お盆前の一人旅
一人旅は一旦行き始めると、すぐまた行きたくなる。それは私だけかもしれないが。
お盆になると何処でも混み合って、宿が取れたとしてもお財布が泣いてしまう。
お盆前にもう一度。一泊で、そんなに遠くないところに宿をとってまた旅に出た。
大阪から乗った新快速は通勤や通学の動脈路線でいつも混み合っていて、駅の中の人の流れは早く、エスカレータの左側をほとんどうつむきながらひたすらその「階段」を駆け上がっている。
昔は同じようにその電車に乗りたい一心で駆け上がっていたものだが、ようやくのんびりとエスカレータの一列に並ぶようになって次の電車でいいかな、と思えるようになってきた。
西行きの電車。なんとか座れて車窓からの眺めと出入りする人を見ていていたが、西へ行くほど客層の雰囲気も変わり、そして明石海峡大橋を過ぎた頃からだんだんと人が少なくなってきて、姫路を過ぎるとすっかりローカル線のように私の好きなのんびりさが見られるようになった。これが本当のタイムマシンなのかもしれない。

私のような旅行客や幼い子を連れて買い物をしてきたお母さん、部活帰りかジャージ姿の生徒。何か楽しいことがあるのかないのかわからないが屈託のない弾けた笑顔と笑い声。
ちょうど京都からのぞみで東京に行くくらいの時間をかけて播州赤穂に着いた。
私にすればすっかり遠くの観光地だ。

でも、行きも帰りもそんなに観光に行く気もなく、宿でゆっくり海を見ながら持参した本でも読んで、pc積んで仕事も宿でしようとそのつもりでいた。
でも、その宿からの海の眺めがすごくよくて結局本も読まず仕事もせず、ずっと海を眺めていた。
結局、旅というものは何か。
人生の大切なところを深く思索したり、これから先の人生をどうしようかと再スタートできるきっかけ、そして行動だと思う。
家で考えるのもいいが、今日明日の刹那的な生活そのものを考えてばかりで、遠い先、これからの人生をなかなか考えることはできない。
私はこれから先を考えるきっかけが欲しかったかもしれない。
今の私はもういい歳だし、独り身でどんな人生を歩んでいくべきかきっと考えたいのであろう。
あるいは、今日明日のことだけ浸かり慣れてしまったそんな燻んだ自身を俯瞰してもう一度見つめなおしたいから…
そんな場所をいつも探しているのだろう。
それを実現できることが旅なのかもしれない。

さて、このロビーからの眺め。右は小豆島。次に行くなら多分小豆島。ここからあと少し西へ行くと岡山県。
温泉は露天風呂からこの景色を楽しめる。ゆっくり入って、美味しい料理を食べた。

この辺りはハモやタコ、牡蠣が美味しい。
多分牡蠣は好き嫌いがあるので料理には出てこなかったのだろう。しかしハモもタコもなかなかの美味だった。
夜はぐっすりと眠ることができた。
でも、やっぱり一つくらいは観光と、赤穂城に寄った。ここには赤穂浪士の大石内蔵助の屋敷があり、物静かな城跡と屋敷跡を見ることができた。


かなりの炎天下でかなり体力を奪われたが、城から駅に歩いて向かって、また電車を乗り継いで大阪へ向かう。
東へ向かうとともに人の流れがまた速くなってきた。
私もこのタイムマシンに乗って元の生活に戻るとしよう。
そしてまた、ゆっくり時間が流れるところで独りまた、何かじっくり考え事をしよう。
ああ、お盆か。まず亡き父母に会いに行って。
そして、これまでに失ったものをかえりみながら、そしてこれまで多くの人にいただいた心に感謝して。この時期をまたひとりで過ごすとするか…
