『天啓予報』第85章 ピギー十周年記念フィギュア


 
 完璧なはずだった。
 艾晴がいせいが敵に囲まれてピンチの時、颯爽と現れた槐詩かいしがバッタバッタと怪物たちをなぎ倒す。ヒーロー槐詩が美女を救う。艾晴は傷ひとつなく救出され、槐詩への好感度はアップする……
はずだった。
 いったいどこで間違えたのか?
 槐詩は呆然と周囲を見回し、辺り一面に散らばっている怪物の残骸を見た。そして飛び散った血の中に撃ち終わった機関銃を放り投げ、杖の中から長い釘のような剣を抜き、最後の一匹のハイエナの頭に突き刺す少女を。
どこで間違えた?
 槐詩はぽかんとその場に立ち尽くし、目の前の光景を見ていた。そしてぎこちない動きで回れ右をし、再び壁の後ろに戻った。
「幻覚だ、これは幻覚。登場の仕方が間違っていたんだ。もう一度」
 槐詩は深呼吸をすると、再び壁の後ろから飛び出した。
「艾晴、助けに来……」
 何も変わっていなかった。
 ただ一つ、艾晴が憐みと冷たさの混じったバカを見るような目で見ていること以外は。
「どういうことだ?」
 槐詩は呆然と頭を掻いた。
 いつの間に監察官の戦闘能力はこんなに高くなったんだ?
 それとも艾晴が隠していただけで、実は超超超級の凄腕だったのか?
 さっきの杖から出した剣といい、自分が見たものだけでも槐詩の後頭部がゾッとするのには充分だった。
 気まずさを振り払い、槐詩は目の前の少女をじっと見て、やっといつもと違う様子に気づいた。彼女は立っていた。危なげなく。だがポーズは妙にぎこちなかった。
 もし力学的に完全に釣り合っているとしても、普通の人間はそんな風には立たないだろう。どう見ても不自然である。
 ロボットのようだ。
「ロボットで間違いないわ」
 まるで槐詩の心を読んだかのように言うと、艾晴は手を伸ばし、ロングスカートをつまんで裾を持ち上げ、くるぶしに付けている鋼鉄の装置と、その上に伸びて肌に貼りついている金箔片のような繊細な構造を見せた。
 細い血管の中を色々なものが流れているらしく、光が明滅し、微かに蒼白い皮膚を照らしている。
 膝と足の指から、鮮血が流れていた。
 まるで刀を踏んでいるかのように。
 少女は槐詩の目の前に立ってた。
「緊急用の反応型支持具。そんな世間知らずみたいな顔しないでくれる?」
 艾晴は腕から滴り落ちる血をふり落とすと、気にしていないようにスカートの裾を引き裂いて包帯替りにして縛った。
「ああ……」
 槐詩は咄嗟になんと言っていいかわからず、気まずげに頭を掻いた。
「そんな高級なもの見たことなかったけど?」
「技術部の試作品。まだ量産はされてない。私は試験用のマウスってところ」
 艾晴はスマホの補助アプリを操作し、急に増加した数値を最低まで引き下げ、照準モジュールと反撃モジュールを閉じた。激しく鼓動する心臓がやっと静かになり、腕とくるぶしにゆっくりと青痣が浮かんだ。
 顔色は異常なほどに血の気がなく、青白かった。
 艾晴は槐詩の完全武装の様子をじっと見て、眉を顰(ひそ)めた。
「誰かが監獄に入れられたせいで、肝心な時に頼れる戦闘員がいなかったの。だからこんな道具を申請して身を守るしか……」
「迷惑かけてごめん。それについてはもう言わないでくれないか?」
 美女を救うヒーローになるチャンスを失った槐詩はまったくの役立たずになっていた。
「それに俺はあんたを助けるために脱獄して来たんだけど?」
「特事所に何かあったの?」
「うん」
 槐詩は少し考えた。艾晴にこの惨状をどう話したらいいかわからなかった。幸い艾晴は槐詩の言いたいことをすぐに理解した。
「それじゃ、戚元(せきげん)に何かあったの?」
「そうなんだ」
 艾晴は話が早くて助かる。どう説明しようかあれこれ考えなくて済む。
 二人はお互いの情況を報告し合い、そして槐詩はやっと隅に縮こまってブルブル震えている沈悦しんえつに気づいた。
「この人は?」
「増援の昇華者しょうかしゃ。三階だけど、どう見たって戦場では使い物にならない」
 艾晴はちらりと沈悦を見ると、溜息をつき、酷いことは言わなかった。結局は彼のサポートが大いに役に立ったからだ。
 自己紹介の時、沈悦は無理に笑顔を作ろうとしたが、槐詩が縄で引きずってきた鉄鞭てつべんを見ると、沈悦の表情は完全に暗くなり、地面に座り込んで口を閉ざしてしまた。
 金沐きんもくの訃報は沈悦にとって大打撃だった。
「それでどうするつもり?」
 艾晴はふいに尋ねた。
「え?」
 槐詩は困惑して艾晴を見た。彼女の意図がわからなかった。
「厳密に言えば、あなたは天文会の正式な職員とは言えないし、社保局と特事所に対して責任もない。脱獄したとはいえ、不可抗力のこと。あなたは自由の身よ、槐詩。少なくとも今は」
 艾晴は尊重する様子で槐詩を見た。
「あなたがどんな決定をしたところで、私にはもう何も言う資格はない」
 それはあからさまな暗示。
 槐詩が身を引こうと、さっさと逃げようと、至極当然な選択であり、人間が自分の身を守ろうとするのは正当な行為である。
 槐詩はこの戦いに参加する義務はない。
