『天啓予報』第83章 熱にあたったか?

 その実、陰魂いんこんとは補助型の聖痕せいこんなのだ。
 本当に。
 そもそも説明書の中にはこう説明されている。
 その天賦は、使用者が持つすべての源質(げんしつ)を気前よく周囲の人に分け与えること。要するに滅私奉公だが、分け与えるものはいいものだけとは限らない。
 マイナスエネルギー製造機である槐詩(かいし)とその天賦が結びついた時、拡散されるのは、槐詩自身が無数の死亡記録中から抽出した劫灰こうかいと死の息吹である。
 烏鴉うやが説明したように、これぞ愛蔵版2.0バージョンである!
 一度陰魂が発動すると、接触せずとも、槐詩の周囲半径三メートル以内に入るだけで、濃厚に凝結したマイナスエネルギーが気前よくすべての人間を抱きしめるのだ。
 某テーブルゲームの計算方法のように、双方の基本値に基づいて効果は及ぼされる。
 槐詩より四段階上の昇華者にとっては爽やかな風が顔を撫でるようなものだが、二段階上の昇華者は不快を感じ、槐詩と同じ段階の相手にとっては逃れられない恐怖と悪夢である。
 そして今は……
「双方の差は大したことないないな」
 槐詩は口笛を吹き、足を上げると、天井から落ちてきた浸食物を踏みつけ、じろじろ眺めると、好奇心から聞いてみた。
「熱に当たったか?」
 次の瞬間、憤怒の斧が振り下ろされた!
 悪臭と血が飛散した。
 死体の中にあったねばねばした液体が叫び声を上げ、急速に凝結し、ハリネズミのようになったかと思うと、崩れて灰塵と化した。
 槐詩は讃嘆して頷いた。
 塵は塵に帰り、土は土に帰る。いいことだ。
 槐詩は顔を上げ、手に辺境の遺物を持ち怒り狂っている金沐(きんもく)を見つめ、好奇心から尋ねた。
「そいつを使えるのか?」
 答えは怒りとともに振り下ろされた鉄鞭(てつべん)だった。
わけのわからない言葉でその力を解放できなくても、源質で強引に動かされた鉄鞭は、大地に深い亀裂を造り出した。
 風が吹き、槐詩の周囲の劫灰の霧は殆ど吹き飛ばされた。だがあっという間に霧は再び集まった。
 後ろに滑った槐詩はしっかりと足を踏みしめた。自分が受けた恐ろしい風圧に、槐詩は思わず口笛を吹いた。そして襲い掛かろうとしてきた浸食物の頭に斧を振り下ろした。
 血が飛び散り、叫び声が上がった。
 胸の穴がわけもわからず脈打った。槐詩は手を伸ばして空を握った。圏禁けんきんの炎が燃え上がった。源質が凝結するバキパキという音の中、黒い祭祀刀さいしとうが手の中から伸びてきた。
 形を失った祭祀刀は物質から源質に変化し、いま、槐詩によって再び源質の中から出現した。
 懐かしい感触に、槐詩は手に持った刃を振り、もう一方の手で浸食物の頭から斧を抜くと、祭祀刀と斧をぶつけ合わせた。源質と火花が散った。
劫 灰の火の中、少年は笑っていた。
「さあ――」
彼は呟いた。
「正式に始めよう!」
 瞬間、風を切って陰魂が来た!
