『天啓予報』第97章 願い(エピソード1最終回)
彼女の困惑した表情を見て、上は玄鳥から、下は社保局の昇華者たちまで、みな耐えきれず、気まずい表情を手で覆い、頭を痛くした。
どこからか、白い鳩が飛んできて彼女の肩に停まり、クークーと鳴くと、白帝子はやっとホッとした。
「現境?よかった」
「行けば行くほど間違えたような気がしてた。誰にも会えなかったし」
白帝子は言うと、得意げに胸をそらせた。
「迷子になんかなってない。それにそんなに遠くなかった!」
うん、今日も白帝子は絶賛迷子中だった。
「あっ!!!!」
気まずい静けさの中、突然叫び声が響いた。
少女は驚いて振り向き、自分が壊した祭壇と、どこからともなく顕れた人物に驚いて尻餅をついている槐詩を見た。
槐詩は目の前の白帝子と、スマホに表示された立ち絵を見比べて、信じられないという表情をしていた。
「あ、あ、あ、あなたは……」
「え?」
白帝子はきょとんとした。
「私がどうかした?」
白帝子の言葉も終わらないうちに、その人間は駆け寄ってきて、彼女の手を握りしめた。顔を紅潮させ、目には光が輝いていた。
「――俺が唯一欲しかったカード!」
「え?」
褚清羽は呆気に取られて何も言えなかった。
「温かい?本物なのか?オーマイガッ!」
槐詩は彼女の手を握り、感動に熱い涙が溢れそうになった。紙のカードがまさか厚みと体温を持つなんて?
「二次元からわざわざ俺に会いに来てくれたんですか?」
槐詩は興奮して尋ねた。
「今晩時間ありますか?ごはんでも一緒に食べませんか?」
「私、あの……その……まさかそんなに歓迎してくれるなんて……」
褚清羽は驚いて槐詩を見た。誰かと間違えているのではないかと思ったのだ。
褚清羽は彼の期待の籠った目、熱狂と喜びに満ちた表情、自分の手を握っている両手を見た。彼女は驚いてぽかんと口を開けた。
――前略、お父様……私、告白されたみたいです。
十五年生きていて初めて。
なんという衝撃!
彼女は眩暈を感じ、ぼんやりと目の前の少年を見た。どうしていいかわからなかった。
「あの、ご、ごめんなさい、私……その……まだ十五歳で……若すぎるから……」
彼女の舌はもつれた。
「それにあなたの名前も知らないし……こういうことは……まずお互いをよく理解しないといけないでしょう?わ、私……が言いたいのは、つまり……」
言えば言うほどわけがわからなくなり、殆どやけくそになって、白帝子は目を閉じて叫んだ。
「とにかく、こういうことは十八歳になってからにしてください!」
「……え?」
槐詩は驚いた。彼女が何を言っているのかわからなかった。
そしてすぐに、遠くにいる昇華者たちが自分に向けている視線を感じた。驚き、おののき、暗く氷のような冷たさ……そして刺すような殺意。
槐詩はやっと自分が何を言ったか理解し、一気に汗だくになった。笑顔は次第に消え、死の淵でラジオ体操をしているような感覚になった。
落ち着け、槐詩、慌てるな!
冷静になれ!
頭を働かせろ!
切り抜ける方法を考えるんだ!
