『天啓予報』第72章 独占情報
艾晴が去ると、烏鴉はこそこそと隅から出てきた。
「ああ、やっと行った」
烏鴉は嘆息した。
「見ていられなかったわ。あなたは彼女を傷つけたのよ」
「俺が?どうして?」
槐詩は驚いた。
「その手のクズ男の台詞、私は教えた覚えはないわ」
烏鴉は槐詩を白い目で見た。
「ああいう時は優しく、理解を示すことを言うの。そうすれば素晴らしいルートが開けるのに」
烏鴉は話していたが、突然ハッとして言った。
「あなた、まさかわざと言ったんじゃないでしょうね?」
「……」
槐詩は沈黙した。しばらくして、槐詩はやっと口を開いた。
「子供の時に俺はもうわかってたんだ――この世には安い同情と善意を持った人間が溢れていると。
そいつらは何かを実現する力はなく、親しくする必要はないんだ。
誰かの苦痛と過去を理解した時、その人が抱えている問題や未来に責任が持てるか?
艾晴だって俺に同情してほしいわけじゃないし、彼女は他の人よりずっと強い。もし俺がくだらないことを言ったら、彼女は俺を軽蔑する」
「そうやって女を引っかけるのね?」
烏鴉は納得したように頷いた。
「あなたいつか、女心を弄んで刺されるわ」
「……俺をそんな目で見ないでくれるか?ひっかけるってなんだよ?」
槐詩は白い目で烏鴉を見た。
「そんなくだらない話をしに来たのか?」
「ちょうどその場に居合わせちゃったから」
烏鴉は羽をパタパタさせた。
「彼女の家庭、とても複雑そうね」
「彼女の話、聞いたことあるか?」
「ええ」
「陰(いん)家のことも?」
「あるかも」
烏鴉は頷いた。
「それで、あなたはどうするの?」
「そうだ。俺はどうしよう?」
槐詩はぶつぶつ独り言を言って考え始めた。
「今後のことはそのうちまた話しましょう。今日は報せを持ってきたの」
烏鴉は槐詩の思考を断ち切った。
「監獄ロックも悪くないけど、残念ながら、あなたの牢獄ライフは長くはならないわ」
「特事所は俺を銃殺するつもりなのか?まさか?未成年保護法はどうなったんだ?」
「昇華者には適用されないの知らなかった?」
烏鴉はこの意気地なしを一瞥した。
「慌てないで。あなたを撃ち殺すにはまだ早いわ」
「それじゃ釈放されるのか?」
「いいえ。帰浄の民が事を起こしたの。大きな事を。しばらくしたら、塀の中のあなたも動員されるかもしれないわ。だから準備をしておかないと。私も聖痕を完成させなくちゃ」
「大きな事?」槐詩は驚いた。「どれぐらい大きな事?」
「魔都ぐらい大きな事!」
「また魔都か!そもそも魔都ってなんなんだ?!どうしてみんな地獄みたいにおっかない感じで話すんだよ」
「だって地獄なんだもの」
烏鴉は淡々と説明した。
「深度二十七の地獄・魔都。深度二十九の地獄・大都会、深度三十の地獄・聖城。
この三つの場所はずっと前から天文会の悩みの種なの。あらゆる手段を使って封印した後、それらを地獄のいちばん奥深いところに追いやったのよ」
「そんなにすごいのか?」
「もし私がこう言ったら?もともと新海は人口数千万、八千万平方キロメートルの巨大都市で、世界経済の中心のひとつで、東夏(とうか)の最も明るい真珠だったって。そしたらあなたどう思う?」
「俺の地元すげー!」
烏鴉は白い目で見て、相手にしなかった。
「前前紀元の頃、そういう都市が存在したの、ちょうどいま新海のある場所に。そしてあることが……皆が望まないことが発生したの」
槐詩はハッとした。いやな予感がした。
「それから?」
「それから、今の様子になった。二千万の人間も一緒に消えた」
烏鴉は肩を聳やかした。
「その名前は一種のタブーとなった。口の中でつぶやくことすらできない。魔都という替りの名で呼ぶことしかできない」
そして、烏鴉は言った。
「その名前は『 』」
槐詩にはぼんやりとした響きしか聞こえなかった。文字にしたならばアスタリスクで置き換えたように、見えない力がそれについての一切の情報を削除していた。
こっそりと、魔都についてのすべての情報は隠滅されていた。
「だけど、それは……帰浄の民とどんな関係があるんだ?」
「ここからは烏鴉お姉さんの独占情報なんだけど――」
烏鴉は謎めいた笑みを浮かべた。
「彼らが企んでいるのは、再び魔都への通路を開くこと。もっと正確に言えば、魔都を再び浮上させ、現在のこの世界に出現させること……そしてその第一歩として、まず現境に隙間を作り、細い道を通して、その後新海またはその他の地域の界楔(かいけつ)を壊し、魔都を呼び出して……最後に、ボン!」
烏鴉は羽根を拡げて爆発の動きをした。
「緑日と帰浄の民の目的は似ている。紅手袋が風災獣を降臨した時も、あとちょっとで新海の界楔は抜かれそうになった……どれだけ不味い状況かわかった?」
「新海はダメになるってことか?」
槐詩は驚きに色を失った。
