「不登校の受け皿」が増えるほど、子どもが迷子になる矛盾
「保健室登校」って言葉、知ってますよね。
学校には来ているけど、教室には入れない。だから保健室にいる。そういう子たちの状態を指す言葉。
でも実はこの言葉、文部科学省の公式用語じゃないんです。
文科省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」に、「保健室登校」という統計カテゴリーは存在しない。定義を持っているのは日本学校保健会という別組織で、しかもその定義が登場したのは1997年。
じゃあそれ以前は何だったのか?
現場の先生たちが、制度の隙間に勝手に作った”中間グラウンド”です。
教室に入れない子がいる。でも学校には来ている。制度上「不登校」にカウントしたくないし、かといって放置もできない。だから養護教諭がいる保健室を、非公式の居場所にした。
2004年の調査では、中学校の90%に保健室登校の生徒がいたという報告もあります。
ここが面白いところで、文科省は2011年に「保健室登校であっても学校には登校しているため、欠席者としては扱いません」と公式に回答している。つまり保健室登校の子たちは「出席扱い」。あの不登校35万人という数字にはカウントされていない。
制度設計者が想定していなかった場所に、現場がリアルな逃げ道を作り、それが何十年も非公式のまま機能し続けている。
で、今日の本題はここから。
不登校35万人に対して、国が「新しい道」をいろいろ用意し始めた。フリースクール、学びの多様化学校、校内教育支援センター、ICT活用の在宅学習……。
でもその道、本当に歩けるものになっているんでしょうか?
第1章 35万人の中身を見ていない問題
不登校の児童生徒が約35万4000人。過去最多で、12年連続の増加。
この数字だけ聞くと「大変だ、何とかしなきゃ」となる。でも、ここで立ち止まって中身を見てほしい。
35万人の内訳はこうです。
┌───────────────────────────────┐
│ 不登校35万4000人の内訳 │
├───────────────────────────────┤
│ 90日以上欠席 19万2000人 │
│ (年間の半分以上) 54.2% │
├───────────────────────────────┤
│ 専門的支援なし 13万6000人 │
│ 38.3% │
├───────────────────────────────┤
│ 90日以上 × 支援なし │
│ 「最重層」 6万7000人 │
├───────────────────────────────┤
│ 週1回の担任接触もない │
│ 完全孤立層 約1万5000人 │
│ 4.2% │
└───────────────────────────────┘半分以上が年間90日以上休んでいて、約4割がどこにも繋がっていない。年間の半分以上休んでいて、なおかつ専門的な支援を一切受けていない「最重層」が6万7000人。
📝 調べていて驚いたのがこの数字です。 35万人と聞くと「全員が家に閉じこもっている」イメージがあったけど、実態はバラバラ。「教室が怖い」子と「朝起きられない」子と「家庭環境に問題がある」子では、必要な支援がまったく違う。なのに「受け皿を増やす」という一括りの対策に丸めてしまっている。
さらに気になるのが、増加率の変化です。
令和4年度から5年度にかけては22.1%も増えていたのが、令和5年度から6年度にかけてはわずか2.2%増にまで急減速した。
これ、一見すると「COCOLOプランの効果が出てきた」ように見える。でも同時期に校内教育支援センター(スペシャルサポートルーム)の設置が公立小中学校の46%にまで広がっている。つまり「教室に行かなくても校内の別室にいれば出席扱いになる」仕組みが拡大したことで、統計上の不登校が増えにくくなった可能性がある。
数字が改善しているように見えるとき、本当に実態が改善しているのか、それとも計測の基準が変わっただけなのか。この区別は非常に重要です。
💡 あなたの会社の「離職率○%」も、辞めた理由を分解して見たこと、ありますか? 数字のひとまとめは、問題の本質を隠す最も簡単な方法です。
