『天啓予報』第92章 あんたが怒った様子は怖いけど……
槐詩は本当に目の前が暗くなった。
真っ暗で何も見えず、津波のように自分の胸から湧き出した暗黒に呑み込まれた。
強酸と強アルカリを混ぜたように、巨大な氷の塊を沸騰した鉄鋼のなかに投げ入れたように、一羽の鳩を狼の巣に投げ込んだように。
それはお手製の爆弾のようで、槐詩は激しく咳込み、鼻と口から黒い煙と火花が吹き出した。
三粒の解脱者の塵を胸の穴に入れた瞬間、崩壊と融解が起こり、万条の光芒が解き放たれた。つづいて、そこに蹲っていた暗黒は、光とぶつかり、質量を持ったかのような形容できない衝動が迸った。
神経と血流のように体の隅々までいきわたった聖痕に、全身が激しく震え、解脱者の塵に刺激され、槐詩が予想もしていない力が沸き起こった。
黒い川の流れは槐詩の体の中を駆け巡り、血液の流れに替わって、劫灰(こうかい)の火と光がその中を穿って素早く明滅し、神経信号の伝達を覆い、海の波のように逆巻く暗黒が体に浸透し、彼が存在する人間の形骸を呑み込んだ。
瞬間、槐詩という名のカードが無理矢理ひっくり返され、暗闇で眠っていた陰魂が取って代わった。
体温も心臓の鼓動も感じられず、呼吸も内臓の運動も感じられなかった。
槐詩の胸にある、もともとマグカップ大の暗黒の穴は更に大きくなり、そこから渦潮のような光が湧き出した。
溶岩が渦巻く振動とともに、大きな力が黒い川の流れに従って体の隅々にまで伝わった。
無数の死亡記録の中に蓄積された恐怖と死は、ついにこの時、聖痕の力を借りて変質を完成させた。
槐詩は人ならざるものに化身し、
陰魂となった!
槐詩は実質となった冷たい炎を浴びて燃えていた。
手に持った斧を撫でると、漆黒の雷光が刃から輝き出した。それは以前とは温度も輝きも違う、死の冷たさと静かさを持った暗黒の雷霆で、槐詩が斧を振るう度に空気を撃ち、氷霜の痕跡を残した。
槐詩の血液中の劫灰の濃度が急速に上がった影響を受け、心毒と雷霆が融合し、まったく新しい質的な変化を遂げた。
これはなんだ??
槐詩は驚き、そして気づいた。自分は一台のマイナスエネルギー製造機ではなく、一台のマイナスエネルギー発動機になったらしい?
なんであれ、これはいい。
劫灰と解脱者の塵の衝突によって核分裂を起こしたような漲る力を感じ、槐詩は笑い、かつてない充実と熱狂に浸った。
戚問の視線を感じ、槐詩は愉快になった。
「喰らえ、必殺、ペガサス流星拳!」
他人の技である上に、槐詩が出したのはパンチではなかった。
槐詩は咆哮し、走ってジャンプすると斬りかかった!
ゴウ!
雷光が炸裂し、暗い流れが迸った。
憤怒の斧が振り下ろされると同時に、斧の刃の周囲に暗い雷が迸った。雷は槐詩の積年の憤怒と殺意を含んで前に向かって伸びていった。
瞬間、戚問の捻じれた体に、殆ど彼が真っ二つになるほどの隙間が開いた。
隙間は凄惨に焦げ、再び修復されなかった。荒廃と死の氷霜が泥のような肉体を切った。
黒い血の悲鳴は、雷に蒸発させられ、消滅させられた。
戚問は吠え、無数の死体がめちゃくちゃに絡まり出した。
次の瞬間、拡散した鉄灰色の霧の中、燃える悪鬼が歯を見せて笑った。悪鬼は両手を挙げ、斧と祭祀刀を翼のように広げた。
次の瞬間、無数の雷光が炸裂し、槐詩が両腕を振るうと、空中で縦横に交錯し、惨烈な軌跡を残した。
完全に原型をとどめないほどアレンジされた上座部双刀術は、肉眼では追えないほどのスピードに達していた。暴風のような斬撃の中、戚問の体は苦痛に痙攣し、歪んだ顔は徹底的に切り刻まれた。
槐詩は戚問の横を瞬間的にすり抜けて、振り返りもせずに黒い血の中にいる戚元に向かった。
槐詩の背後、戚問の歪んだ体は空中で強張っていた。
傷だらけの体には無数の刀傷が現れ、つづいて、突然爆発し、千百の欠片になり、完全に蒸発して灰塵となった。
何も残らなかった。
槐詩は、戚元の外側で阻んでいる血の幕を打ち砕き、戦闘の中に突入した。彼は斧を自分に背を向けている戚元に向けた。
黒い雷と黒い血がぶつかり、雷霆が爆発した。戚元の後頭部に裂け目ができた。
「なんだ!」
戚元は愕然と振り返り、燃焼してる槐詩を凝視した。彼は怒って手を振り、黒い血が沸騰した。
「こんにちは。今日は悲愴の演奏でもなく、ショパンの演奏でもなく……」
槐詩はゆっくりと近づいていった。
「未払い請求に来た!」
今日、この槐詩が教えてやる!
