『天啓予報』第79章 十万人の燕青戈

 天地が凍り付いた。
 符残光ふざんこうが現れた瞬間、すべての海獣が激しく震え始めた。海獣たちは雷光に照らされて震え、さっきまでの横暴さはすっかりと影をひそめた。
 五階のダゴンは見えない気迫に圧倒され固まった。
 これが天の定めた圧制!
 麒麟の聖痕せいこんの前では、どんな野獣もなすすべがない!
 太古から現在まで、東夏とうかの伝説の中、麒麟は天の使者の栄誉を与えられた、なによりも神霊に近い存在である。
 聖痕の中にも、上下の差はある。第五段階の聖痕の中では、麒麟の序列はかなり上の方である。
もともと、聖者麒麟は仁徳を以て万獣を統帥し、万物に天命と知恵の祥瑞を伝える。聖痕のタイプとしては、指揮と補助が主である。
 だが誰が予想しただろう、符残光がこの向こう見ずな石頭にかかりきりになるとは。地獄で数十年鍛錬し、陰陽相克の権能を持つ戴冠者であり、真の諸王の一人である符残光が。
 麒麟の聖痕は、すべての獣属性の聖痕に対して先天的に優位である。すべての獣属性の昇華者は符残光にはサンドバッグにされてしまう。
烏鴉うやでさえ、このような情景を見た後には、たった一口で飲み干したコーラの瓶を羽で抱え、拱手して驚いたほどである。
「面白い」
 彼女は符残光が天性の資質と力を持ったうえで、どれだけの血の滲むような犠牲を払ったかを理解していた。
 聖痕とは、神霊の遺産の解析を通じて生み出された成果であり、現境を維持し深層の地獄を探索するための道具である。
 その目的は、最初は自分を一歩一歩万物に転化させることから始め、最終的に神のレベルに近づくことである。
 この過程は易しくなく、快適でもなく、むごたらしい代償が必要であり、ほんの僅かな足の置き所の違いで踏み外してしまうものである。
 超凡の瞬間から、昇華者たちは諸神の代表としてその存在を維持し、この世界の不可欠な輪となる。神に選ばれたものといってもよい。
 天文会はずっと、神霊の遺産の解析と深層の地獄の開拓を続け、現境を支える十六本の柱を頼りとしてこの体系を完成させようとしてきた。
 天文会は乱暴に錬金術の位階を用いて聖痕の段階に命名を行った。
 第一段階・水銀、第二段階・黄金、第三段階・エーテル、第四段階・アンチモン、第五段階・賢者の石……そしてその頂点にある戴冠者と、極限を突破し神の化身となった天敵。
 基礎となる聖痕から出発して、昇華者たちは隠された複雑な路線図を頼りに、よじ登るように上に向かい、奇跡と深遠の貴重なものを探索し、自らのうちに取り込こみながら、蓄積による質的変化により、最終的に頂上まで進もうとしている。万物の頂点を目指して。
 神明の存在する場所へ。
 未知と危険は多く、進もうとして道がないことはまだましで、地獄に落ちて汚染され浸食物や凝固者になることも珍しくない。
 成功には、常人には想像できない苦労と再現不可能な幸運が必要である。
 いま一撃のもとに、符残光はダゴンを辺境に引きずり込んだ。
次にダゴンが海面から現れた時、周囲の濃霧は急に捻じれ引き裂かれ、海面に浮かんだ無数の人影がダゴンに向かって進んでいった。
 十万人が立っている凝固した波が、ダゴンに向かっていった。彼らは様々な形や色の冷兵器や熱兵器、普通の兵器や辺境の遺物を手に手に持っていた。
 十万人は誇張ではなく、文字通りの意味での、十万人である!
 十万人の同じ顔をした昇華者!
 攻撃、防衛、拘束、城攻め、掘削……目もくらむような仕事を息を合わせて協力して行う十万人が出現した。仮にダゴンによる死傷者が多く出たとしても、すぐさま分裂し、戦争と仕事に投入された。
 数。純粋な数。
 沢山の海獣も相手にできない十万倍の効率と十万倍の出力(アウトプット)!
《或いは自ずから身を固くし、色を云うは是我なり》
 また一人、東夏(とうか)から来た第五段階の昇華者、燕青戈えんせいか
 一人の燕青戈は怖くなくとも、もし十万人がすべて辺境の遺物と量産型の武器で武装していたら、そしてお互いに協力し合っていたら、それは非常に恐ろしい存在となる。
 犠牲を恐れず、死を恐れず、瞬く間に半分以上が敗滅しても、新しく生まれた人影が死者の装備を拾って使い、再び死を恐れずに前線に向かう。
彼ら、いや、彼は戦闘しているのではない。戦闘は符残光の担当であり、燕青戈がしているのは建設、もっと言えば、壊滅のための建設である。
