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2014(H26)年7月 円覚寺日曜説教(横田南嶺老師)

2014年の日曜説教アーカイブををお届けしております。
この頃はまだ老師のメディア出演も少なく、もちろんユーチューブも日曜説教くらいでしたのでメジャーデビュー前って感じでしょうか?

そのため日曜説教でもお笑い多めでとても打ち解けた家族的雰囲気でした。

以下はAIによる動画のサマリーです。
ご興味を持たれた方は上記の動画をご視聴くださいませ。

毎度のご案内で恐縮ですが、2~3つに分割された動画をひとつにしているのでつなぎ目など聞き苦しい点がありますがご寛恕ください。


お寺を「開かれた場所」へ

かつてのお寺は誰もが自由に出入りできる場所でした。老師は、悩みや非行に走る少年少女であっても、「神仏の前では自分を傷つけることができない」という専門家の言葉を紹介します [10:06]。

円覚寺でも、訪れた人々が仏様の前で心静かに過ごせるよう、仏殿や方丈ほうじょうを一般に開放し、誰もが座って過ごせる場所づくりを進めていることが語られます。

「この仏様は、何に効くのですか?」

ある日、仏殿を訪れた人から「この仏様は何に効くのですか(どんなご利益があるのですか)?」と尋ねられた老師は、とっさに返答に窮してしまいます [16:33]。
禅宗では古来より、病気平癒や商売繁盛といった現世利益(自分の欲望を叶えること)をあまり強調しないためです。

利益りやくの本当の意味

この問いについて考え続けた老師は、仏教者の松原泰道まつばらたいどう先生の言葉や、昭和29年に起きた海難事故「洞爺丸とうやまる沈没事故」のエピソードを引いて、「ご利益」の真の意味を紐解きます [32:05]。

  • 自分だけが助かることはご利益りやくではない:洞爺丸の乗船を偶然免れた松原先生は、後日記者から「信仰の厚い方はご利益がありますね」と言われた際、「自分が助かって大勢の人が亡くなったことをご利益とは言わない。自分が死んで他人が助かったのなら、それは利益りえきだ」と語りました。

  • 他者のために尽くすこと:辞書を引くと利益りえきとは元来「他を益すること」、つまり他人のためになることを指します。洞爺丸の事故の際、自分の救命胴衣を若い母親に譲って亡くなった宣教師たちの姿こそが、その精神を体現しています。

結論:私たちが得られる最大のご利益りやく

神仏に自分の願いや欲望ばかりを叶えてもらおうとするのではなく、以下の2つの境地に至れることこそが「誠のご利益」であると老師は締めくくります [41:46]。

  1. 感謝できる人間になること:無数の縁によって「生かされている命(賜った命)」であることに、心から感謝できるようになること。

  2. 他者の役に立つ人間になること:自分の手の届く範囲で、少しでも人様のために尽くし、お役に立てる人間になること。