『天啓予報』第95章 修正値

 現境修正値、あるいは偏差度と呼ぶ。
 神明は人類の奉迎ほうげいと祭祀を受けるが、奉迎や祭祀を要求して神明が人々に何かするわけではない。
 反対に、彼らが何かをすることによって、人間は崇拝と恐れを抱き、奉迎と祭祀を行う。
 もし烏鴉うやがここにいたら、さらにはっきりと槐詩に言うかもしれない。
 神霊というものは、この世界を維持し完全にするために必要なパーツであり――雨を降らせたり、災厄をばらまいたりすることは、仕事の中の些細な一部であり、凡人の評価を気にして行うものではない。
 彼らにとっては、世界の中心で自分に与えられた使命を履行しているに過ぎない。それは本性といってもよく、天命といってもよく、結局は同じことなのである。
 人が生きるのに食べたり飲んだりしなければならないのと同じようなものである。
 神霊の特質をもつ五階の昇華者しょうかしゃは、自分の持つ一分の奇跡によって成長し、その本質に従い、世界を改変する。
 例えば麒麟。その本質は決定されており、符残光ふざんこうはその天命に従わなければならず、万獣を調伏し、現境の平静を維持する――もし符残光がそのような決心を持っていなかったら、絶対に麒麟にはなれなかったのである。
 五階の聖痕せいこんの昇華者は誰でも、天命を持ち、そのために奔走する。大きな力を手に入れるためだろうと、または自身と天命をひとつにするという抱負を実現するためだろうと、必ずそうする。
 その奇跡が備えている天命の正邪や大小は問わず、どの五階の昇華者も現境に一定の改変をもたらす。
 万物ともともと定められている軌跡の間に一定の偏差を生む。
 それが、現境修正値の定義である。
 昇華者が創造する奇跡を数値化したものと言ってもいい。
 もし乱世を治めることが修正するということであれば、環境汚染や破壊は偏差を発生させる――修正と偏差は結局同じことである。世界を変えるという意味で。
 この世界全体はデータのようなもので、昇華者たちによって、数値は時に上昇し、時に下降する……もし抑制しなければ、現境はとっくにごった煮の鍋のようになっていたかもしれない。
 これが監察官という職務の意義のあるところである――森羅万象がこの動揺の中で灰燼に帰さないようにすること。
 ここまで話すと、里見琥珀さとみこはくは息をついた。
「ガルーダは神のしもべであり乗り物なの。その天命は何か、言わなくてもわかるでしょ?」
 槐詩かいしはハッとした。
「悪の手先となって……道を開く?」
 里見琥珀は頷いた。
 それこそが九鳳きゅうほうの計画である。
 まったく一挙三得である。
 昇華の路の路線変更によって姿を変え、九鳳という昇華の路の行き止まりから脱し、ガルーダへの進階を成功させる。そしてガルーダの特質を利用し、魔都への道を開く。計画の完成と同時に、自分が創造した偉業によって大きな偏差を生み出し、先天不足の欠陥を補い、五階の中でも優れた者となる。
 まるで魚が門をくぐって龍になるようなものだ。
 魔都への通路を開くことは、本来の九鳳にとってはまったく非現実的なことであった。魂を食う凶鳥が先ぶれをするということはまず不可能なのである。
 だが長年ヴィシュヌの乗り物となっているガルーダにとってみれば、それは本職なのである。
「もし本当に魔都への道が開かれたとしたら、少なくとも〇・〇九%以上の偏差が生まれるんじゃない?」
 里見琥珀は舌を鳴らした。
「一足飛びに五階の昇華者のトップクラスにいける」
「たった〇・〇九%で?」
 槐詩は驚いて目を丸くした。
「その数字は小さくないよ。偏差度が三%になったら、中小規模の国は壊滅する。二〇%になったら現境全体が危険になる。第一次世界大戦の時の偏差度がいくつだったか知ってる?たった四十一%!いちばん危険な時は、天文会が末日の鐘を鳴らすまであと五分だった」
 そこまで話した時、二人は殆ど階段の下に蹲っていた。
 上からの光が強烈過ぎた。
 二人のようなマイナス属性の聖痕は先天的に圧制され、下手をすると人間が蒸発してしまう。
 その時、彼らはつむじ風が巻き起こる音を聞いた。ガルーダの怒りの鳴き声の中、光芒は燃え盛り、海の波のように渦巻いた。
 それはついに脱皮して深淵から這い出し、ゆっくりと穴だらけの羽根を広げ、少しずつ現境の束縛から逃れていった。
 その目の前に、一筋の黒い隙間がゆっくりと広がった。隙間の奥には、光の流れと虹の色と無数の泡のような形象が微かに見えた。