まるで翼を広げて風の中を滑空するように、一瞬にして重力を忘れ、思うがままに飛ぶように、槐詩は軽く素早く風の中を走り、横に薙ぎ払おうとする鉄鞭に斬り付けた。
 金属がぶつかった。
 槐詩の体は、鉄鞭の力を利用して空に飛び上がると、重い鉄鞭の上に降り立った。そしてまるで丸太橋の上にいるように回った。まるで風の中を飛ぶ鳥が旋回するように。
 そして刀と斧が、月輪のような冷たい残光を空中に描いた。
 刀が金沐きんもくの喉に当たった。鉄に斬り付けたように火花が散った。金沐の喉には小さな傷がついただけだった。
 悪来あくらいの聖痕は常駐型の効果を持っている。
 自覚して発動しなくても、使用者の肉体を強靭に保つ。
 鋼鉄のように固く。
 だが残念なことに、鋼鉄でしかない……
 瞬間、いくつもの高い音が一斉に響き、上座部仏教の双刀術そうとうじゅつ槐詩かいしによって披露された。ナーガの弯刀わんとうは持っておらず、刀と斧しかなかったが、恐しいスピードだった。
 鋼鉄の源質と源質の鋼鉄は重なり合い、風を切り裂き、鋭い音を巻き起こした。それは槐詩がかつてナーガと対峙した際に恐怖したスビートに到達していた。
 一瞬後、槐詩は鉄鞭から飛び降り、金沐はよろよろと後退した。
 はだけた胸、首、そして顔のパーツは、細かいひび割れで覆われていた。
見事な肉体の奥に隠れている辺境の異種は憤怒の叫びを上げ、手に持った鉄鞭を足元の地面に叩きつけ、地震のような振動を引き起こした。
 つむじ風が渦巻いた。
 それは鉄鞭をむやみやたらに振り回し、周囲のものすべてを粉々に粉砕した。
 槐詩は目の端を引きつらせた――いくら聖痕を身に付けて体質が強化されたとはいえ、当たったらミンチになってしまう。
 第三段階の聖痕・悪来の恐るべき膂力りょりょくに、辺境の遺物それ自体の重量が合わさり、第一段階の新人には対抗できなかった。
 十本の指がしびれてきたころ、槐詩は再び手に持った武器を展開した。
「もう一度!」
 まるで疾駆する汽車と一緒に踊るように、強風が吹きすさんだ。
 偽金沐の攻撃は理性を失っており、対抗するのは余計に難しかった。洗練された技の応酬にはパターンというものがあるのだが、パターンによらない凶悪な力は、予想を逆に難しくさせた。
 近づくほどに、息がつまった。
 風圧は重く、足元の大地さえ揺れるように頼りなかった。まるで回し車の中の鼠が平衡感覚を試されているようだった。
 一度転んだら、挽肉機のような暴風に巻き込まれれてしまう。
 骨も残らない。
 すぐ間近に、槐詩は金沐の体内で液体が沸騰している音を聞いた。それは焦げ始めていた。いや、不安を生産し始めていた。
 恐ろしい光の輪が効果を発し、抑え込んでいる。
 突然漏れた叫びの中、槐詩はサッと身をかわした。まるで大きなビルが煙を上げて倒れるような感じがし、つづいて鼻の先を鉄鞭を掠めた。
 つづいて、刀と斧で切り結んだ。
 槐詩は力いっぱい咆哮し、斧を握っている圏禁の手を覆う炎が勢いよく燃え盛った。源質を転化し続けた鋼鉄の重さが、一撃に加えられた。
 金属がぶつかる音が高く響いた。
 金沐の片手が突然震え、つづいて、小指が鉄鞭から飛び上がった。地面に落ちた指の断面に、鋼鉄の色に変化している骨が見えた。
 指一本を切り落とした!
 つづいて、斧と鉄鞭が衝突し、鐘を突くような大きな音が響いた。
 槐詩は目の前が暗くなった気がした。巨大な音の中で聴力を失い、急いで後退し、自慢の斧の刃が欠けているのを見た。
 この辺境の遺物は一体何級なんだ!
 槐詩は驚いて舌を出した。足がふらついた。もう少しで顔が鉄鞭の暴風に巻き込まれるところだった。
 小指を失い、片腕の浸食体は鉄鞭をしっかりと握ることができなくなっていた。
 攻撃にはますます穴が目立ってきた。
 槐詩にとっては、まるで大きく開いた扉の前で親切に招待されているようなものだ。
 ――いらっしゃいませ!
