Jethro Tull『Thick as a Brick』と「コンセプト・アルバム」という神話の解体
Jethro Tull『Thick as a Brick』と「コンセプト・アルバム」という神話の解体
アルバム名: Thick as a Brick
アーティスト: Jethro Tull(ジェスロ・タル)
収録曲: 1. Thick as a Brick, Pt. 1 / 2. Thick as a Brick, Pt. 2
リリース年: 1972年
主要メンバー: Ian Anderson(イアン・アンダーソン)ヴォーカル・フルート・アコースティックギター・ヴァイオリン・サクソフォン・トランペット / Martin Barre(マーティン・バレ)エレクトリックギター・リュート / John Evan(ジョン・エヴァン)キーボード・ピアノ・ハープシコード / Jeffrey Hammond(ジェフリー・ハモンド)ベース / Barriemore Barlow(バリー・バーロウ)ドラムス・ティンパニ・パーカッション
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The St. Cleve Chronicle & Linwell Advertiser(発行日:Friday, January 7th 1972 No. 1003 Price 3p Weekly)
このアルバムは、ここから始まります。

「THICK AS A BRICK」
土壇場の大騒ぎで審査員が「リトル・ミルトン」を失格に
文学振興・育成協会(SLAG)は昨夜遅く、8歳の受賞者ジェラルド(リトル・ミルトン)・ボストックを失格とする決定を発表した。先週月曜日にBBC.テレビで朗読された彼の叙事詩「Thick as a Brick」の読み上げに続き、全国から数百件の抗議と脅迫が寄せられたことを受けての措置である。
----------------- 以下、記事の要約 -----------------
8歳の天才少年、ジェラルド・ボストック(通称リトル・ミルトン)を巡る前代未聞の失格騒動が、イギリス全土を揺るがしています。
事の発端は、ジェラルドが文学振興・育成協会(SLAG)主催のコンテストで第1位に輝き、その受賞作である叙事詩『Thick as a Brick』をBBCテレビで朗読したことでした。放送直後から、その過激で難解な内容に対して全国から抗議が殺到。事態を重く見た審査員団は児童精神科医の診断を仰ぎ、「少年の精神状態は極めて不健全であり、神や国への冒涜が含まれる」として、授与したばかりの賞を剥奪する決定を下しました。
代わって第1位となったのは、キリスト教倫理を綴った12歳の少女でしたが、この決定にボストック家は困惑しています。父デイヴィッド氏は、賞金と奨学金を頼りにしていた家計の苦境を訴え、当のジェラルドはショックのあまり自室に引きこもってしまいました。
通っているムードデール小学校のマーティン校長は、ジェラルドを「学校史上、類を見ない詩的才能の持ち主」と称賛しつつも、その大人びた言動が周囲に理解されにくかった側面を指摘しています。
さらに、この騒動に拍車をかけたのが、14歳の少女ジュリア・フィーリーによる「ジェラルドに妊娠させられた」という不可解な告発です。8歳の少年を標的にしたこのスキャンダルは、学校の管理責任問題へと発展し、事態は混迷を極めています。地元紙『セント・クリーヴ・クロニクル』は、社会から拒絶されたこの少年の言葉を世に問うべく、問題のテキストを紙面に掲載することを決定しました。
帯の嘘、ライナーの真実
2001年、東芝EMIからJethro Tullの4作目『Thick as a Brick』の紙ジャケット再発盤が出ました。帯にはこう書かれていました。「8歳のジェラルド少年の詩をモチーフに、前作のスタイルをさらに押し進めた一大トータル・コンセプト・アルバム」。

コンセプト・アルバムという言葉は1972年当時は用いられていませんでしたが、1995年版では用いられています。そして、この種の文言は版を重ねるたびに引き継がれ、日本の音楽メディアに定着した「定説」となっていました。
「8歳のジェラルド少年の詩をモチーフに」という言葉がいつ付け加えられたかについてはわかりませんが、この帯は、なんと2015年盤にも引き継がれています。