その一瞬、槐詩の頭は目まぐるしく回転し、ついに無数の火葬場に通じるルートの中から生き残りルートを見つけ出した。
「コホン、実は……あなたのファンなんです」
彼は笑顔を作り、穏やかなお兄さんの雰囲気を出すよう努力した。
「サインをお願いしても?」
「あ?ああ、はい!」
褚清羽はハッとして、赤らめた顔を俯かせ、しばらくして、小声で言った。
「手を放してくれませんか?」
「ああ、はい!」
槐詩は気まずく手を放し、救援に来たお兄さんお姉さんたちに厚かましい笑顔を向けた。だがついさっき白帝子の手を握った指を思わず背中の後ろでさすり、またさすった。
手の感触が気持よかった。
槐詩は内心喜びの涙を流した。
槐詩が差し出したサインペンを受け取ると、白帝子は紙か何かがないかとポケットを探ったが、何もなかった。槐詩は言った。
「服にサインしてくれませんか?」
「え、それは、ちょっと……」
おかしな情景を想像し、少女の顔はますます赤くなった。白帝子は慌てて断り、周囲を見回し、ぱっと深淵に飛び込むと、すぐにまた戻ってきた。手のひらサイズの透明な水晶を持っており、その上にそそくさと自分の名前を書くと、俯いて槐詩に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
槐詩が慌てて手を伸ばして受け取った時、うっかり彼女の指に触れた。白帝子は電気に触れたかのように体をびくりと竦めて言った。
「ど、どういたしまして……わ、私もう行かないと」
白帝子は身を翻して一歩踏み出したが、脚に力が入らず、よろめいた。彼女は人の視線を避けるように顔を伏せ、至福楽土に通じる門がまだ閉まっていないのを幸いと、逃げるように走っていった。
静寂の中、残った槐詩は一人ホームの端に佇み、鏡界が破壊されたことで 急速に消滅していく深淵を呆然と見ていた。そしてしばらくして、槐詩は手の中のサイン入りの水晶を見た。
「残念だ」
槐詩は呟いた。
「ウィチャットのアドレスを聞いておくんだった」
ポン!
年齢を重ねた手が肩に置かれ、槐詩は全身で震えあがった。ぎこちなく振り返ると、背後に暗い顔をした玄鳥がいた。
「おい、小僧」
老人は目を細めて大胆極まるバカほ凝視した。
「未成年をかどわかすとどうなるか知ってるのか?」
殺気が立ち上っていた。
槐詩は脚から力が抜け、咄嗟に許しを請おうと口を開いた。
「待ってください、僕も未成年です!」
「え?」
玄鳥は驚き、無言で見つめた。
その時、近くで自分の弟分の一連の暴挙に目をつぶっていたホストが急いで近寄ると、笑顔で話かけた。
「彼は今年十七歳です。どうか大目に……」
「十七歳?」
玄鳥は怒った。
「その年で学校をやめたのか?勉強せずに恋愛なんて!」
学校をやめただと?!
「バイト、バイトです、生活のための……」
槐詩は勇気を出してて手を挙げた。
「それに、僕はチェロを弾けるので、共通試験には加点されるんです!」
玄鳥は信じていないように、槐詩を引っ張ってくると、穴が空くほどじっと見た。片方の目が純黒に変わり、運命を見通すかのように槐詩を凝視した。
天命玄鳥の『観命の眼』!
何が見えたのかわからないが、玄鳥の表情は微かに変化した。
「槐広のひ孫か?なんという偶然だ……」
玄鳥は驚き、しばらく唸っていたが、表情は急に優しくなった。
「天文会での仕事は将来性がない。君、社保局に来ないか?俺がうちの白ちゃんと同じ班にしてやろう。毎日会えるぞ!
入試さえ通れば、どんな大学だろうが関係ない。俺が推薦書を書いてやるから直接稷下に行って勉強したらいい。四年後に卒業して公務員になれば、『鉄飯碗』(食いはぐれないこと)だ。給料は多くないが少なくもない、どうだ?」
一瞬、槐詩は鉄茶碗の三文字に目がくらんだ。
人生は安泰、家庭は円満、仕事は平穏……
だが自分が人に言えない事情にどっぷりつかっていることを思い出すと、槐詩は唾を飲み込み、心苦しそうに頭を振って、きっぱりと断った。
「ありがとうございます。でも、僕はもう現境の平和に一生を捧げると決めたんです!」
「ちぇっ、どいつもこいつもずるがしこい……」
玄鳥は不愉快そうに頭を振り、それ以上何も言わなかった。ただ手を振って部下に負傷者を運ばせると、夜の帳(とばり)の中に消えてしまった。
その他の人々も忙しく、ここでぐずぐずしている時間はなかった。
去る前に、里見琥珀は恨みがましい目で槐詩をじっと見た。
それが「いま人を呼んでくるから待っていろ」の意味なのか、それとも「月のない夜は気を付けろ」の意味なのか分からなかった。
槐詩は清々しく手を振ると、胸の天文会のバッヂを指さし、何も言わずに笑った。
いつでも相手になってやる!