 敵とぶつかる前に城攻車を組むように、十万からの農民が帰浄きじょうたみの城壁にとりついて矢を射るためのやぐらを作っていた……
 恐るべき人力とスピードで、迅速に鋲締めと溶接が行われた。つづいて、無尽の電流の沃灌よっかんに従い、不思議な光が放たれていた。
 辺境に隠れていた帰浄の民はこれ以上状況を悪化させるわけにはいかなかった。白い影が次々とダゴンのクジラのような気孔から飛び出して双翼を広げた。頭には光の輪が輝いていた。
 至福楽土しふくらくどに隠れていた凝固者、牧場主のフォークとナイフの栄誉を持つ『猟食天使りょうしょくてんし』に間違いない!
 神の力はこの時確かに彼らが広げた翼の上にあり、熱狂している猟食天使たちは賛歌を歌いながら軍団を作り、空の上の麒麟に向かって武器を振りかざした。
 四角い炎の剣が虚空から伸びてきて、旋回し、風と雲を掻き回し、雷光を揺り動かした!
 天と地の間を支えることができそうなほど巨大な、炎の剣と雷光は空を揺り動かし続け、怪獣と帰浄の民の反撃を押し返しながら、燕青戈はやっと自分の仕事を終えた。
「大丈夫だ!」
 数百人が心を合わせて協力し、最後のワイヤーロープを通すと、振り向いて叫んだ。
 一瞬、虚空から放たれた力は機械の上を流れ、大秘儀ツァラトゥストラの力によってダゴンを完全に現境に固定した。
 否。海中に。
 任務完了。
 燕青戈はほっと息をつき、そして背後から聞こえてくる咆哮に振り返った。
 帰浄の民の反撃が始まった。
「符さん!符さん!」
 燕青戈は咄嗟に助けを呼び、そして絶望した。符残光は牧場主の神罰の剣の相手をしており、燕青戈を助ける余裕はなかった。
 彼は自分で戦わなければならなかった。
 十万人の燕青戈は狼狽しながら襲い掛かってくる帰浄の民たちを迎え撃った。だが相手が命も惜しまずに攻撃してくると、燕青戈はうろたえ、数の有利を作るために相手に対して一か所に固まった。襲い掛かってきた敵は燕青戈の髪を引っ張り、足を踏み、目を潰し……
 十万の痣のできた顔が天に向かって叫んだ。
小白はくちゃん!早く来てくれ!死んじまう!!!」
『もうすぐ着く!』
 だが、白い鳩が旋回している以外、何も見えなかった。
「おい、本当に死んじまう!ああ、俺の目が、クソ、馬鹿やろう!」
 最後の方は帰浄の民との低レベルの争いになっていた。
「ほんとに死ぬぞ!あとどれぐらいだ!」
『すぐ、もうすぐ!』
白帝子の慌てた声が虚空から響いてきた。
『あと少し!あと少し!』
 燕青戈は怒りのあまり血を吐きそうだった。
 十万人の自分が十万通りの方法で死んでいった。無限に分裂する能力は無限に彼の戦闘力を削った。背後の機械を守るために、彼はサボることもできず、自分を防波堤にした。
 燕青戈の理性がもうすぐ決壊しそうな時、やっと華奢な体が空から降ってくると、ドボンと海に落ち、それからずぶ濡れの顔を出した。
「また道に迷っちゃった!」
少女は恨めしそうに叫んだ。
「何度も言ってるのに。辺境の中継に問題があるって!あなたたちが直してくれないから!」
「車に乗れ!大人しく車でくれば間違いないだろう?!」
燕青戈は怒りで爆発しそうだった。
「早く応援しろ!もう持ちこたえられん!」
 白帝子はくていしは手を伸ばし、虚空を一撃した。
 十万の燕青戈に対して無双を繰り広げていた帰浄の民はあっという間に散り散りばらばらになり、体も何がどこだかわからないほどに四分五裂し、塵となった。
 燕青戈はぱちぱちと瞬きした。
「お前ひとりだけか?」
「わからない」
 少女は困った様子で海から這い出ると、濡れた髪を撫でつけ、呆然とした。
「道に迷うといけないから、三時半に出発したの。何時間走ったかな?もしかして追い越しちっゃたのかな?」
「一体どこまで行ってたんだ!」
燕青戈は絶望的に腕を伸ばし、彼女に時計を見せた。
「いま三時二十九分だ!」
 燕青戈の言葉も終わらないうちに白い虹が空から降りてきて、ダゴンの気孔に入った。
 逆巻く波が四方八方に広がった。
 瞬間、水鏡への投影や衛星中継で見ている者たちはもちろん、様々な方法でこの戦場を見つめている視線が狼狽した。
 おい、何をするつもりだ?

訳者コメント:
燕青戈は縁の下の力持ち的役割ですね。
そして白帝子、登場!ヾ(*´∀`*)ノ
白帝子の父が玄鳥で、従弟が褚紅塵。東夏の昇華者は名前に色を表す字が入った人が多いです。

 
 

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