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「9万円ランドセル即決の母」と「1万円リュック選ぶ町」


📌 この記事で分かること

  • 少子化なのにランドセル価格が20年で約2倍になった「6ポケット経済圏」の正体

  • 同じ国の同じ年に「9万円即決」と「自治体無償配布」が併存する二極化の構造

  • ラン活で本当に備えるべきは何か――家庭が「何に憂うか」を決める意味


来年小学生になる息子のラン活が、我が家でも始まった。

正直、親としては「え、まだ早くない?」が最初の感覚だった。保育園の延長線上にまだ気持ちがあって、小学校の準備なんてピンとこない。

ところが、ランドセル工業会の2026年調査を見て驚いた。検討開始時期のピークは入学前年の4月で16.7%。さらに、入学前々年の12月から動き始める家庭も14.9%ある。つまり、ランドセル選びは「年長の春」どころか、「年中の冬」から始まっているのが今の標準だ。

カタログを請求した時点で「ラン活、もう動いたな」と思っていた。でも実際は、その時点でもう遅い人がいる。市場のスピード感と、自分の感覚に大きなズレがあると気づいた瞬間だった。📚

そしてもう一つ気づいたのは、価格の方だ。平均購入金額は62,034円。20年前の2006年が29,900円なので、約2倍に膨らんでいる。ランドセルが「学用品」から「何か別のもの」に変わったのだろうか。

そう思って、日経クロストレンドの記事を読んだとき、論点が一気に立ち上がった。


第1章|「9万円即決」の現場で起きていること

xtrendの記事に、印象的なエピソードがある。茨城県から祖母と母と男の子の3人で、土屋鞄の西新井本店に来店した家族。男の子はうれしそうに、黒地に赤の縁取りが入った約9万円のランドセルを背負った。

母親はこう語ったという。商品カタログは4社分取り寄せた。それでも最初に訪れた土屋鞄で実際に商品を見て触れて即決した、と。

カタログ4社、つまり比較検討は十分にやった。にもかかわらず、最初の一店舗で決まる。

この一節に、いまのラン活の本質が凝縮されている。

ランドセル工業会の調査では、購入時の重視点として「子どもの好きな色」85.8%、「デザイン」35.1%、「フィット感・背負いやすさ」21.6%、「軽さ」19.7%が並ぶ。建前としては、機能・デザイン・色で比較検討するのがラン活、ということになっている。

ところが購入チャネルの実態を見ると、別の絵が見える。コロナ前の2018年と比べると、総合スーパーでの購入が減り、メーカー直営店や展示会での購入が増えている。「触れる場所」が選ばれるようになっている。

数字と実態のズレが、ここに表れている。

「比較検討して決めた」という記憶を作るために4社のカタログを取り寄せる。でも実際の決定は、店舗で実物を背負わせて、子どもの顔がパッと明るくなる瞬間に下りている。9万円は高額だが、その瞬間の納得感に対する対価としてなら、不思議と高いと感じない。

ランドセルは、子どもが背負うカバンの顔をした、親が6年間の安心を先買いする商品である。

第1章の結論は、これに尽きる。


第2章|6ポケット経済圏――子は減るが、1人にかかる期待は増える

では、なぜ価格はここまで上がり続けているのか。

普通に考えれば、子どもの数が減るならランドセル市場は縮むはずだ。実際、厚生労働省が公表した2024年の確定値で、出生数は68万6,173人。統計開始以来、初めて70万人を割り込んだ。合計特殊出生率は1.15で、これも過去最低。東京に至っては0.96と、初めて1を下回った。

少子化はもう、止まる気配がない。

それでも、ランドセル市場は縮んでいない。ニッセイ基礎研究所の試算では、2022〜2023年に563億円規模まで拡大したあと、2024年は552億円へと縮小に転じたが、それでも10年前と比べれば約3割大きい水準にある。

理由は、1人の子どもにかける金額が膨らんでいるからだ。

ランドセル工業会の2026年調査で、支払者の内訳を見ると面白い構造が見えてくる。

両親が払った       : 44.2%
祖父母(母方)     : 24.5%
祖父母(父方)     : 27.9%
祖父母合計         : 52.4%

祖父母の方が、両親より多く払っている。

両親と祖父母を合わせれば6人。いわゆる「6ポケット」と呼ばれる構造で、1人の孫に6人の大人の財布が向く。少子化で1人あたりの大人の数が増えれば、当然1人にかけられる金額も増える。

さらに、親世代の所得構造も影響している。内閣府の2025年版経済財政白書では、1984年から2024年にかけて、特に40代を中心に賃金カーブのフラット化が進んだと明記されている。dodaの集計でも、40代正社員の年収中央値は450万円で前年横ばい。子育ての中心世代である30代後半〜40代の給与は、ここ10年あまり伸びていない。

