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ゆづと仙台とゆるゆる語る71

 お久しぶり、って言うくらいちょっとブログを休んでました。
もちろんnottestellata2026 のためです。
1日目はライブビューイングを見て、二日目は県外からの友達が来仙するんで、市内をあちこち回って、友達は疲れただろうな。でも楽しんでくれてよかった。中央通りのサンドさんとの大きな看板、ダイエー、じゃない、イオン前のゆづが二人、まずこれを見せないとね。
そこから泉へ移動、アイリンへ向かい、何しろ県外から来てアイリンを見ないことにはね。ここで夜に1人で練習を重ねているのを想像して、その後七北田公園に行ってゆづ桜を、まだつぼみもない桜だけど、ここ数日暖かくなってるので、4月には咲くかな。
そして戻りがてらゼビオアリーナ仙台へここで杮落としをしたんだよ、と中へは入れないので外から眺め、お向かいのぐりりがいる東日本放送へと、、
ガーーン、営業時間が終わってました。
初日は仙台ではよくあるあるで、強風で列車が止まったり大変な思いをして利府までたどり着いただファンの方達、お疲れ様でした。
かといって、ゼビオアリーナでは人数的に少ない収容なので、市内にもっと大きな施設を作ってほしかった。

その前に、今日は15年目のあの日。
電気も止まりラジオから状況を聴くだけ。
雪がちらつく日でした。
海岸沿いが地獄のようなことをまったく知らなかった。
けれど、コンビニに寄ったら品物はだいぶ減っておりまたが、そこで聞いた深沼で津波が7m来たとかって聞いて、まさか!なんて思ってたら、やっとテレビが見られた時に事実とわかり、茫然となり。
家はとんでもなく泥棒が家に入ってぐちゃぐちゃにされたかと思ったくらい
テレビも壊れ、ま!電気も通らないから無事であっても見れないからね。
水道は無事だった、ガスはプロンパンガスだったから火は使えた。
あの時、notteのグッツがあればなあ、なんて思うのはわがまま?







いろんな思いや、立場の方が羽生結弦さんの公演を楽しみに生きてます。

にゃちだーやさんもnotteへ行ったのですね。やっぱ、外せないですよね。

それで最終日に行ったんですが、なんと前の席に人気ブロガーさんが観覧されました。始まる前に背が高いので見えない時は言ってくださいね、と丁寧意に仰ってくれて、でもまったくそんなこともなくちゃんと見れました。
わざわざ気をつかって、ありがとうございました。



こんなことがあったなんて、知らなかった。
大阪から仙台まで、長距離って簡単に言えない。
そういえばあの時、見慣れないナンバーの消防車や警視庁のパトカーまで走ってた。本当に未曾有の災害に日本全国から集まってくれたんだと、心がホッとしたというか、大丈夫だって思ったな。

久し振りのテレビ録画、ちょっと操作を間違えてみんなに送る分が無くなった。ここからゆづのインタビューが見られるから、これで許して。


何もできないこと、かあ。哲学的なことだけど、祈るほかないこの現状は。
でも、そこから立ち上がることを学んだことは、はじめの一歩、かな。
その手引きをしてくれたのは、ゆづ、羽生結弦さんですね。

毎年わすれないでと、忘れちゃいけないよ、と警鐘を鳴らしてくれる大事な日。3月11日。

台湾の方からの寄付に、本当に助かりました。
心からお礼を申し上げます。



猫さん、良かったー!!
1匹だけでも助かった?!!

ということで、本日は久しぶりに戻ってきたので、つらつら書きました。

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