何人たりともこの俺淮海路のピギーから借金を踏み倒すことはできない!
何人もだ!
「どけ!」里見琥珀は怒った。「大将首は私のものだ!」
「バカ言え!そんな無理が通ると思うか!」
槐詩は彼女の抗議にかまわず、再び斧を振り上げ飛び上がった。
「言っておくが、こいつは俺がやる!」
ドン!
黒い血が爆発した。
戚元の周囲を巡っている黒い血がにわかに増長した。
「どうやら、俺は君を……甘く見ていたようだな」
首のない恐ろしい姿が再び起き上がると、涙を流している首は直立し、空中で凄惨な叫びを発した。
その叫び声は空気を引き裂き、血の色の漣(さざなみ)に挟まれ、四方八方に向かい、過った場所を打ち砕いた。
槐詩以外。
九鳳の血を飲んだ後、戚元はもう人間ではなく、九鳳の一部であった。
九鳳は、変異の過程で弱くなっている時に自分を守らせるため、自らの力を敬虔な信徒に与えていた。
戚元という新しい受洗者が受けたものは、九鳳の九つの頭以外の唯一の頭のない首で、九鳳の『鬼車』の名の由来である。
伝説中の『鬼車』の鳴き声は魂を奪う力を持っており、普通の人間はその鳴き声を聞くと、すべての源質を吸い取られ、九鳳の餌食となってしまう。
昇華者でもこの恐ろしい衝撃と吸引力に対抗するのは難しい。
血の色の波紋に覆われて、槐詩は目の前が暗くなるのを感じた。体で燃える源質の火は鬼車の鳴き声に吸い取られ、戚元のいる方向へ引き寄せられていった。
戚元はフンと鼻を鳴らし、手を伸ばして槐詩の力を奪った、だが笑顔はすぐに強張り、顔色が青黒くなった。
死から作られた心毒と劫灰が含んでいる大量の絶望は火のように戚元の手を焼き、瞬間的に黒焦げにした、
槐詩はそれを見て笑った。
戚元を更に驚かせたのは、槐詩の源質の火の中にある力と属性が、黒い血の天敵であったことである。
皮肉なことに、壊滅要素の牧場主麾下が持つ力は生命であり、戚元を討とうとしている人間は死を象徴していた。
戚元は力いっぱい手を振り、大量の黒い血で無理矢理火を消した。焦げて黒くなった手は新しく生えてきた。
槐詩を見る目にもう軽蔑の色はなかった。
戚元が動くのを待たず、背後から風切音が聞こえてきた。
薙刀が襲い掛かってきた!
里見琥珀が持っている、脇差と薙刀の間を絶えず変化し行き来している武器の殺傷力は凄まじく、彼女がその扱いに慣れていることは一目でわかった。
小太刀だろうと、刀だろうと、長い野太刀であろうと、両手で持つ薙刀だろうと、それらを柔軟に暇(いとま)なく切り替えつつ保っている完璧な構えは、槐詩が何度も死んで身に付けた攻撃技術に比べてもまったく遜色がなかった。
さっき壁に叩きつけられた衝撃は、彼女に特に影響を与えていないようだった。
血の色の波が押し寄せた時、彼女が腰につけている御守りが光り、五芒星が背後で一閃し、彼女を覆った。
恐ろしい般若の面は、叫びの中にある源質の衝撃を呑み込んだ。これも彼女が持っている奇妙な武器のひとつであった。
薙刀、御守り、般若の面、彼女は三つの辺境の遺物を持っており、しかも彼女の腕にかかっている数珠と、踏むと空中で二段と跳びをする革靴も普通のものではない。
あの女はなんて金持ちなんだ!
店に呼ぶ方法を考えなければ……じゃない!
槐詩は咄嗟に自分の顔を叩いた。ぜんぶ柳東黎の悪影響だ!
以心伝心か、それとも汚い手とは結局同じになるのか、申し合わせもなしに二人が協力できたのには隠れたルールがあったからだろう。
一人は正面から攻撃を引き付け、一人が背後から隙を狙う。
二人は交互に役割を交替し、どさくさのうちに優勢になった。
九鳳が与えた力があっても、戚元はこの種の接近戦が得意な馬鹿に会ったことはなく、しかも二人と来ては、二倍嫌気がさした。
戚元は焦り始めた。
怒って薙刀を撃退した後、戚元の背後の目は燃える少年が走ってくるの見た。
沸騰する黒い血の中から、二本の腕が突然生えてきて、振り下ろしてきた斧をぎこちなく掴んだ。
双方睨み合ったまま譲らなかった。
炎の中の陰魂が口角をゆっくりと上げ、刀斧越しに呟いた。
「戚元よ、あんたが怒った様子はとても怖いけど、喧嘩はからっきしだなあ……」
ゴウ!
九鳳の怒りの叫びが迸った。
訳者コメント:
槐詩と里見琥珀、反目し合いながら、戦う時は妙に息が合うのです……似た者同士なのでしょう!ヾ(*´∀`*)ノ