第2章 高専転換という「理想の別ルート」が現場で詰まる場所
受け皿が足りないなら、学校の種類自体を増やせばいい。
国はそう考えた。2025年12月に成立した補正予算で、文科省のN-E.X.T.ハイスクール構想に3009億円の基金が創設された。さらに総務省は2026年度から「高等学校教育改革等推進事業債」を新設し、初年度の発行枠は900億円。返済費用の半分を国が交付税で負担するという異例の手厚さ。
狙いは明確で、少子化で定員割れする公立高校を高専(高等専門学校)に転換し、不足する技術人材を育成すること。
たしかに理屈は美しい。
高専卒の求人倍率は20倍超。大卒の1.66倍とは桁が違う。「余る公立高校」と「足りない技術人材」を一手で接合しようという構想は、制度設計としては合理的です。
でもここからが、理想が現場で死んでいくプロセスです。
まず、高専の教員には博士号が事実上必須。しかし国立高等専門学校機構(NIT)の教員の平均年収は764万円。民間で同じ資格を持つ人材の報酬とは大きな格差がある。NITの採用難易度は独立行政法人87法人中86位という最低クラスです。
しかも高専の教員は、授業・担任・部活顧問・寮の当直・進路指導を一人で全部やる。大学教員と比べて研究時間が極端に少ない。これでは博士号を持つ優秀な人材が来るわけがない。
既存の国立高専63校ですら教員確保に苦労しているのに、そこに新設校を追加したらどうなるか。
📝 ここが調べていて一番ゾッとしたポイントです。 学事出版のコラムに「国の思惑として『結果を出せない高校を統廃合して規模を適正化していく』という下敷きも見え隠れする」と書かれていた。つまりこの制度、裏返せば「転換できた学校だけ生き残り、できなかった学校は自然に淘汰される」という選別装置になる可能性がある。美しい制度設計の裏に、冷たい合理性が隠れている。
さらに深刻なのが、地方での産業連携先の不在です。
高専教育はインターンシップや企業との共同研究が不可欠。でも中山間地域の公立高校を転換した場合、周辺に連携できる企業がないケースが十分にあり得る。
ちなみに既存の高専の中退率は5年間の累計で約10%。公立高校の年間中退率1.6〜1.7%の約6倍です。高専は合う子にはとことん合うけど、合わない子にはとことん合わない。「受け皿を増やす」つもりで作った高専が、新たな「合わない子」を生み出すリスクも見ておく必要がある。
💡 新しい制度や研修、“導入しました”の報告だけで終わってませんか? 導入の裏に、誰が切り捨てられるかまで見る必要がある。
第3章 「選択肢を増やす」がスケールしたとき何が起きるか
理想的な制度を全国に広げたとき何が起きるか。
東京23区のごみ問題が、意外なヒントをくれます。
東京23区の家庭ごみ有料化は、2037年度に向けて検討が進められている。全国の市区町村の約60%がすでに有料化済みで、東京都の多摩地域も全26市が導入済み。23区は日本の大都市圏で最大の「無料残存エリア」です。
有料化すればごみが減る。多摩地域の実績では、有料化後に家庭ごみ平均約17.5%減、不燃ごみ約57%減。八王子市では有料化後20年でごみ総量が約4割減った。理屈は正しい。
でも23区では合意が取れない。なぜか。
23区それぞれが独立した基礎的自治体で、区長選も区議選もある。特別区長会は2026年3月に「有料化なら23区一斉開始」の方針を出したけど、強制力はない。「申し合わせ」レベルの連携しかできない。
しかも区ごとに事情がまるで違う。
┌──────────────┬────────────────────┐
│ 都心区 │ 昼間人口大、 │
│(千代田・港等)│ 事業系ごみ中心、 │
│ │ 住民少ない │
│ │ →有料化の切迫度低い│
├──────────────┼────────────────────┤
│ 周辺区 │ 住宅地中心、 │
│(足立・葛飾等)│ 低所得世帯多い、 │
│ │ →家計負担が政治的に│
│ │ 敏感 │
├──────────────┼────────────────────┤
│ 大規模住宅区 │ 人口が多く │
│(世田谷・練馬)│ 影響甚大 │
│ │ →賛成・反対どちらも│
