系譜の中で最も弱くなってしまった。
アメリカ系譜は、流浪してこの地に流れ着いた異類たちと辺境生物たちが、インカ系譜と連合して形成した新世代の聖痕系譜であり、最も若く、最も弱い。もし一人の在世の神霊の支持がなかったら、独立を保てなかったかもしれない。
かつて天国系譜と呼ばれていた深淵系譜は、とっくに没落していた。
訳者コメント:
槐詩のセリフ「お前を真似て言うなら、これは私怨じゃなく――ただの未払い請求だ」が大好きです!ヾ(*´∀`*)ノ