※
かくして、一場の騒ぎは唐突に幕を下ろした。
空から降ってきた鉄槌の下、悪の陰謀計略は、絶対的な力によって完全に叩き潰された。
社保局は完全にその力と東夏の文明を証明した。もう間もなく、この一場の大戦も完全に幕を閉じるだろう。
だがそれは槐詩とは無関係だ。
柳東黎に支えられて地下鉄を出ると、夜の帳が下りているのを見た。
いつの間にか夜になっていた。
街は依然として光り輝き、昼間のいくつかの爆発は東郊区の存在しない化学工場に責任が負っかぶされた。騒ぎはあったが、結局は速やかに収まるだろう。
世界はやはり動いている。
槐詩はほっと息をついた。体が軽くなったような気がした。救急車の中で身体検査を受けた時、よく知っている車椅子を見た。
青白い顔をした艾晴(がいせい)が静かに点滴を受けていて、槐詩を見ると、微かに頷いた。
「よくやったわ」
「あ、べつに……」
槐詩はきまり悪そうに笑った。謙虚になろうとした時、続く言葉が聞こえた。
「衆人環視の中、たった十五歳の少女に告白するなんて、すごいわ」
「……」
槐詩は慌てて説明しようとし、艾晴が冷静な顔で手を振ったのを見た。
「これからバカになる時はちょっと周囲を見回してくれる?背後にいる親にひねりつぶされないように」
「あ、はい……」
槐詩はこくこくと頷くと、ベッドの上で小さくなり、できるだけ存在感を消そうと努力した。伝所長への報告を済ませた柳東黎が押しかけてくるまで。
「兄弟、大儲けしたな」
柳東黎は白帝子のサイン入りの水晶をしげしげと眺めた。
「告白に失敗してこんな豪華な残念賞をもらうなんて、前代未聞だ」
「どういうことだ?」
槐詩は驚き、パッと見普通の水晶を手に取ると、矯(ため)めつ眇(すが)めつ見てみたが、なんの不思議な効果もなさそうた。
「そんなにすごいものなのか?」
柳東黎は目を剥いて驚いた。
「満願結晶だぞ、すごくないわけがあるか?」
「満願結晶?」
槐詩の好奇心が動いた。
「願いが叶うのか?」
「限界はあるけど」
艾晴はちらりと見た。
「ガルーダが死んだ瞬間、体内の奇跡が凝縮して出来た源質の結晶でしょう」
一瞬の間にこの種の力を解放すれば、白銀の海がバランスを崩し、並大抵でないことが可能になる。もちろん世界平和のようなでたらめなことは置いといて、せいぜい人類が可能なことという前提で実現するだけだと。
槐詩は喜んだ。
「そんなにすごいのか?」
槐詩の興奮した様子を見て、艾晴は首を振った。
「純正品と比べたら、それは乱暴に合成した粗悪品よ。あまり大きな期待はしないことね」
槐詩が何を願おうが、彼女にはどうでもよかった。どうせ、こいつの願いは大金が入ってくることぐらいだろう。
その程度の望みならば、数千万から億の資産で簡単に実現するだろう。
「じゃあ……」
槐詩は少し不安そうに水晶を持ち、真剣に尋ねた。
「家族に戻ってきてほしい、そんな願いは叶うかな?」
艾晴は沈黙した。
柳東黎も視線をそらした。
「あはは、ダメかな?」
槐詩は気まずそうに笑い、頭を掻いた。
「そうだよな、そんな過ぎた望みを、叶えてくれるわけないよな……」
その瞬間、槐詩の手の中の水晶が震えた。
一筋一筋、結晶にひびが入り、あっという間に濁って古いガラスのようになると、もうなにも不思議なことは起きなかった。
静寂の中、三人とも呆然としていた。
すぐに、夜は騒がしくなり、窓の外、槐詩たちは一筋の金色の光が空へと向かうのを見た。光は黒雲を突き破り、雲の隙間から煌めく星々が見えた。
光が立ち上った辺りにはあるのは……
「俺の家?!」
槐詩は驚いて飛び上がった。
※
※
柳東黎の運転で、槐詩を乗せた車が暴風のようなスピードを出して到着した時には、既に十分が経っていた。
輝く金色の光は消えていて、替りに門の前には黄昏の柔らかな灯火が点り、石髄館には真新しい看板がかかっていた。