 槐詩はぼんやりと考えていたが、思わず笑いだした。
「俺が戚元せきげんをタコ殴りにしても邪魔はされないということだな?」
 艾晴は冷静に槐詩を見た。もっと言えば、バカを見るような目つきで槐詩を見ていた。
 しばらくして、彼女は溜息をつくと、スマホを取り出して槐詩の写真を撮り、間抜けな顔を保存した。
 アップロード完了。
「では、槐詩、国際天文会の名において、現境の安全を守るため、あなたを徴収します」
 艾晴はスマホを切ると、ウエストポーチから箱を取り出し、槐詩の懐に押し付けた。
「あげる」
 槐詩はその手のひらサイズのアルミニウムの箱を珍しそうに眺め、振ってみた。
「なんだ?最近俺にプレゼントするのが流行っているのか?」
「ピギー十周年記念フィギュア」
艾晴は無表情に言った。
「好きでしょ?持って帰って朝晩拝みなさい。きっとご利益があるわ」
「……どういうことだ?」
 箱を開けると、中に入っていたのはピンクの豚ではなく、槐詩は急に気が抜けた。
 黒いビロードの中央には銀白色のブレスレットが載っており、平らな外側には黒い模様が刻印されている。見たところ神秘の古代呪文か何かのようではなく、電気回路の集合に似ていた。
 クラシックにして斬新な、何とも言えないスタイルだった。
「新式の手錠か?」
 槐詩は興味深そうに腕輪を手に取り、左腕にはめてみた。腕輪の内側から小さな音がして、それは収縮し、腕にぴったりとはまった。
 槐詩が指の曲げ伸ばしをすると、手首にはまっていた腕輪は解体したかのように展開し、金属片の一つ一つがお互いに連携し、覆い、伸び、最後に薄い指抜き手袋のように形になった。鋼鉄で出来ているものの、動きの妨げにはならず、武器を握るのに邪魔にもならなかった。
 掌は針で刺されたかようにちくちくと痛んだが、すぐにその感覚も消えた。聖痕せいこんのように源質との特殊な結合があるようだったが、槐詩にはわからなかった。手袋の掌部分の感触は皮か、もしくはある種のサンドペーパーに似ていて、槐詩が手を擦り合わせてみると、鉄片が擦れるような音がした。
「キャベンディッシュ工房の砥石」
艾晴は言った。
「使用者の血と源質を抽出して激化し、変質させる。使えばわかるわ」
槐詩は祭祀刀さいしとうを呼び出すと、刀峰を撫でてみた。掌に微かに刀の冷たさが伝わった。砥石の手袋は槐詩の血を抽出し、撫でるにつれ、祭祀刀の上にに微かな電光が輝きだした。
 刀を振るうと、電光が空気を伝うバリバリという音がした。
 試しに地上の怪物の残骸を切ってみると、切り口が焦げて黒くなり、あっというまに崩れ落ちて、風に吹かれて灰となって消散した。
「あなたにちょうどいいみたい」
 艾晴は眉を上げ、この結果に対する満足を示した。
「具体的な効果は投入する源質と血の量によって決まる。もし聖痕が進階したら、もっといい効果が得られるかも。どのみち、素手で刀を使うよりましだと思うわ」
 槐詩は驚いて左手の砥石手袋を見た。
 槐詩はその効果を繰り返し実験し、ますますその便利さを実感した。心毒の効果と完全に両立させることはできなかったが、この刀に加えられた電光は物理攻撃として確かに役に立つ。
 この手袋をはめれば、普通の武器をいつでもどこでも辺境特性の錬金産物のように使うことができる。自分に相当適していると言える。
 一回研いだ時の雷光の持続時間はだいたい一分ちょっと。槐詩のような接近戦に偏った激しい格闘方法にこそ役に立つ。
「ありがとう」
「どのみち安値で処分しようと思っていたものよ。あなたが使えば無駄にならない」
 その来歴について、艾晴は多くを語らず、ただ手を振った。
「無駄話をしすぎたわ。仕事に行って、槐詩」
「君は?」
「私の仕事をする」
 艾晴は遠慮なく槐詩が提げてきた旅行鞄をひっくり返し、自分の弾薬や武器を補充した。艾晴は鞄の中に女性用の小さい防弾ベストが入っているのを見て、思わず驚きの目で槐詩を見た。まさか槐詩がこんなに親切だとは。
 槐詩はただ無理に笑顔を浮かべることしかできなかった。これは俺のほんの気持だ、遠慮しないで。
「それじゃ、成功を祈ってる」
 そして艾晴はその男を見て、思わず頭が痛くなった。こいつはどう見ても大丈夫とは言えない様子をしている。
 いや、いまにも死にそうだと言うべきではないか?
「こいつを連れて行きなさい」
 艾晴は自閉している沈悦を指さした。
「これでも三階の昇華者よ。役に立つかも」
 沈悦は驚いて顔を上げ、何か言おうとしたが、拒絶せず、自分から槐詩の荷物やその他の物を担ぎ、最後に金沐が残した鉄鞭を背負った。
 顔を青くして息を切らせながら。
 その様子はますます頼りなく見えた。
 艾晴はますます痛む頭を揉み、何も言わず、ただ槐詩たちに向かって手を振った。
 とにかく、無事で。
 艾晴は手の中の計測器を見ると、身を翻して暗闇の中へ歩いて行った。

訳者コメント:
訳しながら「艾晴も冗談を言うんだ……」と驚いた思い出。

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