『天啓予報』第84章 昨日宅配


 
「まったく、ついてない」
 作りかけで放置された地下鉄のホールの中は死体だらけだった。
 帰浄きじょうたみの熱狂の儀式がここで行われ、大勢の人間と辺境の異種が殺された後だった。
 大がかりな献祭の儀式の間、仔馬のポリーのお面を付けていたスーツ姿の男は溜息をついた。
 柳東黎りゅうとうれいは供物の種類と祭壇の上の印を何度も見て確認し、うれしくない結論を導き出した。
「俺の勘違いでなければ、九鳳きゅうほうか?」
 九鳳は、天文会の記録にある、東夏とうか系譜第四段階の聖痕せいこんである。それは三階のぬえ悪来あくらいのような聖痕と比べて高級とはいえない。
 だが、四階と三階の違いは天と地ほどった。
 一度第三段階・エーテル級に達すると、昇華者しょうかしゃの脆弱な内臓は聖痕に表される伝説の生物に変化する。
 だが第四段階・アンチモンは余すところない完成体である。
 完全に人間の脆弱な肉体から超越し、聖痕が表すところの神聖なるものの化身となる。特に優れた者は既に神性を有し、神の血が流れている半神とみなすことができる。
 九鳳の印が帰浄の民の祭祀に出現したことは――新海の動乱の背後に、四階の昇華者がいることを示している。
 本物の怪物が。
 現在社保局が掌握している昇華の路に、九鳳に関する分枝はない。この進階の路線は不完全であり、三階の姑獲鳥(こかくちょう)までしかない。
だが、古来から九鳳は人の魂を食べるという伝説があり、牧場主のの寵愛を受けるのも意外ではなかった。
 では、九鳳はいまここで何をするつもりなのか?
 もしくは、何ができるのか?
 破壊活動?第四段階の昇華者が現境で騒ぎを起こすのは、簡単なことである。
 だがその意味は?
 社保局の注意を引くつもりなら、四階の九鳳では力不足である。単体で戦うのはまったく意味がなく、コストパフォーマンスも悪い。力を集めればニュースにはなるだろうが。
 帰浄の民が救主会きゅうしゅかいという別アカウントを使って新海に長年巣食っていたのはなぜか。
 単に生贄用の得物を狩るだけなら、内戦中の小国家でやれば簡単なのに、なぜ東夏で?
 その目的は明らかであった。
 ——魔都。
 前回の辺境の惨禍の後、帰浄の民の魔都への執念は日に日に増し、魔都にあるどんなものも彼らには重要だった。
 だから、その入り口を開かなければならない。
 だがどうやって?
 そのような大事件を起こすには、最低でも五階以上の主役が必要であろう。悪くすると天敵が乱入し、様々な壊滅要素の思惑も次々と現れる。
 いくら四階の昇華者が強くとも、その他大勢のモブとなるのが精一杯である。
 九鳳にどんな資格がある?
 まさか……
「進階?」
 柳東黎はハッとして、目の前の奇異な祭祀場を打ち眺め、この時新海を覆っている巨大な秘儀のことを考えた。核心を掴むと、複雑な霧は瞬く間に晴れ、整然とした筋道が見えた。
 柳東黎は地下鉄のトンネルの脇に設けられた作業所に行き、施行計画書をひっくり返した。そして、もともと予定されていた地下鉄路線図の奇麗な円形をつくづくと眺めた。
 そして指を血に浸し、印をつけていった。
 完全な円形の上に血の色が縦横に交錯し、二つの重なる印を作り出した。
 ひとつは九鳳の印。
 もうひとつは、懐胎と転化の印。
 やはり、進階!
 この儀式の目的ははっきりした。
 鏡界を増殖させて新海の地下鉄全体を覆い、鏡像と本物の対応を利用し、巧妙に大秘儀のツァラトゥストラの制圧を免れていた。
 しかも鏡像への干渉は本物への干渉に比べて必要な源質が少なくて済み、この方法によって、鏡像の深度を深め、地獄化した区域を作り出し、正体を覆い隠した。
 現境は依然現境のまま、深層の地獄の中で進階の儀式を行うことが可能だ。
 なんという妙案!
 同源の進階を通じて、進階が完成した瞬間、根源に呼応して、牧場主に直通する道を作り出し、魔都への通路を開くことができる。
 まさに一挙両得である。
 伝説の化身となるには、まず伝説を創造しなければならない。神となるには、神の奇跡を創造しなければならないように。
 ひとつのアクションで、二つの深淵な業績をやり遂げる。そのうち一つは進階について。もう一つは伝説的偉業について。その成果は計り知れないではないか?
 このことに思い至った時、柳東黎は突然ガラスの割れる音を聞いた。
 ハッと顔を上げると、割れたガラスが見えた。プラットホームの名は歪み始め、まったく知らない地下鉄の駅名になった。
 ――浦東大道ほとうだいどう
 柳東黎は推測した。これは魔都の中のどこかの地名ではないか?
 柳東黎は頭が痛いというようにかつらの髪を掻き上げると、腕時計型の装置を見た。何の変化もない――画面のアンテナはやはりフルで立っている。つまり、すべては天文会の監視の下にあるというわけだ。
 幾つかの可能性が考えられた。
 ひとつは、上層部はすべてを知っているが何の手助けもできない。自分は捨てられ、死を待つしかない。
 もう一つは、非常に希望的観測だが――事件について上層部は大事だとみなしておらず、現在の新海の力で解決できる。
