『天啓予報』第94章 再び鳥になる
槐詩は愕然とし、暗黒の深淵を見下ろした。
最も表層の鏡界の偽装が壊れ、異化された広い地下世界全体がついにその真の姿を現した。
新海の地下鉄環状線内部の土がそっくり掘られたように、巨大な都市の下にくぼみがあった。
地下鉄環状線はそのくぼみの縁であり、その内側には虚無の暗黒があった。
地下鉄の、もともとの十か所の駅は崖のように内側に伸びていて、十個の重要な祭壇を載せていた。
鏡界の層が消散すると、駅にいる者たちははっきりとお互いが見えた。
十か所の戦場。
槐詩がいる場所以外では、六つの祭壇での戦いは既に終わっており、一面死骸と鮮血だらけであった。祭祀を執り行っていた帰浄(きじょう)の民(たみ)は死に、骨も残らない者もあった。祭壇も破壊されていた。
残り三か所での戦闘はまだ続いていたが、一方的な状況だった。東夏の昇華者たちは大いに殺し、反抗するすべての者たちを完膚なきまでに叩き潰していた。
効率的な虐殺の中、リーダーの中年は里見琥珀を見て驚き、彼女を指さして言った。その顔は厳しかった――君は『自分勝手な行動』をした。さっさと戻ってきて始末書を書きなさい!
だがすぐに、皆の注意は深淵の奥にあるものに奪われた。
ひとつの死体。
腐った死体。
吐き気を催させるその腐った匂いは、深淵の底からゆっくりと立ち昇ってきていた。
信じられないことが起こっていた。
この時、すべての人間の前で、深淵の中で、ビルのように大きな九鳳の真の姿が、完全に腐っていた。
死んでいる。
完全に。
何であれ、引き裂かれて腐ったものは誰も生きているとは思わないではないか?
だが一体どういうことだ?
皆は困難を乗り越えボスの城の外側の敵を倒してきたのに、ボスが死んでいた。装備も経験値も何も得られないとは……そんなバカなことがあるか?
生命を失った黒い血は少しずつその残骸から滲み出し、悪臭のする池に溜まっていった。大量の蛆虫が湧いており、発生した蠅の群れが雲のようになっている。
吐き気を催させる光景である。
この陰気な環境の中で、黒い血の池は、だが一筋の光芒を放っていた。
なんという清浄、なんという輝き。
それは燦爛たる金色。
天地が振動し、無数の鏡界の破片が揺れた。一片の暗闇の中、光芒が爆発し、すべての者の目を射た。
わけもわからず、すべての人間が静かな心地よさを感じた。その光芒の前に首を垂れて膝まづき、奇跡を見た。
光の中、黄金で鋳造したような美しい目がゆっくりと開き、沸騰する黒い血の池の中、威厳ある姿が徐々に身を起こした。
まるで懐胎から脱し、この世界に面したように。
この一対の目の前では、万物は塵のようであった。
「なんなんだ?!」
槐詩は悪寒を感じ、無意識に後ずさろうとした。そして皮膚に次々と火傷ができるのを感じた。
まるでその視線に焼かれるように。
疑いようもなく、あの光芒は陰魂の敵、いや、天敵と言うべきものだ……
よくわからない危機感を感じ、槐詩は無意識に里見琥珀の後ろに隠れた。火のように赤い鎧の陰になると少しはましな感じがした。槐詩は急いで手袋とマスクをつけた。どれだけ効果があったかわからないが、心理的にはかなりほっとした。
槐詩は里見琥珀の後ろにうずくまって隠れた。自分のこんなみっともない姿はどういうことなのか。認めたくなかったが、槐詩はブルブルと震えていた!
