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20代を閉じ込める「1.5万円の壁」——自立支援という理想が死ぬ場所


📌この記事で分かること

  • 20代の生活保護急増は若者の甘えではなく制度設計ミスの顕在化

  • 「1.5万円の壁」で働いても9割が保護費から差し引かれる仕組み

  • 捕捉率2割の日本、165万世帯は「過去最多」ではなく氷山の一角


「バンバン申請すべき」の裏で起きていること

2026年4月、ABEMA Primeが取り上げた特集が話題になりました。2024年度の生活保護世帯は月平均約165万世帯で過去最多。特に20代の急増が注目され、ひろゆき氏が「若い人こそ積極的に取るべき」と発信しました。

ここで多くの人が見落としている事実があります。生活保護を受けた20代は、そう簡単に抜け出せない。バイトで月5万円稼いでも、手元には数千円しか残らない仕組みがあるからです。

本稿は「生活保護は甘えか」という感情論を脇に置き、経済・ビジネスの視点から制度設計の欠陥を解剖します。結論を先に言えば、問題は若者のメンタルでも根性でもなく、自立支援という理想を勤労控除の数字が裏切っていること。これが20代を保護から出られなくする正体です。

※本稿の基礎データは厚生労働省「被保護者調査」、財務省財務総合政策研究所(PRI)の研究論文、日本弁護士連合会のパンフレット等の一次資料に基づきます。


第1章 165万世帯「過去最多」は本当に多いのか

まず数字の読み解きから入ります。

2024年5月時点で生活保護の被保護世帯は約165万1千世帯、被保護実人員は約201万人、保護率は1.62%(厚労省被保護者調査)。ABEMAが「過去最多」と報じた通りの数字です。

ところがこの数字、捕捉率という指標で見ると真逆の意味を持ちます。

捕捉率という概念

捕捉率とは、本来生活保護を受けられる水準の世帯のうち、実際に受給している世帯の割合のことです。海外では「take-up rate」と呼ばれます。

┌─────────────────┬──────────┐
│ 国              │ 捕捉率   │
├─────────────────┼──────────┤
│ 日本(所得基準)│ 約22.9% │
│ 日本(資産考慮)│ 約43.3% │
│ ドイツ          │ 約64.6% │
│ イギリス        │ 47〜90% │
│ スウェーデン    │ 約82%   │
│ フランス        │ 約91.6% │
└─────────────────┴──────────┘
出典:厚労省2018年推計、日弁連パンフレット

日本の捕捉率は所得基準で22.9%(厚労省2018年推計)。つまり本来受給できるはずの世帯の8割近くが受給していない。保護率1.62%の裏に隠れている潜在受給世帯は推定700〜800万世帯にのぼります。

165万世帯は「過去最多」ではなく、氷山の一角なんです。ひろゆき氏が「日本も欧州並みに7〜8割にしていい」と発言した背景には、この捕捉率の国際比較があります。

20代増加の構造

そして20代の急増。起点記事は「24年で6倍」と伝えていますが、これは番組独自グラフの推計で、厚労省原典で直接同じ数字は出てきません。ただし方向性は正しく、リーマンショック以降に稼働年齢層(65歳未満)の「その他の世帯」が倍近く増えたのは事実です。

20代受給者急増の背景には3つの構造変化があります。

  • 新卒3年以内離職率33.8%(大卒2022年3月卒)

  • 親世代の困窮化(8050問題の20代版)

  • ブラック企業→メンタル不調→再就職困難の連鎖

「実家に帰れる」が最大のセーフティネットだった時代は終わりました。親世代が子を支えられない。これが20代生活保護急増の土台です。

💭 調べていて気づいた「ひとり世帯化」の連鎖

この構造を調べていて、一つ発見がありました。8050問題というのは、80代の親が50代のひきこもりの子を支える社会問題として語られてきました。ところが起点記事でNPO代表の佐々木氏が語っていたのは、「20代がネットカフェに泊まり続けて、そこから転落する」という姿です。

これは8050問題の20代版とも読めます。親世代自身が非正規や低年金で余裕がなく、子が困窮してもセーフティネットとして機能しない。世代間で貧困が移動するのではなく、世代ごとに別個に公的扶助へ流れ込む構造になっている。165万世帯の中身は、もはや「家族で助け合う」モデルでは捉えきれないんです。


第2章 核心——「1.5万円の壁」は何を壊しているか【本丸】

ここからが本稿の主題です。生活保護を受けた人が働き始めると、何が起きるか。

勤労控除という制度

勤労控除とは、働いて得た収入のうち一定額を「なかったこと」にして、保護費から差し引かない仕組みです。働くインセンティブを残すために2013年の基準改定で強化されました。

基礎控除の設計

具体的な数字はこうです。

【勤労控除の計算(2013年改定後)】

 収入0〜15,199円  → 全額控除(100%手元に残る)
 15,200円以上    → 4,000円増えるごとに400円だけ控除増
                   (残り9割は保護費から減額)