 だから、安心して大胆にやりなさい。
 どちらにしても、上層部からはなんの支援も得られない。
「あのバカども、肝心な時に間にちっとも役に立ちゃしない!」
 柳東黎は罵り、イライラと死体が散乱する地下鉄の駅を歩き回りながら考えていたが、足を止め、ポケットからスマホを取り出すと、探偵の番号を押した。
『誰だ?』
 電話の向こうの探偵は元気がなかった。
『天文会か?撤退するんだろう?俺の迎えはまだか?』
「バカ言え。俺は逃げてない。お前一人で逃げるつもりか?!」
 柳東黎は怒った。
『柳東黎、まだ生きていたのか?』
探偵は驚いた。
『壮烈な最期を遂げたかと……』
「カラスのくちばしを閉じろ!」
 柳東黎はますます怒った。
「とにかく、無駄口を叩くのはやめろ。お前は昨日(さくじつ)宅配の新海の責任者なんだろう?」
 探偵は何も言わず、どうやって責任を押し付けるか考えているようだった。柳東黎はフンと鼻を鳴らすと、万一の希望を抱いて尋ねた。
「昨日宅配の最高サービスは、品物を買う前に届けてくれるというのは、本当か?」
『……』
 電話の向こうの探偵は依然として黙っていたが、かすれた声で話し出した。
『五分前、昨日宅配金陵きんりょう本店の総責任者から連絡が来た……ある客が購入した品物が新海の目的地付近に既に配送済みだから、受け取り人に伝えてほしいと。今回のサービス料は最高額の二倍で計算している。金陵社保局が全額支払いを終えていて……』
 柳東黎は呆気にとられた。
「なんだって?」
 その言葉も終わらないうちに、スマホがリン!と鳴った。ショートメールが届いていた。
『お客様へのお荷物の配送が完了しました。サービス向上のため、サービス内容の評価にご協力をお願いいたします。方法は……』
 電話を続ける必要はなくなった。
 柳東黎は呆然として電話を切ると、どこかに荷物を置けるような場所がないかと周囲を見回した。
 しばらくして、柳東黎は地面から一本の鉄筋を拾い上げた。華麗な彫刻がぐるりと施された祭壇にはどんな隙間も見当たなかった。柳東黎は力を入れて外側の木の板を穿ち、祭壇をこじ開けた。そして中に埃をかぶった大きな鉄の箱を見つけた。
 いつの間に?
 この祭壇がいつからここに置いてあったのか知らないが、配達人は祭壇を開けて荷物を入れた後に、また元通りにしていったのだろうか?
 それとも、最初から、祭壇を設置した時に、昨日速達はこれを中に入れておいたのだろうか?
 まったくわけがわからなかった。
 だが荷物の上の昨日宅配のマークは、疑いもなくこの荷物の出所を示していた。
 前言撤回、上層部の馬鹿どももたまには役に立つ。少なくとも支払いに関しては。
 柳東黎は外側の鍵を叩き壊し、重く巨大な鉄の箱を開けた。
 そして中にぎっしりと詰まった錬金爆薬を見て、楽しそうな笑顔を浮かべた。
 今回の任務は、なんとかなりそうだ。
  ※
  ※
「助けて!」
 絶え間ない銃声の中、沈悦しんえつは隅に縮こまって叫び、目を閉じて引き金を引き続けたが、まったく|《あた》中らなかった。
「この役立たず!煩い!」
 艾晴がいせいは怒り、慣れた手つきで機関銃の弾倉を交換すると、襲い掛かってきた浸食物に向かって引き金を引いた。
「仮にも三階の昇華者でしょう?どうして足の悪い私一人に戦わせるの?あなたも戦いなさい!」
「私は喧嘩はからっきしなんです!」
 沈悦は首をすくめ、びくびくしながら答えた。
「私はただ……戦闘は金沐きんもくがして、私はサポートしかしていなかったんです……」
「役立たず!」
 艾晴はこの腰抜けにはもう期待するのをやめた。
 沈悦は最後の手榴弾をジャケットから外すと、浸食体の群れの中に投げ込んだ。轟音が響き、ねばねばした黒い液体が飛び散り、悪臭が鼻をついた。
凶暴で興奮した十数匹の野良犬のような辺境の異種たちはこの一撃でおとなしくなった。それらは距離をとって小心翼々と周囲を歩き回り、機会を窺った。
 狩猟の時の猟犬のように、狡賢かった。
 沈悦の持っている懐中電灯の灯りがチカチカと明滅した。
 濃度が徐々に上っている『深淵の淀み』の中、浸食されたのは懐中電灯だけではなかった。
 艾晴は顔色を蒼白にし、息を切らせていたが、表情は相変わらず冷静で、冷たい視線で飢えた怪物たちを見ながら、銃身を指先でコツコツと叩いていた。
 瞬間、灯りが消えた。
 暗闇の中、十数対の赤い目が興奮した光を発し、吠え声とともに一斉に襲い掛かってきた!
 艾晴は引き金を引いた。
 激しい銃声の中、忽然と叫び声が響いた。
「艾晴大丈夫だ、助けに来たぞおおおおおお!!!!」
 次の瞬間、再び点いた懐中電灯の光の中、燃えている槐詩(かいし)が壁を破って現われた。
 そして呆然と立ちすくんだ。
 何が起きたんだ?!

訳者コメント:
昨日さくじつ宅配」は以前からちょこちょこ出てきていた会社ですが、まさか「過去に荷物を届ける」サービスがあるなんて……ただのダジャレじゃなかったんですね!

 
 
 

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