NISA貧乏の正体。月7500円の「第3の賃上げ」が届かない人たち
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📌この記事で分かること
「NISA=コスパ最強」の裏で1,000万口座が放置されている衝撃の実態
将来のために今を削る「NISA貧乏」と、人間関係までコスパで測る「フレンドフレーション」の正体
42年ぶりに倍増した食事補助非課税枠「月7500円」が、届く人と届かない人を分ける構造
🍳 「コスパ」は元々、軍事用語だった
ランチの話から始めたい。
「このお店、コスパいいよね」——誰もが日常で使うこの言葉。実は和製英語である。英語の “cost performance” は、もともと軍事調達やプロジェクト管理で使われる専門用語で、一般消費者が使う言葉ではない。英語圏では “value for money” が普通の表現だ。
日本で「コストパフォーマンス」が広まったのは1970年代、自動車雑誌が「価格性能比」をカタカナにしたのが始まりとされる。それがバブル崩壊後のデフレ経済で「コスパ」に短縮され、ユニクロやファストフードのブームと一緒に若者言葉として定着した。
2022年には「タイパ(タイムパフォーマンス)」が三省堂の「今年の新語」大賞を獲り、今や「スペパ(スペースパフォーマンス)」なんて派生語まで出てきている。
ここで考えてみてほしい。
「コスパ」が、投資にまで使われるようになったのはなぜだろうか。
「NISA=コスパ最強」「やらないと損」。SNSやYouTubeでこんなフレーズが飛び交う。本来「費用対効果の定量評価」であるべき言葉が、「なんとなくお得」という感覚に変わっている。
この「なんとなくお得」感が、今、多くの人の家計を静かに歪めている。
第1章:2,826万口座の裏で、1,000万口座が眠っている
「新NISAで投資デビュー!」というニュースを目にした人は多いだろう。
金融庁の最新データ(2025年12月末速報)によれば、新NISA口座数は約2,826万口座。累計買付額は約71兆円に達した。政府が掲げていた「買付額56兆円」の目標は、約3年前倒しで達成された。
数字だけ見れば、大成功である。
ところが、この数字の裏にもう一つの数字が隠れている。
2024年中に一度も買付がなかった口座=約1,011万口座。全体の約38%だ。
口座を開いただけで投資していない人が1,000万人以上いる。
「国民の4人に1人がNISA」ではなく、実態は**「6〜7人に1人が実際に投資している」**程度。さらに、実際に投資している人の54%が年間買付額60万円以下。つみたて投資枠の平均購入額は47.3万円で、上限120万円の39%にとどまる。
一方で、成長投資枠を上限近くまで使っている人が37.9%いる。
つまり、「少額しか投資できない大多数」と「枠をフル活用する一部」に二極化しているのが実態だ。
【NISAの「数字と実態のズレ」】
口座数 2,826万 → 実稼働は約1,650万(38%が未稼働)
年間枠 360万円 → 54%が年間60万円以下
利用者の67.4% → 年収500万円未満
つみたて枠平均 → 47.3万円(枠の39%)行動経済学者リチャード・セイラーが提唱した「取引効用理論」を思い出す。人間は「お得感」と「実際の得」を混同する。スーパーの「ポイント5倍デー」に不要なものを買ってしまう心理と、「非課税20%お得」に引かれて余裕のない投資をする心理は同じ構造だ。
非課税メリットは、利益が出て初めて発生する。損失が出ればNISAの「コスパ」はマイナスどころか、損益通算ができない分だけ課税口座より不利になる。この「普通のこと」が、SNSではほとんど語られない。
第2章:「NISA貧乏」と「フレンドフレーション」の悪循環
💡 体験談スロット①
先日、分析用にSMBCコンシューマーファイナンスの2025年調査データを読んでいて、思わず手が止まった数字がある。20代の生活費以外に使えるお金が月平均16,827円。前回調査から2,200円も減っている。月1.6万円というのは、飲み会を2回やったらもう何も残らない金額だ。「NISA貧乏」という言葉がSNSで話題になっている理由が、数字で裏付けられた瞬間だった。
