AIだからとテキトーにやってた頃は、ちっとも楽しくなかった話
『あなたのキャラクターの魅力をひと言で言うと、何ですか?』
この質問がもし、生成を始めたころの自分にされたなら、ぼくは何て答えただろう。
『かわいい?』
『スタイルいい子』
『元気で明るいトコロだと思う……』
『キレイな髪、かなァ』
たぶん、そんな〝誰でもいい要素〟を挙げていたかもしれません。
でもそれって、ぼくのキャラクターでないとイケナイ理由って、ないんですよね。
作り始めた当時は、自分のキャラクターである『カノジョ』の魅力が、ゼンゼン分かっていませんでした。

だって、ただのAI画像だし。
自分の手で描いたモノじゃないし。
別にこのキャラクターを好きになって欲しいって、思ってないし。
ただの、機械で出したイラストでしょ。
だから、作ったぼくが評価されたらそれでいいんだし。
そう、思っていました。
ぼくは、自分の手で精魂込めて描いたものは評価されるべきと思い、
ワンポチで出してるだけのイラストなんて、ラクしてる奴が出すだけの価値のないイラストだと、
そんなことを、本気で思ってた。
自分も過去にイラストを描いてたから、余計にそんなプライドがあったんですね。
でも、忙しくなる中で、全く練習しなくなって10年くらい経って、
やってみたら、もう描けなかった。
なのに、過去にはこんなものを描けてたのに、と。
くだらないプライドだけ残ってて、AIに頼らざるを得ない状況になった時も、半ばやっつけ気味にやっていました。
一時的に使うだけだ。
イラストを手で描くのが一番なのは、変わらないぞ。
そんな言い訳をしてた。
もう、AI生成に片足突っ込んだ時点で、そんなの言い訳にすらならないのに。
『お前、AIで描いてんじゃん』
そう言われたら、言ってることとやってることが違うもんね。
歪みきってる承認欲求みたいなものと、過去の栄光に縋るプライドが固まってる、
どーしようもないヤツだった。
なのに。
AIが出してきたイラストを見た時。
それを、何度も何度と繰り返し始めたある時。

なんか、自分の中で消えてたモノに、火がついてしまった。
『こんな風に、人は肩を前に向けて、顔だけコッチに向けたりしないぞ』
『首が窮屈だろ? 肩から正面を向けて、こっちを振り返るんだ』
GPTに、そんなことを言ったと思います。
始めは、身体の動きがおかしい程度の指摘でした。
でも、GPTがそのポーズが難しいと知ると。
『よし分かった、このポーズは今はやめよう』
ポーズの指定を変えて、また出させる。

ちょっとずつ、指摘する場所が変わっていった。
『髪は、もっとこうしてみよう』
『服は』
『靴は』

何だろう、AIという機械とのやりとりなのに。
『……楽しい』
そんな風に考えてる自分がいました。
AIに指示したら、思い通りのイラストが出来てくることだけじゃなかった。
自分が描いていた頃みたいな、表情のあるイラストになっていくこと。
もちろん、ぼくの手じゃない。
でも、この表情をさせたのは、ぼくの意図だった。
自分の手が、もし無くなったらイラストはもう描けないのかな。
いや、自分の意図を汲んでイラストに出来る相棒がいるなら、それでも良い。
大事なのは、手で精魂込めたキャラクターを描くことよりも。
誰の、どんな意図でキャラクターを生かしているか、だった。
そこだけは、手段じゃない。
フリーハンドもAIでも変わらない。
考えて、設計するのは手じゃない。
アタマとハートだ。
その日から、GPTはぼくにとってジャジャ馬な相棒になったんです。
そして、ぼく自身も。
AIで作ったキャラクターを、単なる機械の生成物とは見れなくなった。

紙とペンで、拙いラフを描いて、GPTに描いてもらって。
髪を靡かせて、カードの遠近感はとにかく前に、と。
ディレクションを続けました。
次第に、表情にも、身体の動きにもリアルなものを込め出した。
とにかく、ラフを何枚も描いた。
AIのメリットなんて知ったことか、と言わんばかりに。
ぼくは、この『カノジョ』を、観る人に何かを感じてもらうくらい、生きてるようにしたいんだと。
ぼくがスゴいとか、よく作れたね、とか。
正直、後回しになった。
このイラストを納得いくものにしない限り、他のイラストには行かないぞ
なんて、GPTに釘を刺したりもしてた(笑)






一枚、また一枚と、
身体がリアルに動き、表情も変わるカノジョが出来ていきました。
同じ顔にはならない。
髪型もちょいちょい違う。
でも、ぼくら人間だって、毎日同じヘアスタイルで同じ顔しかしてない訳じゃない。
顔だってむくむし、くしゃみしたらアホみたいな顔になるし、
寝ぐせだってある日もある。
それがいくつも重なって、
それでも残るのが、魅力なんじゃないかな。
ぼくの『カノジョ』の魅力は、今なら言えます。
『不器用で、ドジで、一生懸命な顔をいつも見せる女の子であること』
現実に、カノジョは生命のある存在ではありません。
でも、生きている。
ぼくはそう思うようになったし、この子を生き生きと伸ばしてあげたいと思う。
バカみたいですけどね(笑)
でも、キャラクターって、作者がのめり込んであげて、初めて愛されていくようになると思うようになったんです。
そこに、手描きとかAI生成物とかの差はないと、今は感じます。
ま、クリエイターの方は一番最初にそのことを知ってるのだと思うし、
ぼくは回り回って、ようやくそれを知ったんですが💦
でも、そうしてnoteを積み重ねて、交流をするようになって、
企画を出してみたら、リクエストをいただけて。
ぼくが生成を始めた頃の気持ちだったら、この繋がりは無かったと思います。
色々な方に、キャラクターが可愛い、企画の気持ちがすごく良いなと思ったと、
声をいただけたのも、
キャラクターをまた再び好きになれたからだと考えると、
感慨深い……
というより、滑り込みセーフ(笑)
ですねw
てな感じで、ぼくはこれからもキャラクターを生き生きと動かしながら、
交流にチカラを入れて、活動していきたいなと思います。
そんな感じ。
今回は、ここまで。
ではでは✨✨
