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第3回「この家で幸せなのは、あなた一人だけや」

僕の営業人生の物語、第3回です。

昨日、「働く時間を減らしたら、売上が上がった」という話をしました。そして最後に、少しだけ触れました。時短をしたのは、賢い選択じゃなく——するしかなかったからだ、と。

今日は、その理由の話です。

正直、格好いい話では、まったくありません。

でも、あの日が、僕の人生の一番大きなターニングポイントでした。だから、ちゃんと話させてください。

1、「家族のため」を盾に、僕は無茶苦茶やっていた

転職して4年目、5年目の頃。僕は、完全な仕事人間でした。

働かなければいけない理由が、揃いすぎていたんです。

一大決心をして、外資系の会社に転職したばかり。そのタイミングで、子どもが生まれた。まだ1歳にもなっていない。そして、家も買った。

——こんなところで、クビになるわけにはいかない。

朝5時には起きて、6時に出社して、夜11時、12時まで働く。(当時読んだ本の中で、5時起きが最強みたいなものを読んで、感化されてました 笑 )休みの日も、頭の中は仕事、仕事、仕事。考えたくなくても、頭から離れない。

家にいても、子どもの顔も、妻の顔も——見てるけど、見ていない。帰ったら風呂に入って寝るだけ。夜中に子どもが泣いても、死んだように眠っていて、気づきもしない。

家のことは、全部、妻に任せっぱなしでした。

それでも僕は、胸を張っていたんです。

「家族のために、稼いでるんやから」

——「家族のため」という言葉を盾にして、僕は、無茶苦茶をやっていました。

そんな生活が、一年、続きました。

2、人生で一番嬉しかった日に、それは起きた

年末。ボーナスの日がやってきました。

一年間の、総決算です。

金額を見て、目ん玉が飛び出ました。「こんなにやったら、こんなにもらえるんか」と。

しかも、これは僕にとって、特別なお金でした。前回お話しした通り、僕はずっと「言われた通りにやって売れた」人間です。でもこの一年は、初めて、自分の頭で考えて、自分でやりまくった。「一生懸命頑張ったからや」と、胸を張って説明できる対価が、初めて、そこにあったんです。