将来不安からNISAに可処分所得を注ぎ込んだ結果、今の交際費や自己投資が枯渇する。これが「NISA貧乏」の正体である。
三菱総合研究所の2026年3月のコラムは冷静な指摘をしている。「NISA貧乏」は若年層の一部で話題になっているが、全体傾向としては確認されていない。本当の問題は、投資できる人とできない人の世代内格差が広がっていることだ、と。
20歳代単身の金融資産中央値はたった9万円。貯蓄ゼロ世帯は単身で32.8%、50歳代単身に至っては40.2%。この層が「投資しなきゃ」と口座を開いても、投資に回す余裕がない。
さらに深刻なのは、手元資金の不足が人間関係にまで波及していることだ。
「フレンドフレーション」——友人関係の維持コストがインフレで上がり、交際すら費用対効果で選別する現象。日本だけの話ではない。英国メディア The Week も2025年に取り上げており、誕生日会や食事会のコストが社会生活の価格タグを押し上げていると報じている。
ここに強化ループが生まれる。
将来不安 → NISA投資強化 → 消費・交際費圧縮
→ 生活満足度低下 → さらに将来不安
→ もっと投資しなきゃ → もっと今を削る……「退屈な大人になるな」と辛口経済評論家が警鐘を鳴らすのも、こういう構造を見ているからだろう。
第3章:42年放置された「1食175円」の壁が、ついに壊れた
ここで視点を変えたい。
「今を削る」しかない個人に対して、企業側から手を差し伸べる仕組みが動き出している。令和8年度税制改正で、食事補助の非課税上限が月額3,500円から7,500円へ引き上げられた。
この3,500円という数字、実は1984年から42年間、一度も変わっていなかった。1食あたり約175円。昭和59年の物価水準が令和まで放置されていたわけだ。
なぜ今、倍増されたのか。
表向きは物価高対応だが、真の狙いは3つある。
1つ目は「税と社会保険料の回避」というハック。
企業が従業員に月7,500円を給与として上乗せすると、所得税・住民税で約750円、社会保険料で約1,125円が引かれ、手取りは約5,600円に目減りする。企業側も法定福利費が約1,125円増える。
ところが同じ7,500円を食事補助(非課税要件を満たす現物支給)で出すと、従業員は7,500円分まるごと享受でき、企業の追加負担も7,500円ぽっきり。
【月7,500円の届け方の差】
給与で支給 食事補助で支給
従業員の手取り 約5,600円 7,500円
企業の負担 約8,625円 7,500円
差額 ▲1,900円 ±0企業にとって約13%のコスト削減、従業員への還元は約34%アップ。これが「第3の賃上げ」と呼ばれる理由だ。
2つ目は「出社回帰のインセンティブ」。
LINEマンガが月額7,500円の食事補助を導入した背景には、テレワークで希薄化した社内コミュニケーションの回復がある。「出社すれば良い食事が食べられる」という直接的な動機づけ。
3つ目は「ロビイングの結実」。
534社で始まった「食事補助上限枠緩和を促進する会」は1,140者・社にまで拡大し、政策変更を勝ち取った。42年間の放置が是正されたのは、政府の温情ではなく、経済界が自らの生存のために動いた結果である。
あなたの会社には、食事補助制度がありますか? もしあるなら、非課税要件を満たしているか確認してみる価値がある。もしないなら——それは年間9万円の「見えない賃下げ」かもしれない。
第4章:届く人と届かない人——新しい格差の構造
💡 体験談スロット②
エデンレッドジャパンの公表データを見ていて気づいたことがある。ビジネスパーソンの昼食予算は月平均11,358円だが、物価高以前と同水準を維持するには月15,493円が必要。その差は約4,135円。改正後の非課税枠増加分(4,000円)は、この「インフレによる目減り分」をほぼ正確に補填する設計になっている。偶然にしてはでき過ぎだ。政策設計者が家計データを精緻に見ていた証拠だろう。