 例:月収5万円稼いだ場合
   控除額は約17,000円程度
   → 3万円超は保護費減額で消える
   → 手取り増は5万円のうち約5,000〜8,000円

これが**「1.5万円の壁」の正体です。1万5千円までは100%手元に残るが、それを超えた瞬間に限界控除率が約10%まで落ちる。つまり収入を1万円増やしても、手取り増は約1,000円**。残り9割は保護費から差し引かれて消えます。

ABEMAに出演した20代のうさぎさんが「バイト代5〜6万円だが、手取りは3万円も増えない」と話したのは、この構造を正確に捉えた発言です。

理想が死ぬ過程

ここで重要なのは、2013年改定は「自立支援」という理想を掲げていたこと。基礎控除を8千円から1万5千円に引き上げ、「就労自立給付金」という保護脱却時の一時金も新設されました。制度設計者は本気で「働ける人は働いて抜け出せる」仕組みを作ったはずでした。

ところが——。財務省財務総合政策研究所(PRI)の林正義・東京大学教授は2023年の論文で、2013年改定の就労促進効果を実証的に検証しました。結論はこうです。

「2013年改定が就労促進効果を持ったという明確な結果は得られなかった」

官僚機構が自ら検証して、自ら効果を否定している。自立支援の理想は、限界控除率10%という設計の数字によって殺されていたわけです。

イギリスとの比較

比較対象として、イギリスのUniversal Credit(UC)を見てみます。UCは2013年に導入された統合的給付制度で、日本の生活保護と生活困窮者自立支援を一体化したような仕組みです。

UCには**taper rate(逓減率)55%**という設計があります。収入1ポンド増えると給付が55ペンス減り、45ペンスは手元に残る。日本の約10%と比べて4.5倍の「働くメリット」が設計されています。

┌────────────────┬──────────────┬──────────────┐
│ 国             │ 限界控除率   │ 手元に残る率 │
├────────────────┼──────────────┼──────────────┤
│ 日本(1.5万超)│ 約90%減額   │ 約10%       │
│ イギリスUC     │ 55%減額     │ 45%         │
└────────────────┴──────────────┴──────────────┘

同じ「働いたら給付を減らす」思想でも、設計の数字が4.5倍違う。どちらが就労促進に効くかは明白です。しかも問題は1.5万円の壁だけではありません。

さらに大きな「クリフ効果」の壁

調べていてゾッとしたのが、生活保護を完全に抜け出す瞬間に待っている別の壁でした。保護廃止ラインに達すると、国民健康保険・国民年金・住民税・医療費自己負担が一気に発生します。これを経済学で「クリフ効果」(崖効果)と呼びます。

限界税率を計算すると、脱却の瞬間は実質100%超。つまり働いて保護を抜け出そうとした途端に、手取りが減る現象が起きます。「壁」は1.5万円だけではなく、二重三重に積み重なっている。これが20代を保護に閉じ込める本当の構造です。

あなたの職場の新入社員が突然退職し、数ヶ月後に生活保護を受給した——もしそんな状況になったとき、「頑張って働けば抜け出せる」と励ますことができるでしょうか? 1.5万円の壁を知ったあとでは、この励ましがいかに的外れか、見えてくるはずです。


第3章 「通信費の壁」——スマホ代が制度から抜け落ちている

もう一つ、ABEMAで佐々木氏が指摘した論点が通信費問題です。これは制度哲学の時代錯誤を象徴しています。

生活保護の8扶助に通信費はない

生活保護の給付は8種類の扶助に分かれています。生活・住宅・教育・医療・介護・出産・生業・葬祭。この中に通信費の項目は存在しません

スマホ代は「生活扶助」の中でやり繰りして捻出する扱い。単身で月約8万円の生活扶助から家賃別の食費・光熱費・衣料費を引けば、スマホ代1万円は最後の削減対象になります。

スマホは求職の必需品

総務省情報通信白書によればスマホの世帯保有率は2023年に90.6%。生活必需品というより社会インフラの一部です。

【スマホが絡む求職活動】
  ✅ ハローワーク求人検索
  ✅ 企業への応募(メール・フォーム)
  ✅ 面接日程調整
  ✅ 転職サイト登録
  ✅ オンライン面接
  ✅ ケースワーカーとの連絡

スマホなしで就労復帰はほぼ不可能な時代です。それなのに制度設計は1950年法制定以来の骨格を保っており、通信費項目は追加されていません。

数千億円で変えられる

仮に通信費を独立扶助として月1万円計上した場合、200万人×月1万円×12ヶ月=年間2,400億円。これは生活保護総予算3.5兆円の約7%。決して小さくない金額ですが、制度改革の桁としては現実的な範囲です。