「新海だけだと思ってるの?下手をすると沿海地区全体が完全にダメになるわ。でもあなたは大丈夫。
帰浄の民と天文会・社保局が戦争をしたとしても、新海でとは限らないわ。もし新海で戦争が起こったら、せいぜい敵を焚きつけて、注意を引いて、本当に戦う時は遠くに逃げちゃえばいい……あなたのレベルじゃ前線に出ることはないから、心配することはないわ」
「それじゃなんで俺にそんなことを言うんだ?」
「あなたが油断しないように。万一そういう状況になった時に心の準備ができてるように」
言うと、烏鴉は羽根で槐詩の肩をポンポンと叩いた。
「安心して、あなたは私の契約者、何かあったら、お姉さんはあなたを連れて逃げてあげる」
槐詩は目を見開いた。
「要するに、俺は食っちゃ寝してればいいってことか?」
「そのとおり。何かあったら、あなたはちょっと顔を出して何人か帰浄の民をやっつけ、その功績を大袈裟にいいふらしなさい。減刑なんて簡単よ」
「その言い方……」
槐詩は横目で烏鴉を見た。
「何か起こったらしょうがないけど、何も起こらないのに余計なことをするなよ!」
「安心して、お姉さんはどんな人?」
烏鴉はまったく無自覚に笑った。
「私がことを起こすまでもないわ。もう導火線に火が点いてるじゃない?それにしても、あなたが元気そうでよかったわ。そうでなかったらおうちの人は心配してたところよ」
槐詩は思わず烏鴉を睨みつけた。
「俺の家族はみんな死んだ。心配する人間はいない」
「あら、お姉さんがいるじゃない?泣きたい時には、いつでも胸を貸すわよ~」
烏鴉はまたくだらないことを言った。
そして習慣に従って槐詩の身体検査をした後、霊魂能力の変化を調べ始めた。
烏鴉の後悔薬のお陰があったのかどうか、前々日のナーガとの戦闘の中で、殺意と憤怒を凝集した『無形の斧』以外にも、意識的に悲しみの類のマイナス感情を取り出し、『圏禁の手』によって実質に凝結できることに槐詩は気づいた。
形態は一本の黒い縄。
小指ぐらいの太さで、強靭。長さは槐詩が支えられる範囲で無限に伸ばせる。
普段の長さはだいたい二十メートル。槐詩の意思で動かすことができ、スピードは本人と同じくらい。
悲しみを凝集した縄で束縛した相手は、槐詩の極度の悲しみの感情を味わい、反撃する力を失ってしまう。
七年の応激期が醸成した『圏禁の手』は、その他の簡単な霊魂能力よりも応用範囲が広いことがわかった。
槐詩はその他の感情も実質に転化できないか試してみたが、無駄な努力に終わった。烏鴉の説明では、わざわざ頑張らなくても蓄積すれば自然に可能になるとのことだった。
霊魂は物質を超越しているとはいえ、やはり昇華者の肉体の制限を受ける。
第二段階、第三段階と進むうちに、聖痕(せいこん)は強化され、槐詩の力も上昇し、質的な変化が訪れるという。
だからいまの段階で無駄な苦労をする必要はなく、自然に任せればよいのだという。
烏鴉はいいニュースをもたらした。槐詩の成長期は正式に終わったのだという。
立て続けの戦いと心理的プレッシャー、そして烏鴉の栄養補助在によって、もともと一か月かかる予定の成長期は一週間前後に圧縮され、またナーガとの対決の過程で最後の山も越えることができた。
これが槐詩が目覚めた時に体が衰弱していた原因だという。
内部の見えない傷を修復するだけでなく、修復された部分は更に強化されていた。もちろん生理食塩水とブドウ糖では埋めらない大きな欠損も。
特事所の錬金薬剤だけでは焼け石に水だった。
もし烏鴉がこっそりと忍び込んで彼に特性の栄養剤を飲ませてあげていなかったら、槐詩は衰弱死していたことだろう。
「ちょっと待った、どうやって飲ませたんだ?」
槐詩はそこまで聞いて、烏鴉を見た。烏鴉には手があるように見えなかった。
「ああ、その質問はデリカシーに欠けるわ」
烏鴉は恥ずかしがり、もじもじすると、小声で言った。
「もちろん口移しでよ。それがいちばん早いでしょ?」
槐詩は信じたくなかった!
烏鴉が去ると、槐詩はまたベッドに横になり、楽しい夢を見ようと思った。
だがさっき烏鴉に注意されたことを思い出し、だらけていてはいけないと思い、こっそりと蒲団の下から運命の書を取り出し、記録の中に入った。
そしてすぐに、槐詩は踏みにじられまくったあの訓練場にいた。
そしてあの鋼鉄の教官と対峙していた。
この数日でどれだけサブストーリーが作られたのか、教官は槐詩を見ると無意識に後ずさり、警戒の体勢を取るようになった。
「お兄さん怖がらないで。今日は軍隊拳の練習はしない」
槐詩は安心させようと手を振った。そして運命の書の権限によって二本の黒緑色の弯刀を作り出した。
それを教官に向かって振りながら、親し気に微笑んだ。
「最近覚えた刀術を試してみないか?」
訳者コメント:
魔都の名前はきっと「上海」でしょう。
槐詩が寝ている間、烏鴉が口移しで栄養剤を飲ませていたということですね……
