『天啓予報』第87章 突破
蛇の尾は断ち切られ、勢い余った刃が飛び掛かってきたもう一体の浸食体を真っ二つにした。
トロッコの後方に投げ飛ばされた大蛇は怒り狂って叫んだが、追いつくことはできなかった。
トロッコの上、二人は生臭い血液でぐっしょりと濡れていた。驚きっぱなしの沈悦は槐詩の興奮した歓声を聞いた。
「何を喜んでる!」
沈悦は涙が出そうなほど怒った。
「アーケードゲームみたいじゃないか?!」
槐詩は興奮して答えた。
「ゲームセンターなら一回の射撃ゲームにつきコイン三枚……俺は遊んだことないけど!こんなに存分に遊べるなんて思いもしなかった!」
「やめてくれ!」
沈悦は叫んだ。
「遊ばないでくれ!帰ったら家庭用ゲーム機を買ってやるから、それで遊べ!」
「約束だぞ!」
タダでゲーム機がもらえることになって、槐詩の目はヘッドライトのように輝いた。
「そんなに怖がるなよ。何かあったら俺が引き受けるから、絶対に約束を……」
「そんなこと言ってる場合か!」
沈悦は絶望して叫んだ。
「また来た!」
先を争って襲い掛かってくる変異生物を見て、槐詩は感慨深く言った。
「これはつまり……俺たちが進んでいる方向は正しいってことだよな?」
暗闇の奥深くから、笛の音が聞こえてきた。
柳笛かそれとも奇妙な楽器か、 その音は悠揚とは言えず、しかし鋭いとも言えず、咀嚼の音に酷似していた。
奇妙な低い音の中、軽い変異生物は激しく震え始め、つづいて爆発した。槐詩たちが驚く間もなかった。爆発した体の中から生きているような黒い血液が波打って傍の大きな怪物の体の中に入り込み、更に多くの変異した気管を、獰猛に生長させた。
忽然と、槐詩の目の前に戚元(せきげん)が飲んだ黒い酒が浮かんだ。
黒い水晶のように澄み切ってた。
人をゾッとさせる気配を纏って。
「そういうことか?」
槐詩は小声で呟くと、沈悦の肩を叩いた。
「もっと速く!時間がない!」
沈悦は息を切らせ、苦しそうに喘いだ。
「自分で漕げ!でなけりゃ何も言うな!」
「ははは」
槐詩は素早く弾倉を交換し、前方に向けて構えた。
「俺にはもっと大事な仕事が……ある!」
瞬間、獣の群れとトロッコが激突した。
激しい揺れの中、銃声が轟いた。
トロッコは狂ったように揺れ、沈悦は恐怖に目を閉じて叫びながら、力いっぱいトロッコを漕いだ。
つづいて、槐詩は血と硝煙の匂いを嗅いだ。ねばねばした液体が体にかかり、前方と後方で絶え間なく爆発音がした。
引き金を引くと、連続して雷鳴のような轟音が響いた。
浸食物たちは狂ったように襲い掛かり、前後してトロッコを這い上ぼろうとしたが、機関銃と斧によってばらばらにされ、トロッコの下に巻き込まれてミンチになった。
悲惨な鳴き声と叫びが絶え間なく響いた。
ありがとう戚問、ありがとう何洛、ありがとう上座部密教双刀術。
砥石のバフのもと、雷光は槐詩の両腕に沿って両側に放射され、刀峰が這い上ろうとする畸形な蜥蜴を真っ二つにした。
槐詩は吼え、手に持った武器を振り上げ、再び前方から襲い掛かってくる敵に向かって全力で振り下ろした。
恍惚の中、数もわからない野獣たちが、奔流となってトロッコに飛び乗ろうとした。異臭が鼻を突く血液は渦巻く波となり、骨は暗礁となった。
小さなトロッコが一艘の船になったかのようだった。
彼らは死の海を進んでいた。
すべては簡単になった。海であれば、前に向かって進めばいい。波であれば、斧と刀で斬ればいい。暗礁であれば、雷光で砕けばいい。
もはや歩く必要もなく、彼らは真っ直ぐに暗黒の深淵の中を狂ったように墜ちていった。
ただ目の前のものを、最も得意な方法で、破壊すればよかった……
燃える陰魂は咆哮を放ち、胸の隙間は光を発し、前方に向かって、雷霆と心毒を存分に纏った刀と斧を振り下ろした。
殺戮の中、少年は歯を見せ、愉快そうに大声で笑った。
沈悦は自分はきっと狂ってしまったと思った。
撤退できる時にせず、きちがいと一緒に死の道を歩き出したことを、沈悦は後悔していた。金沐(きんもく)は既に死に、喧嘩もできない文官系の人間が事件を解決することなどできない。
沈悦は必死にトロッコのペダルを踏んだ。次々と襲い掛かってくる怪物に咬まれてもう死んでしまったような気がしていた。トロッコの上で疲れて死にそうになっていた時、沈悦はまたあのきちがいが歌い出すのを聞いた。
「へい!走れ橇よ!風のように!」
狂ったように前進するトロッコに、ねばねばした血が雨のように降り注いでいる。