「働いて自立しろ」と言いながら、自立の手段であるスマホ代は自腹。この矛盾は制度哲学の古さから来ています。

💭 「電気・ガス・水道と通信は別」という思い込みが崩れた瞬間

この通信費問題を調べていて、自分の中の認識が一つ崩れる体験がありました。最初は「通信費を扶助に入れるのは過剰では?」と思っていたんです。電気・ガス・水道は命に関わるけど、スマホは贅沢品の延長線にあるんじゃないか、と。

ところが就労復帰の導線を具体的に書き出してみると、スマホなしで実行できる工程がひとつもない。求人検索、応募、面接調整、書類のやり取り、ケースワーカー連絡、すべてスマホ経由です。認識を改めざるを得ませんでした。**「通信インフラ=生活必需」**は、もうライフラインと同等のラインに達しているんです。


第4章 ビジネス視点で見た制度再設計の筋道

ここまでを整理すると、生活保護制度の問題は3層に分解できます。

┌────────────────────────────────────────┐
│ 層①:捕捉率2割=必要な人に届いていない │
│  → 申請主義とスティグマの問題          │
├────────────────────────────────────────┤
│ 層②:1.5万円の壁=自立しても報われない │
│  → 限界控除率10%の設計ミス            │
├────────────────────────────────────────┤
│ 層③:通信費なし=制度哲学の時代錯誤    │
│  → 1950年設計のまま放置                │
└────────────────────────────────────────┘

ドイツの揺り戻しが示すもの

参考になるのがドイツです。ドイツは2023年にハルツIV(厳格な失業扶助)からBürgergeld(市民手当、尊厳重視)へ改革しました。貯蓄保有上限を約4万ユーロに緩和し、制裁を縮小。日本の生活保護より遥かに緩い設計です。

ところが3年後の2026年、メルツ政権は**「Neue Grundsicherung(新基礎保障)」への再厳格化**を打ち出しました。給付額は据え置きつつ、求職義務違反者への給付停止条項を復活。

ドイツの揺り戻しが示すのは、「権利化」と「厳格化」のどちらかに寄せても制度は落ち着かないという現実です。日本もこの振り子から逃れられていません。2025年に最高裁が保護基準引き下げを違法と判決した直後に、厚労省は新たな引き下げ案を検討しているとも報じられています。

アメリカEITCとの哲学の違い

もう一つの対照例がアメリカのEITC(勤労所得税額控除)です。働いた人にだけ税額控除として所得を上乗せする制度で、2023年には2,300万世帯に約570億ドル給付、平均$2,743。

EITCは**「働かないと受給できない」**設計で、日本の生活保護と思想が真逆です。日本の生活保護は「働けない人を守る」が基本、EITCは「働く人を引き上げる」。

日本にも就労自立給付金はありますが、金額も認知度も桁違いに小さい。低所得層への給付を「生活保護一本足打法」に依存しているのが日本の構造的弱点です。

制度は一度設計すると慣性で動き続けます。1950年の骨格を、2026年のスマホ時代・多様な働き方の時代に当てはめるのは無理がある。1.5万円の壁も、通信費の空白も、8扶助の構造も、どれも時代と制度のズレから生まれた症状です。

あなたが生活保護を受給している側、あるいは制度設計する側だったら、どこから手をつけますか? 勤労控除の限界率を下げるのか、通信費を独立扶助にするのか、それともEITC型の別建て給付を作るのか——議論の前提として、まず「1.5万円の壁」を知ることが出発点だと思います。


まとめ

本稿の要点を3行で整理します。

  • 165万世帯「過去最多」は氷山の一角。捕捉率2割を踏まえれば、本来の要保護世帯は推定700〜800万世帯。欧州は7〜8割で捕捉している

  • 「1.5万円の壁」は自立支援の理想を殺す設計ミス。限界控除率10%は英UCの45%と比べて4.5倍不利。2013年改定の就労促進効果は財務省PRIの実証研究で否定済み

  • 通信費が8扶助に含まれない制度哲学の時代錯誤。スマホ保有率90.6%の時代に、求職の必需品を自腹で賄わせている

ザワ4の一言

生活保護をめぐる議論は「甘えか権利か」で止まりがちですが、本当に問われているのは設計の数字です。1.5万円、限界控除率10%、捕捉率22.9%、通信費ゼロ。この数字の組み合わせが、20代を保護から出られなくしている。

「バンバン申請すべき」という入口の話と、「抜け出せない」という出口の話は別問題です。入口を開くだけでは足りない。出口の設計を変えない限り、165万世帯という数字は増え続ける。これがザワ4が今回の取材で見えた構造です。

制度は一度作れば永遠ではない。1950年の骨格を保ったまま2026年の社会に対応させるのは、そもそも無理があります。次の基準改定(2028年予定)で、勤労控除の根本見直しが議題に上がるかどうか。注視したい論点です。


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