槐詩は車を跳び降り、新しい柵とすっかり様子の変わった庭を見て唖然とした。
伸び放題の雑草隠れていた埃だらけの彫像もピカピカになっていて、前庭の中央の大理石の壊れた噴水も再び清浄な水を噴き出していた。
緑が生い茂る樹々の奥、灯りのついた窓にはひびひとつなく、壁はどこも禿げておらず、建物全体が時間を巻き戻したかのように、当時の美しさと華麗さを取り戻していた。
水晶のシャンデリアはキラキラと光り、門の前で待っている痩せた人影を照らしていた。
そ の老人は黒のネクタイを締め、きっちりとした礼服を着て、白髪混じりの髪は一筋の乱れもなく後ろに撫でつけられ、背筋を伸ばして階段の下に立ち、帰ってきた少年に笑顔を向けた。
「夕飯の準備が出来てますよ、坊っちゃん」
彼は槐詩のためにドアを開け、彼の持っている荷物を受け取ると、穏やかで慈愛に満ちた微笑を浮かべた。
「おかえりなさいませ」
槐詩はぼんやりとその老いた顔を見た。
あきらかにそんな顔もそんな人も見たことはないが、なぜだか、よく知っているような気がした。まるで十数年も前からずっとそばにいたような。
夢を見ているかのように、槐詩は老人の後についてドアを潜り、ホールに入った。古雅な装飾と夢の中にしかないような場面を見回した。
そして、食堂に入り、テーブルにつき、湯気を立てている夕食を見た。
槐詩は箸を手に取ると、少し躊躇い、後ろの老人を振り返った。
「これは……俺のか?」
「もちろん」
老人は恥ずかしそうに笑った。
「すみません、ずっと厨房に立ってなかったものですから、ストックが少し足りなくて、ありあわせのもので作りました。お許しください」
「いや、そんなことはいいよ」
槐詩は首を振り、茶碗を持ち上げると、柔らかい青菜を箸で取り、おっかなびっくり口に運ぶと、動きを止め、ゆっくりと箸を置いた。
老執事は腰を屈めて尋ねた。
「お口に合いませんでした?」
「ううん、とても美味しい」
槐詩は項垂れ、赤くなった目のふちを擦りながら、堪えきれずに涙を流した。
「本当に美味しい」
失った時間もこんな風だった。
いまその時間を取り戻し、槐詩は思わず自分の家族の腰に抱き着くと、大声で泣き出した。
長い長い時を越えて、多くの奇跡と災厄の証人となり、数えきれぬ苦痛と祈願を経たのち。
槐詩はついに願いを実現した。
彼は家に帰った。
※
※
屋敷の外、二人は車の中と外にいて、少年が入って行くのを見ていた。
「今は客が訪問するタイミングじゃないわ。行きましょう」
艾晴は窓を叩き、外をうろうろしていた柳東黎を呼んだ。
「用事なら、明日にしましょう」
「そうだな」
柳東黎は残念そうに振り向いて車に戻り、よく知っている匂いを嗅いで、思わず呆気にとられた。
「君は煙草を吸うのか?」
後部座席に座っている少女は、石髄館の窓に灯る暖かな光を見て、静かに答えた。
「たまに気分のいい時にはね」
訳者コメント:
大・団・円!!!ヾ(*´∀`*)ノ
ここまでお読みいただきありがとうございます!!
最後に突然出てくる執事さんは人間ではなく、石髄館の化身のような存在です。実は以前槐詩に復讐しようと石髄館に来た死にかけた王海を追い払ったのがこの執事さんです(第何章だったかいま見つからないのですが)。
『天啓予報』の物語は、この後1645章+エピローグまで続きます。ですが、とりあえず最初のエピソードだけでもきれいにまとまっている思います。
この後、槐詩は昇華者として進階しつつ、色々な事件を解決し、色々な女の子と知り合い、最後には世界を救います。
私としてはこの後のエピソードも、公式が無料公開している範囲において、日本語訳をnoteにアップしていく予定ですので、よかったら引き続きおつきあいくださいませ!ヾ(*´∀`*)ノ
