自分の中の二人の自分
みなさま❤️ごきげんよう 土曜の夜の雑談のれぃです
親の育て方の影響により子どもの頃に身につけた「生き方のクセ」は、
大人になってからの性格や選択に思っている以上に深く影響します。
交流分析ではそれを「人生脚本」と呼び、
その土台にある無意識の思い込みや行動を「禁止令」として捉えます。
禁止令とは、幼い頃に親や周囲との関わりの中で無意識に受け取った
「こうしてはいけない」という心のルールのことです。
交流分析では12の禁止令があります(ご存知の方も多いと思います)
・存在するな
・お前らしくあるな
・子どもであるな
・成長するな
・成功するな
・自分で考えるな
・感じるな
・親しくなるな
・属するな
・健康であるな
・重要になるな
・近づくな(愛するな)
これらは、大人になってからも
「なぜか同じところで苦しくなる」
「頑張っているのに満たされない」
という形で静かに影響を残します。
自分の中に二人の自分がいることに気がつくときがあります
一人の自分は、「休みたい」「楽しみたい」「行きたくない」「嫌!」など
のびのびとした自由な子どもの心。交流分析でいうF(フリーチャイルド)の心です。これは本来とても大事な資質です!
もう一人の自分は、「休んではいけない」「稼がなくてはならない」「もっと頑張らなくてはならない」と厳しく命じる自分です。
前者は交流分析でいうFC(フリーチャイルド)、後者はCP(クリティカルペアレント)。この二人がずっと心の中で綱引きをしていました。
二人の自分の背景 小さい頃の親からの育てられ方や経験
子どもの頃、私は「話を聞いてもらえない」「親の言うことを聞きなさい」で気持ちを終わらせられる環境で育ちました。
自分の気持ちより、相手に合わせること。
嫌でも空気を読むこと。そうしていれば怒られずに済む。
子どもなりに、それが安全に生きる方法だったのだと思います。
その結果、大人になっても「私はどうしたい?」より先に
「相手は何を望んでいる?」を優先する癖が残りました。
行きたくないのに付き合う、断れない、気を使いすぎて疲れる。
それは優しさというより、生き延びるために身につけた対人の癖でした。
さらに厄介だったのは、子どもの頃、病気の時だけ親が優しかったことです。普段は厳しいのに、熱を出した時だけ心配してもらえる。甘えられる。休んでも許される。
そのため、病気になるとつらいのにどこか安心する、という感覚がありました。欲しかったのは病気ではなく、病気の時にもらえる優しさだったのだと、大人になってようやく理解できました。
これは交流分析でいう「健康であるな」という禁止令にもつながります。
元気なまま愛される方法がわからなかったのです。
そしてもっと深いところでは、「そのままの自分では歓迎されない」という感覚もありました。
女の子として生まれたのに、男の子のような役割や装いを求められ、自分の好みや感覚より「こうあるべき」を押しつけられる。
子どもにとってそれは、「私はこのままではだめなんだ」と受け取るには十分な体験でした。
だからこそ大人になってから、反動のようにフリルやリボン、花柄やロングヘアに強く惹かれました。
イタイ服装は、子どもの頃に奪われた「女の子らしさ」を取り戻すためでした。
人は本当に回復していくと、そこで終わりません。
足りなかったものを埋める時期を通り過ぎると、今度は「本当に自分に似合うもの」を選べるようになります。
その後、それまでの執着を手放し、シンプルで心地よく、自分にしっくりくるものへ自然に移っていきました。
それは自分を取り戻した証でした。
心の回復は、過去をなかったことにすることではありません。
あの頃そうするしかなかった自分を理解し直し、
もう必要のなくなった心のルールを少しずつ緩めていくことです。
まずは気づくことから
まずは自分の中にいる禁止令を持った自分自身に気づくことから、
回復は静かに始まっていきます。
傷ついた、否定され、失ってた自尊心
これは自分で取り戻すことができます。
そして『もう親に支配されない!』と人生脚本を書き直すと
少しづつ 本来大事な大事な自尊心を取り戻し、回復していきます。
いかがでしたか?
似たような感覚がある方はいらっしゃいますか?
最後までお読みくださりありがとうございました。
それではまた!