問題は、この恩恵がすべての労働者に届くわけではないことだ。
食事補助の非課税メリットを享受するには、企業が制度を導入し、従業員が食事代の半額以上を負担し、現金支給ではなく現物支給(電子チケットや社食など)である必要がある。
大企業やIT企業は素早く動く。月7,500円の満額支給を求人票でアピールし、採用競争力を強化する。すると業界全体に同調圧力が生まれ、導入しない企業は相対的に不利になる。
しかし、中小企業には導入の原資も管理リソースもない場合がある。パート・アルバイトは企業の規定で対象外にされるリスクもある。
ここにNISAの格差構造と同じパターンが浮かぶ。
【「見えない格差」の二重構造】
NISA → 投資余力のある人ほど非課税メリット大
食事補助 → 制度のある企業の正社員ほどメリット大
どちらも「制度は平等に見えて、実態は余裕のある側に偏る」NRI(野村総合研究所)の木内登英氏の指摘が鋭い。NISA拡充策は、富裕層が税負担をさらに軽減することを可能にし、所得格差を拡大させてしまう——。食事補助も、大企業と中小企業の間で「実質手取りの格差」を静かに広げる構造を持つ。
ここで立ち止まって考えてみたい。NISAも食事補助も、制度としては「良いもの」だ。問題は、恩恵を受けられる側とそうでない側の差が、制度が充実するほど広がるという逆説にある。あなた自身は、どちら側にいるだろうか。
第5章:「コスパで人生を配分する社会」の到達点
ここまでの話を整理すると、一見バラバラに見えた現象が一本の線でつながる。
NISA → 将来のために今を削る(金融資源の集中投下)
フレンドフレーション → 交際すらコスパで選別(人間関係の合理化)
食事補助 → 企業が税制を使って実質手取りを最大化(制度のハック)
夕張市のコンパクト化 → 人口5,715人・高齢化率54%の街が、維持できない地区を切り捨てて集約(行政資源の集中)
共通するのは、「不足する資源を、回収可能性の高い領域へ優先配分する」という原理だ。
個人は交際費や自己投資を絞り込み、企業は福利厚生で効率的に還元し、自治体は街そのものを縮めて維持する。すべてが「元を取れるものから守る」方向へ動いている。
これは合理的な判断だ。だが、長期で見ると危うい。
自己投資、偶然の出会い、広い人間関係、地域のゆるいつながり——これらは短期のコスパでは測れないが、長期では社会の厚みを支える。
金融庁の有識者会議も、新NISAについて「金融危機を経ていないため、長期投資の真の効果は未検証」と認めている。制度のマクロ的な成功と、個人のミクロ的な失敗が同時に存在する。これが「理想が現場で死ぬ過程」の本質である。
まとめ
1. NISAの「コスパ最強」は幻想を含む
口座2,826万の38%が未稼働。非課税メリットは利益が出て初めて発生する。損をしたらNISAの「コスパ」はマイナス。金融庁自身が「上限いっぱい投資する必要はない」と明言している。
2. 食事補助の「第3の賃上げ」は強力だが、届かない人がいる
月7,500円の非課税枠は年間9万円の実質手取り増。ただし導入できる企業とそうでない企業の格差を広げるリスクもある。自分の会社の制度を確認し、ない場合は人事に声を上げる価値がある。
3. 問題は「コスパ思考」そのものではない
問題は、コスパで測れない価値を維持する余裕が社会から消えつつあること。投資できる余裕、付き合いを選べる余裕、住む場所を選べる余裕——「資源配分の自由度」こそが、新しい格差の本質になりつつある。
ザワ4の一言:
「NISAとコスパは繋がるか?」という問いの答えは、単に「投資もコスパで考える」では浅い。正確には、NISAが伸びる社会では、友情も福利厚生も街の形も、すべて配分の合理性で測られ始めるということだ。
つまりこれは金融記事ではない。成熟・縮小社会における人生配分の話である。
「元を取れるか」で判断する前に、「元が取れなくても大事なもの」を一つだけ守れるか。それが、この時代を乗り切る本当の「コスパ」かもしれない。
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