【エッセイ】ファンメールと創作活動
最近、大好きなØMIさまの考え方や表現に救われた時に、ファンメールを作るようにしているのですが、ファンメールに創作のイロハが隠されている事に気付きます。
例えば、自分本意ではなく、ØMIさまの視点で読みやすい文章を書くこと。ちゃんと真意が伝わるかどうかを入念にチェックします。
伝わらない、そう思ったなら、容赦無く削る作業を繰り返すのです。
わたくしの場合、『INFINITY MOON』は思いの丈を吐き出した文章になっています。1ヶ月前は、それで良いと思っていました。
でも、6月に入ってファンメールを書くようになって『どうすれば伝わるか』を真剣に考えている自分を発見しました。
いえ、考えて居ない訳では無かった。
でも、実践出来ていなかったのだと反省しました。
誰に伝えたいか、ペルソナを設定するのは簡単です。
でも、本当にそれが実行出来ているかは、別だったのですから。
これに気付いた瞬間、『それは読者に届かないはずだ!』と衝撃を受けました。
これ、本当に書かないと気づかない事だと思います。少なくとも、わたくしは気付きませんでした。
読んで!
見て!
書いたの!
それでは前に進まない。
夢は重版出来が止まらない作家です。
通過点すら通る事も出来なくなってしまう。
本当に怖かったです。
だからこそ、成長したいと強く思いました。
いえ、成長します。
夢の為にも、です。
わたくしは、送ったファンメールを保管し、読み返します。次送る時は、〇〇を良くしよう。
そう考えながら今日も小説創作をし、エッセイを綴ります。
ファンメールの難しさを痛感した柘榴でした。
広臣 柘榴
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