『天啓予報』第75章 ツァラトゥストラかく語りき


 この種のことはきちんとしておかなくてはならない。
 現境を保護するということは、お上品なことでもなく、武力行動であり、予想外の事態も起こり得る。無関係の人間に害が及ぶ可能性もある。
このため、事前に行動の正当性に対する保証を取り付けることが必要になる。
 アクシデントや取り返しのつかない損失に対する責任を免除し、前線の昇華者しょうかしゃに行動の便宜を与えるため、また後方の指揮官に余計に口出しをさせないようにするための、官僚主義的な手続きが必要なのである。
 監察官の中には自分の権威をひけらかしたり、または責任逃れをしたりするために、強情を張ってサインを拒否する者や、または情況を見てからサインをする者もいる。
 艾晴がいせいがサインを終えると、二人はやっと安心し、文書を伝所長に預けると、近くに座って情況を説明した。
 龍馬りゅうまビルは高さ四十メートルで、面積は普通の商業ビルと大差ない。
 もともとの計画では十階建てで、下の五階を商業施設にし、上の五階最高グレードのホテルにする予定だった。
 だが下の四階を作ったところで資金が尽きた。
 現在は救主会きゅうしゅかいがこっそりと経営しており、彼らのアジトとして四十人を越える救会メンバーが身を隠しており、推測によれば、ここで辺境の異種の飼育が行われているという。
 いま金陵きんりょうからの応援が来て、現場にややホッとした空気が流れた。少なくとも斎戒圏(さいかいけん)が現境を汚染した時に彼らが反撃してくれる。
 市内という制限のもと、前回のように簡単にミサイルで一掃するというわけにはいかなかったが、軍隊はビルを包囲して帰浄きじょうたみの動きを封じ、被害を最小限に抑えた。
 地上も地下も逃走経路を断つと、さっき到着したばかりの二人の昇華者はこれ以上の休憩は必要ないと言った。善は急げである。
 金沐きんもくは軍人の気風があり、一方沈悦しんえつは効率を重視するタイプであった。
「早く片付けよう。遅くなるとアクシデントが起こるかもしれない」
沈悦は時計を見ると言った。
「もし間に合うなら、他の場所の応援にも行こう」
「わかった」
 二人から渡された報告書によって彼らの聖痕せいこんと霊魂能力を理解すると、伝所長は少し考え、トランシーバーに向かった。
「行動開始」
 そして、轟音が響いた。
 十分前、龍馬ビルの最深部の薄暗い斎戒圏。
 中央には大きな銅鏡が立てかけられている。滑らかな鏡面は、だが何も映さず、真っ暗であった。
 陰気な空気が漂う中、大きな影が一番奥に座っているのが見える。その翼は一切の光を遮り。すべての影を屈服させていた。
 獣に似た体には、九個の獰猛な頭が載っており、暗闇に覆われてその顔は見えないが、一対の赤い目が闇の中でらんらんと光っていた。
 俗世の一切を見下ろす目。
 大きな銅鏡の前で、遠方から来た七人は恭しく地面に伏せていた。
「上主の招集に従い、同楽会参上しました」
「霊医会参上しました」
「天宝修会参上しました」
「洪渓仁会参上しました……」
 この時、新海の郊外の街に、すべての帰浄の民の下部組織のトップが集まっていた
 蓄えた一切の財産を持って。
 銅鏡の中の大きな影は鋭い笑い声を上げた。
「では各自準備しろ。私は深淵の素晴らしいご馳走を与えよう」
 暗闇の中の大きな影がおごそかにに宣告した。
「あと少しで、聖なる神の啓示に従い、地獄の大釜の蓋が再び開かれる!」
 