ところが2001年盤紙ジャケCDのライナーを開くと、解説者の伊藤秀世氏は一次情報通りに、このように書かれていました。——架空の仕掛けについて言及しながら「誰もが長らく信じて疑わなかった」。そしてCDにはボーナストラックとして、イアン・アンダーソン、マーティン・バレ、ジェフリー・ハモンドへのインタビューが16分28秒にわたって収録されており、ユニカルインターナショナルの翻訳者イーリファー・コダマ、ブーシェ晃子の両氏による正確な対訳が付されていました。
このインタビューで、アンダーソンは明確に語っています。「"Aqualung" was widely regarded as a concept album. So I thought I'd have a bit of fun with everybody. Let's say this was written by a twelve-year-old boy. I'll give them the ultimate concept album, and sort of take the piss out of that genre a little bit(アクアラングはコンセプト・アルバムとして広く見なされていた。だから次のアルバムでは、みんなを少し楽しませてやろうと思った。これが12歳の少年によって書かれたと仮定しよう。コンセプト・アルバムの究極版を与えてやる、そしてそのジャンル自体をちょっと笑いものにしてやろうと)」。
外側の帯は嘘、内側の解説は真実と、同一商品内で矛盾があります。帯文はレコード会社の営業・マーケティング部門が所掌するものであり、執筆者が原稿を渡した後の帯の決定権は執筆者になかったのだと思われます。さらには、2001年から4半世紀が経過した現在も、Amazonの商品説明欄には「ジェラルドの汚れなき世界--商品の説明--メディア掲載レビューほか--1972年発表の5作目。8歳のジェラルド少年の詩をモチーフに、前作『アクアラング』のスタイルをさらに押し進めた一大トータル・コンセプト・アルバム。壮大な組曲による構成と卓越した演奏力が当時の充実ぶりを物語る名盤。全英5位、全米では2週連続1位を記録。」という文言が残存しています。
コンセプト・アルバムについて語るイアン・アンダーソン
1971年の『Aqualung』は宗教的偽善と社会的疎外をテーマにした楽曲群でしたが、批評家たちはこれを執拗に「コンセプト・アルバム」と呼び続けましたが、アンダーソンはこれを一貫して否定しました。「It was not a concept album — it was a collection of songs(コンセプト・アルバムではなかった——それは曲集だった)」。コンセプト・アルバムを批評家が欲しがるなら、究極のコンセプト・アルバムを作って、そのジャンルごと笑い飛ばしてやる——その逆説的な動機が、この最も緻密なアルバムを生み出しました。
新聞という総体的な仕掛け
本作の理解において、音楽と同等かそれ以上に重要なのがパッケージングです。「The St. Cleve Chronicle & Linwell Advertiser」と題された12ページの架空地方紙は、アンダーソン、ジェフリー・ハモンド、ジョン・エヴァンの3人によって、音楽の制作よりも長い時間をかけて作られました。
アンダーソンはこう語っています。「I bought lots of local newspapers and studied them. I got inspiration from stories that were so dull they had to be written because there was nothing else to write about. That was part of the fun, and it's certainly what made this a concept album(実際の地方紙を大量に集めて研究した。書くことが何もないから書かれるような、本当にくだらない記事からインスピレーションを得た。それが楽しさの一部だったし、間違いなくこれをコンセプト・アルバムにした)」。
地方紙を徹底研究した上で「意図的に粗く」作られたこの新聞には、実在しないスポーツ「フェネル」のリーグ表、架空の読者投稿欄、地方紙特有のぬるい広告、クロスワードパズル、子供向けの点つなぎが詰め込まれています。7ページには詩の全歌詞が、地方紙の文学面として掲載されています。

なかでも見落とせないのは、7ページに掲載されたアルバム・レビューです。「MUSIC REVIEW / NEW TULL L.P.」と題されたこのコラムは、Julian Stone-Masonという偽名で書かれています——アンダーソン自身による自作への匿名批評です。内容はアルバムを概ね肯定しながらも「時間の変拍子と即興的な歌詞は気が狂いそうになる」と辛口に評し、「成熟して聴けば評価できる一枚だが、ポップ界全体の観点からは完全には評価しきれない」と締めくくっています。作者が匿名で自作を批評する——この二重構造こそ、本作のメタ的な性格を最も端的に示しています。

9ページの「DO NOT SEE ME RABBIT」にも仕掛けがあります。Squadron Leader Alan Digby-Smytheという架空の人物による戦時回顧談として書かれたこの記事は、第二次世界大戦中のRAFパイロットの間で「ウサギ」が不吉な禁句とされていたという英国の迷信を背景にしています。しかしこれはそれだけではありません。2001年のインタビューでメンバーは、本作のツアーからステージ演出が大きく変化したことを語っています。それまでのTシャツとジーンズというスタイルを捨て、衣装を用いたシアトリカルなステージへの移行——そしてジョン・エヴァンがウサギの着ぐるみを着てステージに立ったのです。「DO NOT SEE ME RABBIT」は、RAFの迷信と「ウサギ(ジョン)を見るな」というバンド内の内輪ジョークが重なる、多層構造の見出しだったのです。

