上坂すみれさんのプーチン観を改めて見つめ直す
2017年の文春オンラインのインタビューで、声優の上坂すみれさんがロシアのプーチン大統領について語った言葉が、今でも心に引っかかっている。
「プーチンの実力主義は曹操的」「プロパガンダが上手」「虎と写ってカレンダーを出しているのもすごい」「ロシアはツァーリと民衆の国」。そんな趣旨の発言だった。
上坂さんは、ロシア文学や軍歌、民俗文化に精通し、ロシア語も話す。単なる通りすがりのカルチャー好きではない。ロシア留学も経験している彼女が語る言葉には、かなりの知識と経験の裏打ちがある。だからこそ、この発言が引っかかった。おそらく、そのとき彼女は軽いノリで語ったのだろう。だが、そこにある無邪気さが、逆に私たちの「見る目の責任」を問うてくるように思えた。
この発言は、2014年のクリミア併合から3年後に出ている。クリミアの一方的な編入とともに、ロシアはウクライナ東部のドンバス地方にも軍事的な介入を進めていた。いわゆる「リトル・グリーンメン」と呼ばれた正体不明の武装勢力が現れ、分離派の蜂起と内戦状態が作られていった。これは事実上、ロシアがウクライナの主権を踏みにじり、既存の国際秩序に対してあからさまな挑戦を仕掛けた出来事だった。
選挙制度の形骸化、反体制派の暗殺未遂、国営メディアによる情報統制も当時報じられていた。そうした文脈の中で、「プーチンは民衆が求める指導者だ」という語りが登場したことに、どこか居心地の悪さを覚えてしまったのは、私だけではないと思う。
もちろん、上坂さんが政治的な支持を表明したわけではない。むしろ、文化的な文脈で「リーダー像」を語ったにすぎないと言える。それでも、このような発言は、文化の枠に収まらない意味を帯びてしまう。なぜなら、指導者の「キャラクター」や「イメージ」は、それ自体が政治的なツールとして機能するからだ。
国際関係論の構成主義という立場では、国家の行動は単なる利害や軍事力だけで決まるのではなく、「意味」や「アイデンティティ」が重要な役割を果たすと考える。プーチンが虎と写ったカレンダーを発行するのも、単なる遊び心ではなく、「私は強い。国家を守る存在だ」というイメージを社会に繰り返し刷り込む戦略的行動だ。
その「ナラティブ(物語)」を支えるのが、国内のメディアや教育、そしてときに国外からの文化的言説だったりする。だからこそ、どんなに親しみを込めて語られたものであっても、強権的リーダーへのリスペクトには、それなりの慎重さが求められるはずだ。
また、彼女は「民がこういう指導者を求めている」と語っていたが、これもまた議論の余地がある。プーチン政権はメディアを統制し、選挙の選択肢を事実上制限し、反対派を弾圧してきた。そうした環境下での「支持」は、民主主義的な意味での「選ばれた指導者」とは言い難い。国際関係論においても、国内の政治体制と国家行動の関係性は重要な分析軸であり、抑圧的な政権による国際的な侵略行動が、しばしば内部統治と連動していることは多くの研究が示している。
つまり、プーチンが「支持されているように見える」のは、民が本当に彼を求めているからではなく、他の選択肢が潰されてきた結果にすぎない可能性がある。そこにあるのは「選択」ではなく「強制」であり、「求める」というより「仕方がない」のかもしれない。
私は、上坂さんを人格的に否定したいわけではない。むしろ、かつての私は彼女の熱意と知識に惹かれていた。ロシアという複雑な国への愛情を、ポップカルチャーを通じて伝えるその姿勢に、ある種の敬意すら抱いていた。しかし、このインタビュー記事に触れたとき、私はファンでありながら、彼女に対して初めて「危うさ」を感じた。そして、その瞬間から、どこか距離を置いてしまった自分がいた。
それは、国際秩序を重視する者としての、ある種の倫理的防衛反応だったのかもしれない。ロシア文化を愛することと、現実の権威主義政権を称賛することは、やはり峻別されなければならないのだと。
エンタメの世界で語られる言葉が、現実の国際政治に与える影響は決して小さくない。とくに「強いリーダー」や「民衆の支持」といったイメージは、時にそれ自体が独裁を正当化する根拠として機能する。ムッソリーニもヒトラーも、同じ言葉で称えられていた時期があった。
だからこそ、私たちは問わなければならない。「そのリーダーの『強さ』とは、誰にとっての強さなのか?」「そのイメージの裏に、誰の声が消されているのか?」と。
カレンダーの中のプーチンは、たしかに雄々しく、象徴的で、ある種の魅力を放っている。だが、その背後で、反体制派が投獄され、国外へ逃れていく人々がいる。その事実を忘れて、「文化」としてだけ語ってしまうことは、私たち自身がプロパガンダの一部になってしまうことと紙一重だ。
文化の力は、国家を超えて人々をつなぐ。その美しさを守るためにも、政治の現実には目をつぶってはいけない。そんな思いを込めて、今あらためて上坂さんの言葉を見つめなおしている。
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