「大鵬金翅明王……」
里見琥珀はぼんやりとその一面の光を見ていた。顔につけている般若の面にひびが入っており、声は掠れ、震えていた。
「いいえ、東夏であれば、こう呼ぶべき……五階の聖痕・大鵬金翅鳥!」
「なんだ?」
槐詩は驚いた。
「味方か?」
「だといいんだけど……」
里見琥珀は慎重に後退した。二人は階段の下に伏せ、そろそろと頭を上げて見た。もし味方でなければ、残る可能性はただ一つ……
あれが九鳳……
もしくは、かつて九鳳だったもの。
自分が見たややこしい儀式と五階に進階する時に現れる異常を結びつけ、里見琥珀はついに結論を出した。
だが、その結論は更に信じがたいものだった。
「昇華の路を変更した?」
少し考えてみれば、九鳳の上位の聖痕が大鵬金翅鳥であるわけがない。同じ東夏系譜の路線だとしても、この二つはまったく水と油である。
そこに考え到ると、里見琥珀はハッと顔を上げて深淵を見た。そしてまたすぐに頭を引っ込めた。幸いなことに胸は動悸していた。
「ちがう、あれは東夏系譜の大鵬金翅鳥じゃない。天竺系譜のヴィシュヌ分支、五階の聖痕――ガルーダ!」
「ふたつは別物なのか?」
槐詩はまったくわからなかった。
「全然違う!『白雪姫』と『眠り姫』ぐらい違う!」
「わかる例えにしてくれ!」
「……」
里見琥珀はバカを見る出で槐詩をしばらく見ていたが、ついに溜息をつくと説明し始めた。
「簡単に言うと、東夏の金眼妙翅鳥は、護国神として祭られていたの。だから正道を奉じなければ、金眼妙翅鳥への進階は不可能なの。
だけどガルーダは純粋に神霊として存在している。獣性が占めている部分は金眼妙翅鳥よりもずっと大きく、進階のための制限も多くはない……」
槐詩は理解した。
「つまり、もし大鵬金翅鳥になろうとするならば、世のため人のために働かなきゃならないけど、もしガルーダになろうとするなら、コネが必要だってことか?」
「そんなところ」
里見琥珀はドッと疲れを覚えた。こんなに丁寧に説明したのに、こいつの理解といったら!
だが疑問は残った。
里見琥珀は帰浄の民がなぜ用意周到にこんな面倒な進階の儀式を準備したのかは理解した。この儀式は九鳳を進階させるためだけでなく、無理矢理東夏系譜から天竺系譜に移行させ、九鳳をガルーダに転化させるためのものだったのだ。
牧場主の神の力で自分の生命を守り、乱暴に自分の陰属性を取り除いて、九鳳の聖痕を改造し、不要なものをすべて切り捨て、蓄積した大量の源質によって対極にある聖痕へと進階させる。
そう考えれば、九鳳がなぜ自分の力を気前よく信徒たちに分け与えたのかが理解できる。どうせ要らないのだから、リサイクルすればいい。
だがそれは洗練されたやり方ではない。
美容整形で犬を無理にライオンにするようなものである。
生まれ変わってまた鳥になるのである。
いくら牧場主の後押しがあるといっても、そんなに簡単にできることなのか?
それに、その目的は?進階が成功したとしても、ガルーダの先天が足りず、五階になっても弱キャラにしかなれず、四階の強キャラには及ばないのであれば、まったく割りに合わない。
だとすれば……
「魔都への道!」
里見琥珀はハッとした。
「魔都への道を開くほどの大きなことを成し遂げれば、大量の偏差を獲得できるだけじゃなくて、先天不足を埋められる……」
「どういうことだ?詳しく」
彼女のそばにひょこっと田舎っぽい顔が現れ、好奇心に目をぱちぱちさせていた。
「どうせあいつが出てくるまで時間があるんだから、説明してくれよ」
「こんなこともわからないなんて、天文会の教育はどうなってるの?」
里見琥珀は般若の面の奥の顔を引きつらせた。こいつをここで斬り殺してやりたい。
「俺は仕事を始めてまだ半月も経ってないんだぜ?」
槐詩は肩を聳やかし、二人の背後の一山の灰を指さした。
「教えてよ。首級の分け前として耳ひとつあげるからさ?」
全部灰になっとるがな!
里見琥珀はギリギリと歯ぎしりし、このバカを睨みつけた後、やけくそになって言った。
「しょうがない、私の運が悪かったんだ……新人のために講義してあげる」
「よかったよかった。どうぞ」
槐詩はポケットから小さなメモ帳を取り出した。それほど遠くもないガルーダは、もう二人の頭から忘れ去られていた。
どうせこの後のことは彼らには止めようがない。何かあっても逃げることはできないのだから、ここに隠れていて事の成り行きを見た方がましである。
神々の戦いは、大迫力だろうなあ!
瀛洲人がテレビ東京でいつもの番組を放映しているの見て安心するように、槐詩にとっては、烏鴉が出てきて「早く逃げましょう」と言わない限り、何事もないのと一緒であった。
ここはじっくりと先生の授業を聴くのがよい。
「簡単に言うと……五階の聖痕の中で、もっとも優れた一握りは、既に神の特質を備えているの」
里見琥珀はミニスカートの埃をはたき、正座して厳粛に語りだした。
「それは彼らが必ず追い求めなければならない『現境修正値』の変化によって定められているの」
訳註:
賞タイトルは「重新做鳥」は「重新做人」(更生する、人としてやり直す、再出発するの意味)のもじりであることに、ずいぶん後になってから気付きました。
訳者コメント:
テレビ東京がいつも通りの番組をやっているうちは大丈夫だと日本人は思っている……そんなことが中国人に知られていたとは!
