『天啓予報』第76六章 炎の男、金沐
このような辺境の遺物を続けて使用すれば、膨大な体力と大量の源質を消耗する。金沐の場合なら、第四段階アンチモンに昇級し、聖痕が『飛廉』に変化してやっと自在に使う事ができる。
斎戒圏のバリアが破壊されると、昇華者鎮圧部隊は帰浄の民に対して辺境の異種を解放するように交渉を始めた。
轟音とともに大地が揺れ、猿によく似ているが蜥蜴の頭を生やした巨大な辺境の異種が龍馬ビルの大門を飛び越え、ビルを包囲している軍隊に襲い掛かった。
反撃の銃弾や砲弾は、怪物の体を覆う燃え盛る火に融(と)かされてしまった。
猿もどきの怪物はあっという間に一台のタンクを破壊すると、天を仰いで吼え、タンクの残骸を手当たり次第に掴んで投げた始めた。軍隊の陣形は崩れ、続いて飛びかかって来た辺境の異種たちに隙を与えた。
『金沐はまだ体力はあるか?』
伝所長は通信越しに尋ねた。
金沐は歯を見せて笑った。
「この程度の火種、一皿のおかずだよ」
金沐は鉄鞭を肩に担ぐと、空高く飛び上がり、蜥蜴の頭を持つ火猿に向かって鉄鞭を振り下ろした。
火猿は素早く身を躱し、目を見開いて金沐を睨むと、白い炎を口から吐き出した。
金沐の周囲は呼吸すれば肺が焼け蹴るほどの高温で、炎の中心は鋼鉄も瞬間的に溶かしてしまうほどだった。
金沐はびくともせず、更に笑顔になると、遠くに向けて炎の燃える掌を伸ばし、虚空を掴んだ。あっという間にすべての炎は消え、恐ろしいほどの冷たさが取って代わった。
恐怖の熱さから、残酷な冷たさへ。
かつて、昇華の前に消防隊員として死線をくぐっていた金沐は、炎を前にして霊魂が覚醒した。霊魂の奥深くにある最大の欲求によって、彼は白銀の海ですべての炎と熱量をコントロールする力を与えられた。だが残念なことに、その時の奇跡のような救出劇の後、彼は自分が愛している消防隊員の職を去らねばならなかった。辺境との戦いに身を投じるために。
だが氷鉄を砕くほどの硬い決心は、何物にも動かされたことはなかった。
――世界からすべての火災をなくす!
「絮児、今日はゲームは禁止したか!」
炎の余熱の中を潜行するように、彼は咆哮を放ち、手に持った鉄鞭を高く掲げ、振り下ろした。避けられなかった火猿の頭は霜に覆われ、凍り付いた。
次の瞬間、両者は交錯した。火猿の頭は粉々になり、肩まで砕かれた。宙に舞った腕はたちまち凍り付いて、地面に落下して砕け、氷の破片となった。
「ちくしょう、もう一度だ!」
金沐は身を翻し、まだ生きている火猿に向かって咆哮した。
金沐は意気込んでいた!
「私も参戦します。お二人は守りを固めるように指揮してください。相手がチェスの王を取る戦術で来るかもしれません」
沈悦は心配のあまり他にもくどくど言ったが、伝所長と艾晴は右から左に聞き流した。二人の昇華者が戦場に出てしまうと、結局はここの防御も手薄になった。
沈悦の参戦により、前線が受けているプレッシャーはだいぶ軽くなった。
純粋に自分を強化する戦闘型の金沐に対して、沈悦は補助型だった。
彼の昇華の誘因となったのは、金融業に従事していた時に過酷な残業によって引き起こされた脳梗塞である。覚醒時の最大の願いは早く仕事を終わらせて帰って寝たいということだった。
霊魂能力の名は珍妙で、『残業いらずの効率的な仕事術』という。
彼は知力アップ、スピードアップ、防御力アップ等々のバフの持ち主であり、常人に提供できる最大限の加護を与え、『深淵の淀み』という毒の侵食を防いだ。
『深淵の淀み』は完全に防げるわけではなかったが、隊員の中毒死を防ぐにかなり効果があった。
第三段階・エーテル級の聖痕、東夏系譜の『商羊』は彼の霊魂能力の展開範囲を広くした。それはかつて『雨師』の綽名を持っていた異獣であり、その最大の効果は大地にあまねく降り注ぐことである。
沈悦の加護により、昇華者鎮圧部隊の攻撃速度は大いにアップし、約一時間で優勢になった。
だが司令部の中の艾晴と伝所長は、大多数の人間のように安心してはいなかった。経験豊富な伝所長は、これはまだ始まりに過ぎないと考えていた。 艾晴は外の状況には注意を向けず、手元のノートを見て考え込んでいた。
眉を顰めて。
「一場の儀式、十度の暴食、百人の骨髄、千羽の鳥の目と一万匹の毒蛇!
