医法(1):日本国での医の法枠組み ~医学にわか仕込み
医療行為および公衆衛生を取り巻く法規総体は「医法/医事法(Medical Law)」と称される。
日本国の法体系内に独立単一の法典としての医法は存在しない。憲法/民法/刑法/行政法などの伝統的な実体法学の領域を横断している。
また医法は医学医療技術の進歩で倫理的課題と交差する。
感染症の流行時における隔離措置や手術前の説明と同意の確認、無資格者による美容施術の規制などは、医法が具体的な社会問題として可視化される典型例だろう。
医療知識や施術に浅慮な感情論や詭弁が横行しているのも、周知のとおりである。
医法の憲法上基盤と基本原理
日本国において医法を基礎づける最高法規は日本国憲法だ。
医療が国家および個人に対し持つ法的意味を咀嚼するには、憲法上の2つの法理「生存権(福祉国家原理)」「個人の尊重(自己決定権)」の相克と調和の理解が求められる。
医法・医事法は、2側面がある。
憲法25条の公衆衛生・生存権保障を具現化する行政法的「規制面」と、憲法13条の自己決定権や民法・刑法における個人の自由と身体の不可侵性を護る「防衛面」を併せ持つ。
病院の開設許可や医薬品の承認制度は「規制」の側面を、患者が治療法や手術を拒否する権利は「防衛」の側面を示す。
生存権と国家の公衆衛生義務
日本国憲法第25条第1項で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定し、同条第2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定める。
感染症法による隔離措置、検疫法、各種医療資格制度や病院の開設規制など医法における行政規律は、憲法第25条第2項に基づく「公衆衛生の向上・増進」という公共の福祉を正当化根拠として導出している。
国家は国民の生命と健康を維持するため、医療提供体制を整備し不適切な医療行為を排除する警察的・福祉的義務を負っている。
個人の尊重の法理
かたや医療は個人の身体への不可侵性と深く関わる。
憲法第13条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と規定する。
個人の尊重から導き出される重要な私法・公法上の権利が「自己決定権(Right of Self-Determination)」だ。
医療の文脈での自己決定権は「インフォームド・コンセント(説明に基づく同意)」の法理として具体化される。
患者は、自らの身体に施される医療行為について十分な説明を受けた上で、医療行為を受け入れるか拒否するかを決定する権利を有する。インフォームド・コンセントは不法行為責任や不当な身体拘束からの自由の基礎となる。
がん治療で複数の治療法を提示し、副作用や予後の見通しまで説明のうえ患者が手術を選ぶ場面などを想像してもらえれば、判りやすいだろう。

医療行為に関わる刑法
医療行為の法的性質
外科手術に代表される侵襲的医療行為と、刑法上の「傷害罪(刑法204条)」「業務上過失致死傷罪(刑法211条)」との関係すなわち違法性阻却の理論は、医法における古典テーマである。
外科手術は、患者の身体を切開するという性質上、形式的には刑法上の傷害罪の構成要件に該当する。
盲腸炎の摘出手術や骨折への整復固定術は身体への侵襲を伴うが、治療目的と同意がそろい、適法な医療行為として初めて扱われる。
正当な医療行為が処罰されないのには、歴史的に複数の学説がある。
構成要件該当性排除説:医療行為は治療を目的とする正当な行為であり、最初から傷害罪の構成要件に該当しないとする説。
違法性阻却事由説(正当行為説):構成要件には該当するが、刑法第35条の「法令又は正当な業務による行為」として違法性が阻却されるとする説。現在の判例・通説は一般にこちらを支持している。
医療行為が正当化されるための3要件
学説や判例上、医療行為が正当な業務行為として違法性を阻却されるには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があるとされる。
目的の正当性:疾病の診断、治療、軽減など、医学的・治療的な目的(あるいは公認された美容・不妊手術等)が存在すること。
手技の相当性:その時点における医学界の標準的な学術・技術(医学的適応)に準拠した方法で行われていること。
患者の同意:事前に適切な説明(インフォームド・コンセント)がなされ、患者の真意に基づく同意が存在すること。
これら3要件のいずれかが欠けた医療行為は正当性を失い、刑事上の傷害罪や民事上の不法行為責任(民法709条)を問われる可能性が生じる。
いかに手術が成功して病気が治癒したとしても、患者の同意を得ず強制的に行われれば、自己決定権の侵害として法的責任の対象となる。
本人が麻酔や手術の説明を十分に受けていないまま、緊急性のない処置を一方的に進めた場合は、同意の有無が争点になる。

