「クラウド」は、海の底にある|海底ケーブル切断を、哲学と地政学で読み解く
わたしたちは毎日、雲の上に置いたデータを取り出しているつもりでいる。だが、その雲はほとんど海の底にある。
海の底で、いま起きていること
2026年6月15日、エジプトとシリアを結ぶ海底ケーブルが切断されたと、シリアの国営通信会社が発表した。原因を「組織的な妨害工作」だと非難している。シリア側はキプロスやトルコを回る別の回線に切り替えて急場をしのぎ、二日後の17日には復旧が伝えられた。その半月ほど前の5月31日には、米英豪の三国がシンガポールでの国防相会合で、海底ケーブルを守るための新しい枠組みに合意している。オーストラリアの国防相は、海底ケーブルを「現代文明の動脈」と呼び、近年、前例のない規模で攻撃が続いていると語った。無人潜水機やセンサーを開発し、来年から配備するという。
なぜ、たかが海の底のケーブルに、軍事同盟までもが動くのか。
数字を見れば腑に落ちる。世界の大陸間データ通信のおよそ99%は、人工衛星ではなく海底ケーブルを通っている。稼働中のケーブルは約570本。これに80本以上が新たに計画されている。日本にいたっては、国際通信のほぼすべてが海の底の細い管を経由する。海洋国家・島国であるこの国は、モノの貿易を海上輸送に依存しているのと同じ構図で、情報もまた海路に依存している。「クラウド」「サイバー空間」という言葉が思わせる軽やかさとは裏腹に、その実体は、海底を這う金属とガラスの管である。
ここ数年、この管の切断が世界各地で相次いでいる。2024年11月にはバルト海で二本のケーブルが相次いで損傷した。2025年9月には紅海で複数のケーブルが切られ、アジアと中東の広い範囲で通信が乱れた。台湾の周辺でも切断が続き、2025年には台湾本島と澎湖諸島を結ぶケーブルを傷つけたとして、中国籍の船長に懲役3年が言い渡されている。事故なのか、故意なのか。錨を引きずっただけという説明と、意図的な破壊工作という疑いのあいだで、各国の神経はすり減っている。
ひとつ、見落とされやすい点を書いておきたい。わたししちは「インターネットは国境を越える」と信じてきた。だが、そのインターネットの物理的な土台は、世界でもっとも国境に縛られた場所を通っている。船が通る狭い海路と、ケーブルが上陸する沿岸の局舎。情報の流れは、海運の航路とほとんど同じ細い道を通っているのだ。自由に飛び交うように見えた情報は、地理から一歩も自由になっていない。
ここからが、キニマトの深掘りである。
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