 槐詩の手は荒々しく憤怒の斧を撫で、傷を補修すると、再び体に戻した。そして襲い掛かる鉄鞭から身を躱し、手に持った祭祀刀を投げつけた。
 祭祀刀は偽金沐の顔に一筋の傷をつけると、その背後の暗闇の中に飛んでいった。
 槐詩は掌を握り、後ろに引いた。
 戻ってこい!
 刀の柄に括りつけた細い糸は増殖し、鋼鉄の色が現れ、刀が戻って来るのと同時に浸食体の体に巻き付いた。細い糸は小指ぐらいの太さのワイヤーロープとなり、槐詩に引っ張られて。内側に向かって収縮した!
 ワイヤーロープが収縮し、偽金沐の体の上で擦れ、火花が散った。ロープは偽金沐の動きを一瞬止めた。
 槐詩はすぐ近くにいた。
 空中で、鉄鞭を握っている腕に斧を振り下ろした。
 ドンッ!
 轟音とともに衝撃波が広がった。
 親指がすっぱりと斬り落とされ、飛んだ。
 鉄鞭が手から落ちた。
 偽金沐は激怒し、全力でもがいた。源質の綱が軋み、千切れた。槐詩は頭に痛みを感じたが、動きを止めなかった。
 戻ってきた祭祀刀は槐詩の手の中に収まり、、斧と擦れ、散った火花の眩しさが偽金沐の目を刺した。
 鋭い叫び声が上った。
 切断機が唸りを上げるように、正面から鋼鉄の中に斬り込んでいった。
巨大な音がして、灼熱の火花が斧が残した傷跡から散り、斧の上で燃える心毒が空中に月のような軌跡を描いた。
 一瞬の間に、何十回も。
 ついに、槐詩の叫びの中で、刀と斧は左右から、偽金沐の胸の前に参列な十字の傷口を残した。傷口の中に、沸騰する暗黒の恐怖の叫びが響いた。
「――あばよ!」
 槐詩は斧と刀を辺境の異種の体の中に押し込むと、心毒を爆発させた。
 悲鳴がねばつく液体から発せられた。
 それは突然やんだ。
 静寂がふいに訪れた。
 槐詩の目の前で、力を失った金沐はゆっくりと地面に膝をついた。開いた胸から、灰塵となった液体が飛散した。
「あり……がとう……」
 その呟きは槐詩には幻覚のように聞こえた。槐詩が見下ろした時、金沐の 傷だらけの顔には、解脱したような笑みが浮かんでいた。
「まだ生きてるのか?」
 槐詩は驚いた。
 辺境の異種に寄生されたのに、死んでいない。恐るべき生命力だ。いまになってやっと、死を迎えるというのか?
 槐詩は溜息をつくと、手に持った斧を持ち上げ、両手に力を込めた。
「ごめん」
槐詩は言った。
「あんたが死んだ後に浸食物に変化したら……」
 その後の言葉を言わなくとも、金沐は理解した。
 恐れも怒りもなく、彼は目を閉じ、最後の気力を振り絞り、頭を上げた。首の上の金属の色がゆっくりとせていった。
「北へ……行け……」
 破裂した喉からしゃがれた声が出た。
沈悦しんえつを……頼む……」
 最期の時にあって仲間の心配をしているのか?
 何ていい奴なんだ?
 槐詩は憐れみながら見下ろした。
「わかった」
 斧が振り下ろされた。
 頭のない死体が地上に倒れ、劫灰の浸食の中でゆっくりと灰になっていった。
 槐詩は静かに彼がこの世界から消散するのを見つめた。
 しばらくして、槐詩は身を翻し、暗黒の奥に向かって歩き出した。狂ったいななきが響いてくる方へ。
 劫灰の火は燃え盛っている。
 ――陰魂出撃!

訳者コメント:
金沐、最後まで相棒の沈悦の心配を……
王道少年漫画っぽい展開にウルッときました(´;ω;`)

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