 半径一キロ内にいるすべての一般市民を乱暴に避難させると、この場所は正真正銘の戦場となった。
 特事所(とくじしょの昇華者鎮圧部隊は既に慣れていて、伝所長が命令を下すと、膨大な戦争兵器がゆっくりと起動し始めた。
 市内での大規模な陣地攻撃戦の幕が切って落とされた。
 砲火が轟いた。
 数十個分の龍馬ビルを平地にするのに充分な砲弾が空から降ってきた。だが砲弾は龍馬ビルの周囲数十メートルに差し掛かると速度が突然落ち、ビルに届く前に爆発した。
 半円形のバリアが龍馬ビルを覆っていた。
 拡張を始めた斎戒圏(さいかいけん)はすでに現境での深度を深めていた。 辺境安全深度を超え、ビル全体の空間が至福楽土しふくらくどに向かって捻じれ始めていた。
 現境の三大封鎖のひとつである彩虹橋ビフロストの最大の効能が、人間をいつでも大量に転移させることができ、津々浦々に応援を送れることであるとしたら、二つ目の封鎖は現境最大の場所とすべての常人のよりどころである。
『ツァラトゥストラかく語りき』という名の巨大な秘儀は、現境を囲んで環境と物理法則を安定させている。
 数百年をかけて無数の学者と創造主たちが力を尽くした結果、その規則は完全に以前の旧世界の神頼みで安定しない魔法の系統に取って代わった。
 現在の現境は、史上で初めての創造主であるニュートンと後の学者たちがともに作り上げた新世界である。
 現在の人類の一切の領域を覆い、力学の基礎を規定し、熱量を平衡させ、電磁学を起こし、相対生理論と量子力学の深遠な領域にまで発展した。
 そしてその中で、人間は様々な兵器を使うことに慣れていった。
 火薬はもちろん、電磁力まで。どれも脆弱な人体に壊滅的な傷害を与えるに充分である。
 ツァラトゥストラの秘儀の覆いの中で、悪事を働こうとする昇華者は自分が銃や大砲の攻撃にどれぐらいの時間堪えられるかを考えなければならなくなった。
 金沐は車から下りると、大きな箱の中に入っている辺境の遺物を取り出した。
 それは大きすぎる鉄鞭てつべんで、長さは三メートルから四メートル近くあった。
 骨董を彷彿とさせる古い銅色の鉄鞭は八角柱の形をしており、角はすり減ってぴかぴかと反射し、重さは百斤(五十キロ)にも上る。
 どんな巨人が作ったのかと想像させるたいそうな武器である。
 尋常でない筋肉の持ち主である金沐以外、誰がこれを持ったり担いだりできるだろうか。
 かけねなしの、一丈二尺の鉄鞭である。
 爆発の暴風に逆らって、金沐は邪魔になる軍服の上着を脱ぐと、上半身の見事な筋肉とそこかしこの火傷の痕を露わにした。
 後方でサポートしている沈悦は、伝所長と艾晴に説明した。
「金沐の奴は、昇華する前は消防隊員だったんです。とてつもない怪力で、この辺境の遺物は彼にぴったりです。私のような保険数理士とはまったく違って、彼は本当に凄い。ですがあんなわけのわからない言葉を大声で叫ぶことは私にはできない……」
 金沐が前進しながら大声で吼えると、体中の筋肉が震え、身長が二尺伸びた。
 体の中で眠っていた聖痕(せいこん)が呼び覚まされたのだ。
 東夏とうか系譜中の第三段階の金属類の聖痕――『悪来あくらい』は完全強化型で、体全体が瞬間的に金属に変化したかのように硬化し、体重も数十倍になる。金沐はアスファルトの道に深く足跡を刻みながら歩いていった。
 斎戒圏の外に着くと、金沐は両手に丈二鉄鞭を握り、ゆっくりと体の後ろまで振り上げ、息を深く吸い、咆哮した。
絮児じょじ、今日は更新したか!」
 わけのわからない言葉が響き渡り、それがまだ消えぬうちに、鉄鞭の上に灼熱の光が輝き出し、焼けて赤くなったかのようになった。金沐はそれを振るうと、斎戒圏のバリアに叩きつけた。
 瞬間、轟音が爆発した。
 斎戒圏は激震し、助けを求めるような音が響いた。
 鉄鞭の打撃は、軍事要塞を一撃で破壊するに足る恐るべき力であり、現境の規則と辺境の力の激突である。
 この鉄鞭は使用時に必ずわけのわからない言葉を言う必要がある。だが辺境界域に対するには確かに強力な武器である。
 金沐は一歩後退し、再び息を深く吸い込むと、咆哮を放った。
「絮児、今日は誤字はないか!」
 ゴウ!
 斎戒圏は再び激しく揺れ、大きな亀裂が走った。金沐の咆哮とともに鉄鞭が打ち下ろされ、斎戒圏のバリアは破壊され、飛んできた無数の放火が龍馬ビルを呑み込んだ。

訳注:
・絮児、今日は更新したか!……「絮児」はネット小説家「国王陛下」の別名。一般的に中国のネット小説は毎日更新されるようです。

訳者コメント:
中国のネット小説作家さんたちは内輪ネタ?を作品内に出すことがけっこうあるそうです。
建設途中で資金が尽きて放置されたビルは「幽霊ビル」と呼ばれ、中国では社会問題となっています。

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