医療過誤と三層構造での社会的な処理
医療従事者が過失を犯し患者に死傷の損害を与えた場合、いわゆる医療過誤(医療事故)の問題が発生する。
日本国においては医療過誤が発生した際には、法的な責任が「民事責任」「刑事責任」「行政責任」の三層に分立しそれぞれ異なる目的と手続きによって処理されるシステムが採用されている。
たとえば投薬量の取り違えで患者に後遺症が生じた場合、損害賠償、業務上過失致死傷の問題、行政処分の有無がそれぞれ別個に検討される。
民事責任(損害の公平な分担・補填)
民事上の責任は、損害を被った患者・遺族への金銭的賠償を目的とする。
根拠法として契約不履行に基づく「診療契約上の債務不履行責任(民法415条)」や契約関係の有無を問わず違法な権利侵害を理由とする「不法行為責任(民法709条・病院開設者の使用者責任である715条)」が問われる。
争点は医療従事者に「注意義務違反(過失)」があったか否かになる。
医療における注意義務の基準は、いわゆる「最高裁昭和36年12月14日判決」以降の一連の判例により「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」を基準として判断される。
学術研究段階の最高水準ではなく、一般的な医療機関において実践される平均水準が基本基準とされている。
たとえば当時の標準的な画像検査を省略し見逃しが生じたような場合には、注意義務違反の有無が問題となりやすい。
刑事責任(国家による犯罪処罰)
刑事上の責任は、社会秩序の維持と犯罪に対する処罰を目的とする。
医療過誤には主に刑法第211条前段の「業務上過失致死傷罪」が適用される。民事裁判よりも厳格な「合理的な疑いを差し挟まない程度の挙証(立証)」が刑事裁判では求められ、過失の存在のみならず過失行為と患者の死傷との間の「確実な因果関係の立証が不可欠」とされる。
行政責任(資格の統制・反省的処分)
行政上の責任は、医療の安全と質を担保するため不適格な医療従事者の排除や是正を目的とする。
医師法第7条(あるいは看護師法等の該当条項)に基づき、厚生労働大臣が実施する「免許の取消」や「医業停止」などの行政処分が該当する。
刑事罰や民事賠償とは独立して行政責任は機能し、事案の重大性や法規範の遵守精神を欠く行為に対し行政手続法等に則り処分が下される。

先端医療技術と医法
生命科学の発展が、新たな法政策・法哲学的議論を要請し「生命倫理法(Bioethics and Law)」とも呼ばれる領域を形成している。
今後デジタル技術の医療応用や精密個別化医療の発展に伴い、プライバシー保護や責任帰属(AIの判断診断ミスに対する過失の所在)など、医法が解決すべき課題解釈の拡大が予想される。
可変的な先端技術に対し人権尊重と公共福祉の原理をいかに適用・展開するか、法解釈論と法政策論の双方から検討を加え続けることになるだろう。
生死の定義と臓器移植
伝統的法学において「人の死」は、心臓停止/呼吸停止/瞳孔散大の三徴候説を基礎としていた。
人工呼吸器の発達により、脳の機能は完全に失われているものの心臓は動き続ける「脳死の状態」が創出された。
脳死に対し臓器の有効利用と個人の死生観を融和させるため「臓器移植法(平成9年法律第104号)」が制定され、一定の厳格な要件(本人の書面による同意、家族の承諾など)の許で脳死を人の死とみなし臓器を摘出することが法的に容認された。
生殖補助医療と親子関係の法的確定
体外受精、顕微授精、第三者からの卵子・精子提供、代理母出産といった生殖補助医療の普及は、民法が想定していた「母は分娩した者」「父は婚姻中に懐胎した子」という血縁・分娩に基づく自然親子関係を混乱させている。
最高裁判所の判例(平成19年)等では、現行民法の文言解釈を維持しつつも立法による解決が強く指摘され、民法特例法の制定などの法整備が進められている。
だが未だ倫理的・法的コンセンサスが確立したとは言い難い状況だ。
ゲノム編集と生命選別
CRISPR / Cas9をはじめゲノム編集技術は、遺伝子治療への応用が期待される一方、デザイナーベビー作出などヒト受精胚の改変の危険性を内包する。
改変の危険性に対し「クローン技術規制法(平成12年法律第146号)」によるクローン人間作出の禁止や、ゲノム編集受精胚の体内移植を禁止するなどの行政ガイドライン規律が敷かれている。
だが国際的な歩調のズレも含め、法規制の限界と手法の議論が現在も続き、着地を見ていない。
たとえば遺伝性疾患の治療を目的とする研究と、容姿や能力の向上を狙う改変とでは、社会的受容性と法的評価が大きく異なる現状がある。
デジタルヘルスとデータガバナンス
医療・健康データの利活用は、保険衛生の向上に絶大な効果をもたらす反面、個人プライバシー保護との間で緊張関係が生じる。
「次世代医療基盤法」制定などに見られるように、個人の尊厳を護りつつ、データをいかに匿名化あるいは仮名化して疫学研究や新薬開発などの公衆衛生上の利益に還元するか、新たな法理の確立が一部から叫ばれている。
つまりドンガラガッシャンでビカビカーゆえにハカチョレヒ・レパゲなのであり、クシャラカ・ホマスコがフニョフニョを意味し...失礼した。あまりにお約束説明テキストを長々としたためて、いささか混乱した。
こんな文章内容を延々と読み下せる法曹界隈の連中ってやつぁ、奇特だねえ。
以下、医法の代表的な括りである医事関係法規・薬事関係法規・保険衛生関係法規・環境衛生関係法規・福祉関係法規についてざっくりと俯瞰してゆこう。