43分という構造
本作はLP両面にまたがる単一の連続した43分に及ぶ楽曲です。フルート、アコースティックギター、エレクトリックギターを中心軸としながら、ハープシコード、グロッケンシュピール、ティンパニ、ヴァイオリン、リュート、トランペット、サクソフォン、弦楽セクションまでが動員されています。
スタジオを2週間借り、毎日録音できる状態を維持し、曲を作りながら録っていくというスタイルでした。実際のレコーディング期間はわずか8日から10日だったとアンダーソンは語っています。
歌詞はアンダーソンが書きました。詩の内容は、権威への抵抗、社会規範の欺瞞、個人と制度の軋轢というテーマを、少年の視点から描くものです。詩のコンテストで優勝しながら「精神的不安定」を理由に失格させられたジェラルドという装置は、既成秩序に異議を唱える者を排除する社会への風刺です。文学コンテストの主催団体THE SOCIETY FOR LITERARY ADVANCEMENT AND GESTATIONの略称が「SLAG」(英俗語で侮蔑的な意味を持つ語)になっているのも、こうした批判意識の表れです。
意図と結果の間で
本作がビルボード200で2週連続首位を獲得したという事実は、パロディとして構想された作品が市場で完全に「本物」として受容されたことを意味します。アンダーソンが「笑いものにしてやろう」としたコンセプト・アルバムというジャンルの、最も成功した実例として記録されました。
「It was a spoof, a parody, a complete fiction(それはスプーフであり、パロディであり、完全なフィクションだった)」とアンダーソンは語りますが、Jethro Tullはその後のキャリアでシアトリカルなステージ表現を発展させ続けました。
【コラム】アンダーソンが3つの語を並べた意図
spoof——対象への愛情を持ちながら、その形式を完璧に模倣してからかう行為。コンセプト・アルバムというジャンルそのものへの照準。
parody——特定の様式や作品を誇張・変形して笑いにする。『Aqualung』をコンセプト・アルバムと呼んだ批評家たちへの照準。
complete fiction——新聞、ジェラルド少年、SLAGという賞の主催団体、記事の内容——すべてが作り話であるという事実の宣言。
2001年のインタビューが公式に日本語対訳された時、それはアルバム発表から実に29年後のことでした。そこから4半世紀が経過した今も、商品説明欄の定型句は書き換えられていません。
本作こそ、コンセプト・アルバムです——そのことを最も端的に証明しているのは、作者が「違う」と言い続けているという事実であり、そしてその否定が半世紀以上にわたって聞き届けられていないという現実にほかなりません。
【コラム】邦題「ジェラルドの汚れなき世界」
原題「Thick as a Brick」は英語の慣用句で「煉瓦のように頭が鈍い」という意味です。アンダーソンがジェラルドに与えたニックネーム「Little Milton」と同様、既成の権威や社会規範への皮肉が込められています。
ところが邦題「ジェラルドの汚れなき世界」は、架空の少年の詩集のような叙情的な響きを持ちます。原題の皮肉とユーモアは跡形もなく消え、純粋無垢な少年の世界観を描いた作品という印象が生まれました。
この邦題は1972年の日本初盤から一貫して使われています。命名者はジェラルドという少年が実在し、その詩が本当に存在すると信じていた——これはアンダーソンの仕掛けが発売当初から完全に信じ込まれていたことの、最も古い証左です。
そして現在まで、この邦題はメーカーによって踏襲され続けています。2001年の紙ジャケット再発盤でインタビューを公式収録したのはメーカー自身です。すべてが架空だったと知った上で、邦題は変えない。帯文も変えない。1972年の命名者の「無知」が、いつしか「知った上での放置」に変わった——その事実を、この邦題は静かに物語っています。

店長談話
ここで少し客観的に考えてみたいと思います。
コンセプト・アルバムとは本来、統一されたテーマや物語を実現するために、複数の楽曲がパーツとして機能する作品形式です。
Pink Floydの『The Wall』やGenesisの『The Lamb Lies Down on Broadway』がその典型です。
ちなみに、英語版Wikipedhiaには、評論家により見解が分かれると留保しつつも、冒頭こう書かれています。「A concept album is a musical album whose tracks hold a larger purpose or meaning collectively than they do individually.A concept album is a musical album whose tracks hold a larger purpose or meaning collectively than they do individually.[2][3] This is typically achieved through a single central narrative or theme, which can be instrumental, compositional, or lyrical.」(個々のトラックが集合的に、単独で持つ以上の大きな目的や意味を持つアルバム。収録曲が個々に持つよりも、全体としてより大きな目的や意味を持つ音楽アルバムのことである。これは通常、楽器演奏、作曲、または歌詞による単一の中心的な物語やテーマによって達成される。)しかも、このページにはJethro Tullの文字は皆無です。
その定義に照らせば、一般的には、本作はコンセプト・アルバムですらありません。楽曲は1曲だけです。43分の単一楽曲があり、12ページの架空新聞はその装飾に過ぎないと言い切ることができます。
アンダーソンは「これこそがコンセプト・アルバムだ」と言い放ちましたが、店長から見れば、そもそも定義上コンセプト・アルバムにすら当てはまりません。
結局のところ本作は、途方もなく長い、退屈なただの1曲です。
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