 だが槐詩が驚いたのは……
「あの羽根はどういうことだ?」
 穴だらけの翼は悲惨と言ってもよく、それで飛ぶことは難しそうだった。
「進階が不完全だったんじゃないのか?」
 槐詩の背後で誰かが言った。
「先天不足だろう。儀式に問題があったんだ。自分の陰の属性を完全に洗い流す事ができず、一部が残留していて、ガルーダと衝突したんだろう」
 槐詩と里見琥珀は振り返った。槐詩は手に持った斧を突き付けてどこから来たと問いただそうとし、それからぽかんとした。
りゅう?」
槐詩は驚いて尋ねた。
「どうしてここに?」
「冗談言うな。天文会の記録官として来ないわけにいかないだろう。お前こそどうしてここに」
 柳東黎りゅうとうれいは淡々と煙草を吸った。
「奇遇だなあ」
槐詩は笑った。
「俺は手柄を立てて早く減刑してもらおうと……いつ来たんだ?」
「おまえらが偏差について話している時だ。真剣だったから、邪魔をしなかった。そうだ、下にいる重症者は俺が送っておいたから、心配しなくていいいぞ」
 柳東黎も階段に腹ばいになり、望遠鏡を取り出してガルーダを見ると、感嘆した。
「ああ、ひどいもんだ。なんであんなになっちまったんだ?悪いことをした……」
 槐詩は驚き、すぐに疑惑の目で柳東黎を見た。
「あの羽根は……あんたのせいか?」
「言うのも恥ずかしいんだが」
 柳東黎は美味そうに煙草を吸った。
「数日前、全雀宴が帰浄きじょうの|民《》が開いた店だということが調査でわかった。しかもこっそりと鳥の目を収集していた。俺は奴らが何をしているのかさっぱりわからなかった」
「それで?」
「それで考えた。奴らが何をしていようと、先に手を打っておこうと」
 柳東黎は得意満面に話し始めた。
「それでお前と食事をするついでに、こっそりと厨房に行って蝙蝠と鴨の目を混ぜておいた。その後奴らが買ってきた毒蛇の中に数匹ウナギを混ぜておいた……まさかこんな効果があるとは」
「あんた、俺に飯を奢るふりしてスパイ活動に連れて行ったのか。良心ってもんがないのか!」
「お前だって喜んで食べてただろう!しかも俺の金で。あの日はお前ひとりで八百元以上も食べたんだぞ!」
 柳東黎はここまで話すと、怒りを露わにした。
「人にご馳走になる時にどうして成長期だと言わなかった!」
 槐詩に恨み言を言いながら、柳東黎は階段の上に膝を付き、背中から狙撃銃の付属品を下ろした。慣れた手つきで支えを組み立てると、銃身を置き、スコープを覗き込み、顔にひびが入りそうな降り注ぐ光を受けながら、重生のガルーダに照準を合わせた。
「なにしてるんだ?」
 槐詩は呆然と、なんの脅威でもない一式の辺境の遺物の機械を見た。柳東黎が狂ったのかと思った。
「まさかそれであいつを撃ち殺すつもりじゃないだろう?」
「死ぬかどうかはわからない」
 柳東黎の眼球から熱と煙が立ち上り、重瞳(ちょうどう)が震えた。灼熱の痛みに、彼は歯を喰いしばり、呟いた。
「深手を負わせられるといいが」
 瞬間、引き金を引いた。
 銃身が震えた。
 弾丸がバレルから飛び出し、風切り音を後ろに振り捨て、あっという間に深淵に飛び込み、光芒を貫いた。
 それはガルーダの胸に命中した。
 そして何も起きなかった。
 毛の一本も落ちて来ず、ガルーダは撃たれたのも気づいていないようだった。
 里見琥珀はドン・キホーテが風車に挑戦する壮挙を目の当たりにし、思わず声を出して笑った。
「無駄よ、お兄さん」
 槐詩は首を振り、ポケットから傷薬を取り出した。これが目の火傷に効くのかどうかはわからなかったが。
 右目から血を流しながら、柳東黎はホッとした表情で肺の中の煙を吐き出した。煙草の火を地面で揉み消し、ようやく、二人の田舎者を見た。
「レーザー誘導って聞いたことあるか?」
 言い終わらぬうちに、空が激震した。
 ガルーダの頭頂に突然大きな穴が開いた。
 風が唸りを上げた。
 暗いトンネルから、二つの眩しいライトの輝きがにわかに出現した。鉄のレールが蹂躙される轟音とともに、甲高い悲鳴が聞こえてきて、耳を聾した。
 ――地下鉄の列車が駅に入ってくる!

訳者コメント:
確かに第52章で、全雀宴での食事の時に、柳東黎が長いこと席を外しているのでした……まさかこんなに時間が経って伏線回収されるとは……
 
 
 
 
 

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