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すばらしき世界

1990年に発表された佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」を原案にして、設定を昭和の終わりから現代に置き換え、西川美和監督が自ら脚本を執筆。13年の服役を終え出所した男の更生プロセスを軸に、社会に巣くう問題を提起しながら、愛すべき人間たちの蠢動を表現してゆく。

罪を犯した者の社会復帰がいかに難しいかは、再犯率の高さを確認するまでもなく、誰もが理解していることだろう。人生の大半を獄中で過ごしてきた男となれば尚更。反社会勢力に属していたとなれば、さらにボーナスポイントまで付いてくる。

役所広司演じる主人公・三上正夫は、殺人の罪を犯し13年の刑に服す。出所直後「今度ばっかりは、カタギぞ」と誓うものの、その道は険しい。身寄りのない三上は、身元引受人の弁護士のもとで、再就職に向けての準備をスタート。同時に、幼少期に生き別れになった母親の消息を探すことにも着手する。まずは、住むところの確保と当面の生活費を賄うために、公的な福祉制度を利用しようとするが、なかなか思うようにはならない。申請主義のわずらわしさに阻まれ、イライラは募るばかり。担当者の何気ない一言と態度に、血圧は上昇する。直情径行の性格で失敗してきた人生だけに、前途は多難だ。

親身になってくれる弁護士夫婦への想いや、緊急時の降圧剤服用のおかげで、なんとか日々を耐え抜いてゆく。果たして、生活保護の恩恵を手にした三上は、母親探しにも本腰を入れる。マスコミの手を借りることになるのだが、このメディア側の思惑と本音もリアルに描写。被写体:三上に向けられる不遜な態度に、メディアの傲慢と残酷さを垣間見ることができるだろう。

このように書いていくと、長尺の社会派ドキュメンタリーの様相を呈して、堅苦しい印象を受けるかもしれない。だが本作品は、超弩級のエンタメとしてまとめ上げられているので、ご安心を。何事にも一本気で融通の利かない浦島太郎的な対応の一つひとつは、それだけでコメディとして成立している。そんな三上の愛らしい魅力を、役所広司が余すところなく体現してくれていることが、この上なくうれしい。

三上を取り巻き、何かと世話を焼く人たちの温かさも堪らない。脇を固めるキャスト陣の秀逸さが、三上の後見人のひとりとして、観客をスクリーンの世界に招き入れてくれるかのようだ。スーパーの店主兼町内会長:六角精児の、時には厳しく接するが、実は優しいまなざしに引き付けられ、行政の担当職員:北村有起哉の塩対応の中にも、誠実さがあふれていることに気づかされる場面など、枚挙にいとまがない。余談だが、この北村有起哉、同時期に公開されている「ヤクザと家族 The Family」では、真逆の人物像を好演。時間が許すなら本作と見比べてみることをお勧めする。セカンドチャンスにもがくテーマを、また別の角度から見据えてくれている良作だ。

中盤、三上がかつて兄弟分の仁義を交わした、白竜とキムラ緑子の極道夫婦の登場にも驚かされた。思わず、腰を浮かせて前のめりになったほどだ。これほどのはまり役もいないだろう。とくに、役所広司と姉御:キムラ緑子の丁々発止のやり取りが強烈。キムラの、どんなに辛くても娑婆で生きていくことを説得、諭すシーンに胸が熱くなった。その際の、雨でどんよりとした空がなんとも印象的。その時々で様々な眺めを見せてくれる空は、この映画全体を通して語られる社会の在り様の象徴となっている。

更生の難しさをお腹いっぱい味わったところなのに、監督はまだまだ許してはくれない。物語の最後に待っていたのは、人間の持つプリミティブないやらしさ。誰にでもある差別意識は、ストレスのはけ口として表出。三上の前で正視できない愚行を繰り返す。この冷酷なまでの問いかけは、三上をフィルターにして、観客の心をこれでもかと抉ってくる。

余韻に浸るというような生易しいものではない。余韻の底に引きずり込まれ、溺死してしまう。圧倒的な映画を前にして、自分は無力なのだ。


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