つまり、こういう構造になっている。

  • 親は払いたいが、給与は伸びていない

  • 祖父母は払えるし、孫は1人か2人しかいない

  • だから祖父母世代の資産が、ランドセルに流れる

調べていて、自分の仮説が音を立てて崩れた瞬間があった。「ランドセルが高くなったのは、親が高級志向になったから」だと思っていた。でも実際は、親が高級志向になったわけじゃない。親の財布じゃなくて、祖父母の財布が動いている。これに気づいたとき、「子どもの数」と「1人にかかる期待」の関係が、はっきり見えた気がした。

子は減る。けれど、1人にかかる期待は増える。むしろ濃くなる。

その「濃さ」が、ランドセルの値段を支えている。


第3章|同じ国で進む二極化――上はラグジュアリー、下は無償リュック

ここからが、この記事の核心だ。

ランドセル市場は、価格上昇という単一方向に動いているわけじゃない。むしろ真逆の方向に同時に裂けている

⬆️ 上方向:ランドセルが「生涯ブランドの入口」になる

土屋鞄製造所の動きを追うと、これがよくわかる。

売れ筋ランドセル価格帯   : 8万円台
最高級モデル(HERTE)     : 19万円
職人数                  : 約200名(3拠点工房)
国内外店舗              : 30店舗超
大人かばん価格帯         : 5万円台〜30万円台
OTONA RANDSEL価格推移   : 2015年10万円 → 現在198,000〜253,000円

特に注目すべきは、大人ランドセル(OTONA RANDSEL)の価格推移だ。2015年の創業50周年記念で発売されたとき10万円だった商品が、10年で約2倍の価格帯に入っている。

そして直近では、欧州への本格進出も始まっている。日本人ファッションデザイナーのSHINYAKOZUKAとイタリア・フィレンツェのPitti Uomoでコラボ発表、Mame Kurogouchiとパリでコラボ。国内では海外高級ブランドの真横に出店する計画も明かされている。

これは、子ども向けランドセル屋の動きじゃない。

職人を200人に増やし、工房を3拠点に広げ、店舗を30店舗超まで展開しながら、最高級ランドセルを19万円で売り、大人かばんは10年で価格を2倍にし、欧州ラグジュアリーブランドの真横に出店する。事実を並べただけで答えは出る。6年間使う子どもの道具を作る会社のスケールではない。

ランドセルは、生涯にわたって買い続けてもらうブランドの「入口商材」になっている。6年使ったら卒業ではなく、その後40年、親自身が大人ランドセルを背負う。子どもの記念がブランド体験の起点になり、生涯の顧客になる設計だ。

⬇️ 下方向:ランドセルが「自治体が負担を減らす対象」になる

一方、まったく違う方向の動きがある。

アウトドアメーカーのモンベルが開発した「わんパック」は、税込1万円台、重さ1kg未満、教科書もタブレットも収納できる通学用バックパック。富山県立山町と共同開発され、2023年度以降、町内の小学校新入学児童に無償で配布されている

無償配布は、立山町だけじゃない。

茨城県日立市      : 1975年〜(50年継続) / オリジナル550g
茨城県内合計      : 15市町村(全44のうち約1/3)
富山県立山町      : 2023年〜 / モンベル「わんパック」
山口県防府市      : 2023年〜 / 独自の通学用かばん
徳島県鳴門市      : 2023年〜 / 申請率9割超
長野県駒ケ根市    : 2023年〜 / モンベル製
山形県村山市      : 2023年〜 / モンベル製
大阪府摂津市      : 実施中  / 通学用リュック
桜川市(茨城)     : LGBTQ配慮で2024年から多色化

茨城県だけで15市町村、全44自治体の約3分の1がランドセル無償配布を実施している。鳴門市の希望者の申請率は9割を超えており、現実的な選択肢として既に定着している。

7割の親が自治体支給に賛成という世論調査もある(2023年)。「ランドセルは自分で選ぶもの」という前提自体が、揺らぎ始めている。

🎒 「重さ問題」の構造的犯人

そして、上方向と下方向の両方を貫く問題がある。

フットマークの2025年調査では、教科書を入れたランドセルの平均重量は3.94kg。前年の4.13kgから減って、初めて4kgを切った。各社の軽量化努力は、確かに実を結んでいる。