炎を纏った痩せた影はトロッコの先頭に仁王立ちになり、悲鳴を聞き、血を浴びながら、ピクニックのように高らかに歌っていた。
「雪の中を!軽く高く!」
「ジングルベル!」
「ジングルベル!」
雷光が切り裂く音の中で、槐詩は大声で歓呼した。
「へい!今日は楽しい雪遊び!」
赤い血が降ってきて、いつ止(や)むともしれなかった。
地獄のように長い一分間、沈悦は何度も死んだと思い、すぐに、絶望の中で まだ死んでいないことに気づいた。だがこの後もっと悲惨な死を迎えるのではなかろうか。
ボロボロのトロッコは無数の浸食物の包囲を破り、戦いの中から真っ直ぐな赤い痕跡を描き出し、完全に包囲を突破した。
振り返ると、背後に次第に遠くなる怪物たちが見えた。そしてまた前を見ると、行き止まりが見え、再び絶望に陥った。
「歌うのをやめろ!前を見ろ!」
「これはまずいぞ」
槐詩は顔の血を手で拭うと、手すりをしっかりと握り、大声で叫んだ。
「どうせブレーキはないんだ、突っ込め!」
沈悦の絶叫の中、轟音が響いた
レールの行き止まりには崩れかけた壁と重い鋼鉄製のドアがあった。トロッコが激突し、ドアが開いた。完全にバランスを失ったトロッコは飛び上がり、空中で回転し、血と、車輪に巻き込まれたミンチを周囲に撒き散らした。
二人は埃の中を転がった。
トロッコは落下し、ホームに衝突すると、バラバラになった。部品が石にぶつかり、まるで放送のベルのような音を立てた。
最後の時間、トロッコは忠実に職務を守り、その残骸を以て槐詩たちに告げた。
――駅に到着しました。
沈悦は狼狽えつつ地面から這い起きた。顔と両手に痣が出来ていた。彼はまだ倒れている少年を見て、この疫病神をいっそこの場で絞め殺してやりたいと思った。
「お前は本当に昇華者か?!」
沈悦は怒って槐詩の首に手をかけた。
「なんて無鉄砲なんだ!何回死にそうになったかわかってるのか?!」
「死ぬぐらい、慣れればどうってことない」
槐詩は気にしていないように手を振った。
「それにまだ死んでないじゃないか?リラックス、リラックス……通常運転だ」
「なにが通常だ!お前はいったい何を考えているんだ!自傷傾向があるとしても俺を巻き込むな!」
沈悦に恐怖と心配半々の目で見つめられて、槐詩はぽかんとし、そして思わず笑い出した。
「知ってるか?俺が聖痕を身に付けた時、ある人が俺に聞いたんだ。力を手に入れた後、何をしたいかって……」
槐詩は考え、真面目に言った。
「その時、俺は思ったんだ、ヒーローになれるんじゃないかって」
「ヒーローは大概死ぬ!」
「それじゃ死なないようにがんばろうや」
槐詩は手を伸ばし、首から沈悦の指を外すと、壁に手をついて立ったが、足元はおぼつかなかった。
ゴウ!
静寂の中、二人の頭上から音が響いてきた。
つづいて、彼らの周囲の空間が揺れ始め、ひび割れ始めた。
現境を覆っている鏡界が揺れていた。
沈悦はハッとし、腕を上げて、じっとスマホの割れた画面を見つめた。そして画面に表示された通知を見て、狂喜した。
「社保局の応援が来た!」
沈悦はうれしそうに地図の上で光る緑色の光を数えた。
「七、八、九……十二人の昇華者!俺たちは見捨てられていなかった!」
「どこにいるんだ?」
槐詩は沈悦より緊張しているようだった。
「もうすぐだ!」沈悦は喜んで言った。「敵を倒しながら、あと三十分でこっちに来る!」
「ああ……」
槐詩は気まずそうに背後のホームを見た。
「沈さん、三十分じゃ俺たちは多分ダメだ……」
槐詩はちょっと言葉を切り、唾を呑み込んだ。
「少なくとも、俺は金沐がなぜ浸食体の手に落ちたか知ってる」
スマホの淡い光は、ホームの上の巨大な影と、車のヘッドライトのように大きな赤い目を照らした。
横たわってトラックぐらいな大きさの、狼なのかライオンなのか虎なのかはっきりしない生き物は、奇妙な特徴を備えていた。
体の毛は殆ど抜け落ちていて、一つ一つが大きな膿腫が見えた。頭は鱗で覆われており、開けたり閉じたりしている口の中には鉄の光を放つ牙が見えた。
歯の間に、金沐が失っていた腕が見えた。いまそれは怪物の舌の上で転がされ、おしゃぶりのように咬まれていた。
槐詩たちの驚愕の視線を感じたのか、巨大な狼の目に一筋の嘲弄がよぎり、つづいて飢餓と獰猛が現れた。
槐詩はとんでもないものに出くわしたと思った。
訳者コメント:
トロッコに乗ってジングルベルを歌う槐詩、とても好きなシーンのひとつですヾ(*´∀`*)ノ