一基の棺(ひつぎ)の中の死、それは泣き、ひとつ地獄の中で変化する、滅亡のために。
生まれ変わった陰影は双翼に付き従い、巣(す)篭(ごも)る鳥は天空を飛ぶ……」
艾晴は予言詩を繰り返し、そこに暗示されているものを推測しようとした。
一場の儀式は明らかに帰浄の民を指している。鬼神を弄する奴らは何かあればすぐに儀式を行う。献祭には献祭の儀式、称賛には称賛の儀式、ものを食べるのにさえ儀式……では、彼らはいったい何の儀式をしようとしている?
十度の暴食は、帰浄の民の大猟食献祭のことだろう。
牧場主が好きなのはこの種のバトル・ロワイヤルであり、閉鎖された環境で食物たちが最後の一匹になるまで殺しあうことだ。献祭の最後の生存者は、『狩猟者』の称号を牧場主から賜り、帰浄の民の最高の戦闘員となる。
そして百人の骨髄……ここ数日でそれも明らかになった。最近新海で頻発している墓荒らしだ。つまり、奴らは百人分の骸骨を集めている。
何のために?
それに飛鳥と毒蛇も意味不明だ。
棺の意味は簡単だ。昇華者のことを言っているのだろう。霊棺は昇華者を蘇生させる貴重な道具だ。
このような道具はいまは珍しく、高価すぎて市場に出まわっていない。誰も自分の命を売りに出したりはしないからだ。
霊棺の中で死亡し、地獄の中で復活する……これはつまり、復活の儀式ではないか?
後ろの部分の『生まれ変わった陰影』と『巣篭る鳥』はどうだ。
敵の中に鳥型の高段階の聖痕がいる?
その可能性は高く、無視はできない……
現在のところ最大の可能性は、帰浄の民が献祭の儀式を通じて力を集め、何かの目的のために復活を行うということだ。
予言詩とはなんていやなものだろう。
創作者も未来に何が起こるか知らないのに、読者に推測だけさせて答えは用意せず、自分の聡明さと知恵をひけらかす……
艾晴は汚い言葉で罵った。
現場の状況は刻々と変化していた。
新海市の中心から離れた石髄館(せきずいかん)を、いま人が訪れていた。
「こんにちは。出前です」
鉄の門の外、配達員は強く柵を叩き、困った顔で鉄門の奥のうっそうとしたボロ屋敷を見た。古めかしい邸宅は幽霊でも出そうな雰囲気だった。
配達員は何度か呼んだが、返事はなかった。ちょうど引き返そうとしたとき、ふいに庭から掠れた声が聞こえてきた。
「ドアのところに置いといて」
配達員は驚いて、あやうくピザの箱を取り落としそうになったが、すぐにそれを地面に置くと、オートバイに跨って飛ぶように去って行った。
配達員が行ってしまうと、樹の上にいた烏鴉(うや)は飛び降りてきて、見えない力で箱を持ち上げると、身を翻して屋内に飛んでいった。
「ああ、こんな小さな体は不便だわ。出前も取れない」
溜息を着くと、家のドアは風もないのに開き、中のホールが見えた。
槐詩に掃除されて塵ひとつないホール中央のテーブルの上には色々な食べ物が並んでいた。三本の一番大きいサイズのコーラの瓶、ファミリーバーレル二つ、ナゲット四箱、そしてさっき届いたピザ。
ピザを置くと、烏鴉は口笛を吹いた。彼女は自分の体に合わせて作った小型のソファに座り、週末のピザーパーティーを楽しんでいた。それから大きな水鏡で中継されている大戦を鑑賞していた。
「やれ!いけ!」
烏鴉は高みの見物をして両方にエールを送った。
だが水鏡が映しているのは、龍馬ビルの戦闘ではなく、遥か遠くの光景だった。
水鏡は千里眼のように、現境の束縛を簡単に突破して、沢山の泡のように現境を取り巻いている辺境を俯瞰することができる。そして辺境の下の無限の地獄の深淵をも。
カメラは数十の辺境の灼熱の戦火を通りすぎ、最後に現境と辺境の間の狭い地帯で止まった。その場所は東夏の沿岸地区だった。
いま東海は沸騰していた!
白い霧が濛々と立ち込める中、東海全体は残酷な狩猟場と化していた。そこでは無数の怪獣たちが殺し合っていた。
小エビは海藻を食べ、小魚は小エビを食べ、大魚は小魚を食べ、怪獣が大魚を呑み込み、お互いに吞み込み合う。
冷酷なホイッスルが響いた。
残酷な食物連鎖がここに降臨する。
訳者コメント:
ファウストの予言がここで再登場しました。
どのような意味を持ってるのか気になります……