医事関係法規
医療の質と安全を担保する医事関係法規と治療手段たる物的な安全性を担保する薬事関係法規は、合理で安全に医療の智慧の恩恵を享受するための社会規制ルールとされる。
医事関係法規とは、医療提供体制の確立、医療従事者の資格および業務、医療機関の開設・管理を規律対象とする法規の総称である。
根幹をなすのは、医療法/医師法/歯科医師法/保健師助産師看護師法などだ。
医療提供体制の統制(医療法)
医療法(昭和23年法律第204号)は、医療を受ける者の利益の保護それに良質で適切な医療の効率的な提供体制の確保を目的とした法律である。
医療法は、病院、診療所、介護医療院などの医療機関の開設許可、施設基準、管理者の義務を細かく規定している。
また医療計画の策定を通じ、地域病床数の管理や医療資源の適正配置を図る行政法的側面も強く持つ。
医療資格・業務の独占と規制(医師法等)
医師法(昭和23年法律第201号)第17条は「医師でなければ、医業をしてはならない」と規定し、非医師による医業を禁止している(医師免許制度)。
免許制度は歯科医師法/保健師助産師看護師法/診療放射線技師法/臨床検査技師法といった他の医療従事者法にも共通する構造である。「資格任用制」と「業務独占・名称独占」を組み合わせて医療の質を担保し、公衆衛生上の危害を未然に防止する意図がある。
よく議論となるのは「医業や医療行為の定義」だろう。
判例通説によれば医業に反する行為とは「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ、人体に危害を及ぼし又は危害を及ぼすおそれのある行為を、反復継続する意思をもって行うこと」とされている。
遠隔医療、AI診断、美容目的の施術など技術進歩に伴い、どこまでが「医師の独占する医業」に該当するかの境界線が、医法上の争点となることがある。
医師でない者が注射や切開を反復して行う場合は医業に接近しやすく、逆に単純な健康相談や一般的な生活指導は直ちに医業とはいえないとされる。

薬事関係法規
薬事関係法規とは、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器や再生医療等製品の品質、有効性および安全性を確保する法規の総称である。
「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(通称:医薬品医療機器等法 or 薬機法。旧称:薬事法)」が中核をなしている。
製造販売の承認・許可制度
医薬品や医療機器は、人体の生命や健康へ直接影響を与えるため、流通前から行政規制に服する。
医薬品医療機器等法は、製造販売業・製造業・販売業のそれぞれの段階で許可制を採用している。さらに個々の医薬品等の流通では厚生労働大臣(または独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA: Pharmaceutical and Medical Devices Act)による承認を必須としている。
承認申請プロセスにおいて、治験(臨床試験)の実施基準(GCP:Good Clinical Practice)などが法的・倫理的にコントロールされている。
新薬候補が健康な被験者や患者を対象とした治験を経て承認される一方、承認前の成分の安易な市販は許されておらず、違反は刑罰対象となる。
製造販売後(ポストマーケティング)の安全対策制度
医薬品が承認された後であっても未知の副作用や不具合が判明した場合には、製造販売業者に対し情報の収集・報告・回収や販売停止といった措置(GVP、GQPなどの基準遵守)が義務付けられている。
服用後に重い肝障害やアレルギー反応などが相次いで報告された場合、添付文書の改訂やロット単位の回収が行われる。
サリドマイド、スモン、薬害エイズなど過去の薬害事件の歴史的教訓から、法制度を精緻化した結果だ。

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