60歳からの古本屋開業 第3章 再び激安物件ツアー(4)赤羽氏の住宅事情

登場人物
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ


赤羽氏の思いつき

「それにしても、赤羽あかばさんの家から5分くらいのとこに、こんな物件があったんですね」
「ええ、びっくりです」
「場所的には、発送作業とか考えたら最高なんですけどね」
「そうですよね。でも考えてみたら、ウチに置くという方法もあるんですよね。例えば2万円で夏井さんの本をウチで預かる、なんて嫁に言ったら喜ぶかも。もちろん裏で私が1万円払うんですが」
 赤羽氏は急に悟りを開いたような柔和な表情となり、こんな素敵な案を口にした。
「え? そんなことができたら最高ですね。発送作業だって楽になるし」

赤羽氏の嫁事情

 現在赤羽氏一家はこの物件の近くに一軒家を借りて住んでいる。
 家族構成は嫁に娘が二人。赤羽氏が晩婚であったため、娘たちは、まだまだバリバリにお金がかかりそうなお年頃である。
 この地で家を借りたのは、その嫁の実家があるためだ。
 赤羽氏とはもう30年近い付き合いだが、彼には一貫して家を買うという発想はない。
 長野の、雪があまり降らない素晴らしい土地に両親が住んでいる家があるということもあって、独身時代を含め、ずっと東京では賃貸物件に暮らしている。
 それが良いのか悪いのか。赤羽一家は毎度恒例と言ってよいほど引っ越しが多く、このご近所だけでも3軒目の賃貸である。
 赤羽家は、とにかくモノが多い。それが今も増殖し続けているという。引っ越しの主な理由は、それらしい。
 ヤドカリが成長に合わせ大きな貝殻に移っていくように、引っ越しを行っているようだ。
 あ、逆か。「広いところに移るからモノが増えていく」という可能性もある。
 モノが増える一大要因が、赤羽嫁のモノ好き。
 気に入ったモノ、気になるモノがあると自分のものにする、という行動を見事なまでに貫いた生活をしている。そのため家の収納スペースなど関係なくモノが増え続け、しかも決して捨てない。絶対に捨てない。
「いつか使うかも。また欲しくなったら困るでしょ」というのがモノが増えてしまう人の特徴であると、どこかの雑誌で読んだことがあるが、まさに赤羽嫁のことだ。
 かくして現在の住居は、広めの5LDKの一軒家。
 しかし、すでにモノであふれているので、私が娘を連れて遊びに行ってもリビング以外の部屋は決して見せてくれない。
 私の訪問前にリビングに置かれていたモノは、一時的に隣の部屋に避難させられており、私が帰った後に元に戻されるとのこと。
 うっかり遊びにも行けません。
 部屋の使用状況は、まず娘たちに各一部屋。それでも3LDKのスペースが丸まる夫婦のスペースであるはずなのだが、そこがすべてモノで埋め尽くされている。
 布団も一枚しか敷くスペースがなく、そこに夫婦2人で寝ているという。しかし「私たちって仲良し夫婦みたいじゃない」と、奥様はまんざらでもないらしい。
 この話を同世代の男たちが聞くと、私を含め、決まって「信じられない! アンビリバボー」ということになるのだが、まあ、赤羽氏が幸せなのだから、それはそれでよいのである。
 つまり赤羽氏の作戦は、モノも好きだけどお金ももちろん好き、という嫁に月2万円というお金でその気になってもらい、一部屋分のモノを処分しようというものである。
 赤羽氏とすればモノは片付くし、奥さんは2万円のお小遣いをゲットしてご機嫌。まさに天から降ってきたような素晴らしい話となる可能性がある。
 ただし、それもこれも、すべて奥様が「もしその気になったら」という話である。
 こんなことで解決するなら、とっくに赤羽氏が毎月2万円くらいのお小遣いを嫁にあげているはず、と考えると「やっぱりこのアイデアも無理かな」という気もしてくる。
「決して慌ててはいけない。交渉のチャンスは一度きり。あくまでも慎重に」
などと話す赤羽氏。駅に向かう道を歩きながら、改めて嫁との交渉パターンを脳内再生してみるのだが、なかなかよい結果が出てこないようだ。
 やっぱりこの話に過度の期待をすることなく、物件探しは着々と進めなくてはならないという方向で、我々の戦略は決まったのであった。

(つづく)


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