死ぬほど、嬉しかった。

ようやく、自分の頑張りが報われた——。

その夜、家に帰って、妻に給与明細を見せました。

「おお、すごいやろ」——たぶん、そんな感じで。正直、あの日のことは、あまり覚えていないんです。

でも、一つだけ、今でも鮮明に覚えている光景があります。

妻が、その明細を——

ポイっと、捨てたんです。

「はいはい」みたいな仕草で。机の上から、ひらひらと落ちていく明細。

……頭に、血が上りました。

「ちゃんと見たんか」「何をしとんねん」——僕の中では、頑張った証、やり切った証が、そこにあったんです。それを、無下にポイっとやられた。

僕は、床に落ちた明細を拾って——これ見よがしに、もう一回、見せようとしました。

「おい、どうや」って。

顔を上げたら。

目の前で、妻が——滝のように、涙を流していました。

3、「子どもの顔、ちゃんと見たことあるのか?」

顔をぐちゃぐちゃにして泣くって、こういうことなんや、と思いました。

疲れたから泣く、とか、そういう涙じゃない。

「もう、限界や」という涙。止めたくても、止められない涙。「悲しい」というのは、こういうことか——というくらいの、涙でした。

そして、妻は言いました。

「子どもの顔、ちゃんと見たことあるの?」

「この家で、今、幸せなのは——あなた一人だけや」

——怒りが込み上げるのと、同時に。頭が、真っ白になりました。

「ふざけんなよ」と思いました。本気で。

「家族のために、こんだけ稼いでんのに」 「俺かて、寝る間を惜しんで働いたのに」

……でも、今なら、わかります。

僕は僕なりに、しんどかった。でも、彼女は彼女なりに——本当に、しんどかったんです。

生まれたばかりの子どもと、二人きりの毎日。夫は朝6時に消えて、深夜に帰ってきて、寝るだけ。夜泣きにも気づかない。

その日は、もう話しかけることもできず、気まずいまま、眠りました。

4、高速道路で、涙が止まらなくなった

翌朝。

こんな日でも、ルーティンは変えられないんです。朝5時に起きて、5時半には支度が終わる。

寝ている二人に、「行ってきます」と言いました。

——誰も、返事をしてくれません。寝ていますから。

車に乗って、高速道路を走っていた、そのときです。

突然、涙が出てきました。

昨日のことがフラッシュバックしてきて、うわーっと、涙が出てくる。理由が、自分でもよくわからない。でも、止まらない。

慌てて、路肩に車を止めたのを、覚えています。

「俺、なんで泣いてるんやろ」

悔しいのかな、とも思いました。確かに、悔しかった。認められなかった涙でもあった。でも、それと同時に、心の底から湧いてきた問いが、これでした。

「俺、一体、何のために仕事してるんやろう」

僕は、家族を幸せにしたくて、必死に稼いだんです。お金を持って帰ったら、幸せになってくれると思っていた。

がむしゃらにやって、こんなにあったのに——

「幸せじゃない」と、言われた。

「この家で幸せなのは、あなた一人だけや」と言われた。

……え? 他のみんなは、幸せじゃなかったの?

今思えば、僕は「マネーゲーム」を楽しんでいたんです。やればやるほどインセンティブが増えて、周りから認められて、自己肯定感が上がっている気がしていた

でも、その数字は——僕が一番望んでいたはずの「家族の幸せ」と、反比例していたんです。

5、病室の花束が、枯れていった

もう一つ、あの時フラッシュバックしてきた光景があります。

僕は抗がん剤を扱うMRだったので、余命宣告を受けて入院してくる方を、たくさん見てきました。

その中に、ある会社の取締役の方がいらっしゃいました。一生懸命働いて、上り詰めた方です。

入院された当初、病室は花束でいっぱいでした。「また元気になってください」「帰りを待ってますよ」——たくさんの人が、お見舞いに来ていました。

でも、病気を理由に、取締役の任を解かれた。肩書きが、なくなった。

——その瞬間から、何が起きたと思いますか?

病室の花束が、一気に、枯れていったんです。

誰も、お見舞いに来なくなった。任を解かれた瞬間の、人が離れていく速さ。今でも忘れられない光景です。

そして——その方のご家族は、一度も、お見舞いに来なかったそうです。

それを見て、思いました。

「……俺、絶対、こうなるな」

お金はいっぱいある。でも、病気になった瞬間、友達も仲間も、誰一人いなくなる。最後の最後に、こんな末路が待っている。

家族のためと言いながら、家族を犠牲にする。

本末転倒とは、このことでした。

だから僕は、働き方を変えたんです。量では、もう戦えない。このままの戦いを続けたら——家族が、終わる。

昨日お話しした「時短」は、ここから始まりました。

そして、これが一番大事なことなんですが——順番なんです。

僕は、売上を上げるために時短したんじゃない。

家族を失いたくなくて、時短した。

その結果、たまたま、売上がついてきた。それだけなんです。

6、あなたは、誰かを後回しにしていませんか

今日の問いを一度自問自答してみてください。

あなたは今、「誰かのため」に頑張っているつもりで——その誰かを、後回しにしていませんか?

一番大事なはずの人に、一番しんどい思いを、させていませんか?

僕みたいに、泣かれてからでは、遅いんです。

いや——正確に言うと、泣いてくれる人は、まずいません。多くの場合は、静かに離れていきます。最近「静かな退職」という言葉がありますが、「静かな離婚」もあるんです。気づいたら、家から物がなくなっている——そういう形で。

僕は、あのとき泣いてくれた妻に、今でも感謝しています。あのとき言ってくれなかったら、僕は絶対に気づけなかった。あのまま働き続けて、あの病室の光景が、僕の末路になっていたと思います。

人は、頑張る方向を、簡単に間違えます。

だからこそ、たまに立ち止まって、確かめてほしいんです。その頑張りは、誰のためか。その誰かは、今、笑っているか。

……ただ、正直に白状します。

僕は、このとき「心を入れ替えた」つもりでした。

でも、実は——この後も、僕は「間違った頑張り」を、やめられなかったんです。

仕事の話に戻りますが、僕はこの後、昇進試験に落ち続けます。そして、上司にハッとする一言を言われる。

天狗になって、調子に乗っていた自分に、気づかされる出来事——。

次回、その話をします。フォローして、お待ちください。

今日は、重たい話に最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。

もし今、「頑張ってるのに、結果が出ない」「頑張ってるのに、満たされない」——そんな感覚があるなら。頑張る方向を、一度、一緒に確かめてみませんか。

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それでは、また明日、第4回でお会いしましょう。

-文字だけではなく、音声で聴きたい人のために-


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