ところが、子どもの体感は変わらない。90.4%の小学1〜3年生が「ランドセルが重い」と感じている。さらに90.7%が、ランドセル以外のカバンも持ち運んでいる

なぜ軽量化が体感につながらないのか。犯人は学校現場にある。

教科書の総ページ数  : 2005年4,857p → 2020年8,520p (約1.75倍)
教科書の判型変化    : B5判96.3% → A4判が20.3%まで拡大
タブレット端末      : 2020年GIGAスクール構想で1人1台、約1.2kg
水筒                : コロナ後で携行が標準化、約1kg

ランドセルメーカーが軽量化に努力しても、教科書が大型化し、タブレットが1.2kg追加され、水筒が1kg乗り、結局子どもの背中に5〜6kgが乗る。文科省は2018年9月に「置き勉」を認める通達を出したが、現場の運用はバラバラだ。

「6年間使える丈夫なカバン」という当初の理想は、いま二つの方向で機能不全を起こしている。上では「生涯顧客化の入口商材」へと意味が変わり、下では「重すぎて健康問題」になっている。理想が現場で死ぬ過程が、いまランドセルで起きている。

そして、この章で問いたいのは一つ。

❓ あなたの家のラン活は、誰のためのラン活ですか?

子どものため、なのか。親の安心のため、なのか。祖父母の祝意のため、なのか。それとも、ブランドが用意した物語のため、なのか。


第4章|「備え」を再定義する――ラン活は6年間の通学への備え

ここまでの構造を踏まえて、最後に「備え」の話をしたい。

ラン活で備えるべき対象は、実は4つに分解できる。

① 完売・出遅れ不安への備え   : 4月から検討開始する家庭が16.7%
② 家族間の意見調整への備え   : 子どもの好み・親の機能重視・祖父母の祝意
③ 6年間の体格・荷物変化      : 1年生と6年生で体重も荷物量も別物
④ 選択肢の多様化への備え     : 買う/もらう/借りる、3択時代

注目すべきは④だ。ランドセルは「買うもの」だけじゃなくなっている。

  • 買う:工房系3万〜19万円、量販系2万〜10万円

  • もらう:自治体無償配布、リュック型・ランドセル型

  • 借りる:サブスクサービスRandS(コクホー)で月額2,970〜4,950円、約250種類から交換可能

「買う」しか選択肢がない時代は終わっている。家庭の事情に合わせて、3つの方向から選べる。

そしてセイバンの2026年調査では、最終的に購入を決めるのは「主に子ども」または「子どもと大人の両方」が96%を占める。機能は大人が70%決めるが、デザイン・カラーは子どもが90%以上決める。ランドセル選びは、家族の合意形成プロセスそのものになっている。

ここで、もう一つ問いたい。

❓ あなたの家庭にとって、ランドセルは「記念出費」ですか? それとも「6年使う道具」ですか?

「記念出費」と捉えるなら、9万円の土屋鞄でも安いかもしれない。子どもの一生に一度の小学校入学を、家族みんなで祝う体験への投資だ。

「6年使う道具」と捉えるなら、1万円のリュックで十分かもしれない。重さ・耐久性・機能を満たせば、価格は手段でしかない。

どちらが正解、ではない。家庭ごとに「何に憂うか」が違うから、答えも違う。

ラン活の本質は、ランドセル選びじゃない。6年間の通学という、子どもの人生で最も長く続くルーティンへの「備え」を家族で言語化する作業だ。


まとめ|備えとは、何に憂うかを先に決めること

最後に、3つにまとめる。

  1. ランドセル価格が上がり続けるのは、親の高級志向ではなく、6人の大人(両親+両祖父母)が1人の孫に集中投下する6ポケット構造のため

  2. 同じ国の同じ年に、9万円即決(土屋鞄)と無償配布(自治体)とサブスク(月2,970円)が併存する。これはバラバラの現象ではなく、家庭ごとに「備える対象」が違うから起こる二極化

  3. ラン活の本質は「いくらのランドセルを買うか」ではなく、「6年間の通学体験で、自分の家庭は何に憂うのか」を先に言語化すること

ザワ4の一言

「備えあれば憂いなし」という言葉の本当の意味は、“あれもこれも備える” ことではない。

自分の家庭は、何に憂うのかを先に言語化すること。

9万円か1万円かは、その結果でしかない。家計に余裕があるなら9万円でいい。子どもの体に負担をかけたくないなら1万円のリュックでいい。祖父母の祝意を尊重したいなら工房系でいい。家庭の事情と、子どもの状況と、家計の現実を3つ並べて、何に備えるかを家族で話し合えるかどうか。それがラン活の核心だ。

子は減る。1人にかかる期待は重くなる。

その重さは、ランドセルの価格にも、子どもの背中にも、すでに乗っている。

私たちにできるのは、何を背負わせるかを意識的に選ぶこと。それが、いま小学校入学を迎える家庭にとっての、本当の「備え」だと思う。


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