│ │ 政治的に大きい │
└──────────────┴────────────────────┘一律の料金設定で括ろうとするから動けない。所得水準も世帯構成も住居形態も区ごとにバラバラなのに、「23区一斉」にこだわる限り、合意のハードルは上がり続ける。
これ、不登校対策のフリースクール全国展開とまったく同じ構造なんです。
フリースクールを全国に広げようとしたとき、地域ごとに子どもの状況は違う、運営者の質もバラバラ、でも「フリースクール支援」という一律の枠で予算をつけようとする。
スウェーデンが1992年にバウチャー改革で世界最先端の学校選択制度を導入したとき、営利企業にも学校運営を許可した。結果どうなったか。PISAの成績がOECD参加国中で最も急激に低下した。2023年、スウェーデンの教育大臣が公式に「制度の失敗」を宣言している。
米国のチャータースクールも同じ轍を踏んだ。全米7800校超に拡大したけど、開設されたチャーター校の37%が破綻。連邦資金11.7億ドルが未開校や早期閉鎖に浪費された。
インドでは低コスト私立学校が40万校超に膨張したけれど、学校の質を比較する仕組みが存在しないため、学習成果は10年間停滞した。
量は拡大したけど質は保証されなかった。このパターンが、全ての事例に共通しています。
日本のフリースクールは現在、国からの直接補助金がゼロ。スタッフの64.7%が月収20万円以下、31.2%が無給ボランティア。運営予算250万円以下が28.3%。そして質の担保に関する規制や認証制度は一切存在しない。誰でも「フリースクール」を名乗れる状態です。
地域差を無視した一律展開は、スケールした瞬間に質のバラつきが爆発する。スウェーデンも米国もインドも、全部そうだった。日本だけが例外になる理由はどこにもない。
まとめ
35万人の不登校に対して「新しい道を用意する」のは必要なこと。それ自体を否定する気はない。
でも今起きていることを構造的に見ると、3つの問題が重なっている。
① 数字と実態のズレ
35万人をひとまとめにして「受け皿を」と言うけど、中身は54%が90日以上欠席の深刻層、38%が専門支援なし。完全孤立の最重層が6万7000人いる。受け皿を増やしても、そこに最も届いてほしい層には届いていない。教育支援センターの利用率はわずか8.8%。1743か所もあるのに使われていない。
② 理想が現場で死ぬ過程
高専転換は制度設計として合理的だけど、博士号持ちの教員を年収764万円で地方に集める困難、産業連携先の不在、既存高専ですら10%の中退率——理想と実行の間に巨大な溝がある。しかもこの制度、転換できない学校を静かに淘汰する選別装置にもなり得る。
③ スケール破綻
スウェーデンのバウチャー改革、米国チャーター校の37%破綻、インドの40万校。量を拡大して質が保証されなかった事例は世界中にある。日本のフリースクールは規制も認証もゼロの状態。ごみ有料化が23区一斉にできないのと同じで、地域差を無視した一律展開はスケールした瞬間に質が爆発する。
フィンランドは不登校対策として、オルタナティブスクールを増やしたのではない。メインストリームの学校の中に3段階の支援を組み込んだ。日本の不登校対応は「30日欠席してから不登校と認定する」事後対応型。つまずいた瞬間ではなく、深刻化してから動く。この構造が変わらない限り、受け皿をいくら増やしても「迷子」は減らない。
大事なのは「道を作る」ことじゃなくて、「その道を誰がどう整備し続けるか」まで見ること。
🔧 まとめ
今回調べて一番刺さった数字がある。
不登校対策のCOCOLOプラン関連予算、校内支援センター設置促進29億円、学びの多様化学校の設置準備支援が当初9800万円→翌年14億円。全部「設置費」なんです。設置した後のランニングコスト——人件費、施設維持費、プログラム開発費——は自治体に丸投げ。N-E.X.T.基金3009億円も、使い切ったら終わり。継続財源は未定。
作るのは簡単。回し続けるのが地獄。そこを見ないで「受け皿を増やしました」と胸を張る政策は、結局誰のためなのか。
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