見出し画像

2021.7.25 今日の音🔬|言葉の裏に隠れているもの

どうも、小沢佑太です。
昨日久しぶりにお酒を嗜みました。
あれですね、コロナになってから極端にお酒の量が減ったのと、多分後遺症で疲れやすくなっているのもあるんでしょうね、めっちゃ酔いやすいです😅
noteを朝の時間に書き切れなくなるかな?ぐらいの微妙な寝坊をかましました。

というわけでおはようございます☀️
朝からどこでピアノ!?と思いきや、公園でラジオ体操でした。
ステキです。ラジオ体操にそこまで良い思い出がないので行く気にはなれませんが、良いですね。ステキ。

突然ですが、ここまでならべた言葉に他意はありません。僕の好きな鯛ではありません。他意です。他の意味とかそういうやつです。

ただ、この世界にはいろんな他意でまみれているよなあと思う今日この頃です。
発言者自体がその意図を持っているつもりはなかったとしても、実は掘り下げていくとその言葉はこういう意味を持っているのかもね、とか、その言葉の本質はここにあるけど大丈夫?みたいなことが多々あるような気がします。

こっから具体例をあげていきますね。
過去の僕が使っていた言葉たちです。

「キミのために言ってるんだよ」
「彼らの気持ちを尊重しようよ」
「わかる人とわからない人がいる」

パッと思いついた言葉たち。
どこにでも転がっているような言葉だし、これらを使っちゃダメって言っているわけではありません。ただ、これらの言葉には見えにくい本質が隠れているよ、それを分かった上でその場と状況に応じて使おうぜ、って話です。

まず上から。
「キミのために言ってるんだよ」
すっごい真顔で本気で言われたら、それが原動力になって動き出せる人もいるかもしれません。そういう人は真っ直ぐこの言葉を受け取って走り出してください。
今回フォーカスしたいのは、この言葉に引っかかる人たち。
「キミのために言ってるんだよ」
非常に便利で聞こえのいい言葉ですが、これは本当は誰のために言ってるんでしょう?
それこそ状況によりけりなのかもしれませんが、わざわざこの言葉を口に出して「キミ」本人に伝えてしまう場合、大抵は発言者自身のために言っている節があるように思います。聞こえのいい言葉を使いながら、最後に相手に責任を譲渡し、私は親切心で言っているんだという建前を突きつける。けれどこの中に隠れた想いは自分のメンツを保つためとかやりたいように動かすためとか、そういう感情が含まれていたりしないでしょうか?話者に該当する、以前の僕みたいな方は、一旦立ち止まって心に手を当てて考えてみてください。それをわざわざ口に出してしか、相手に伝える方法はありませんか?その真剣さは本当に相手を思ってのことですか?偽物は刺さりません。百均のナイフはあんまり切れません。そういうもんです。
逆にこの言葉を突きつけられたことのある人は、本当にそのまま素直に鵜呑みしていい場面ですか?疑ってもいいんです。悩んだら、できるだけフラットに聞いてくれる人に相談するのがオススメです。浮かばなければ、僕とお話しましょう。

次は真ん中。
「彼らの気持ちを尊重しようよ」
これは場面限定なんですけど、会議です。
何かが決まらなくて、大義名分でこの言葉を掲げて、誰かさんに責任をなすりつけようとする人がどこの世界でも一定数います。その相手が責任を取る役割のある人ならいいんです。むしろある組織なんかはもっとそこちゃんと言ってくれよ責任者、って思わないでもないですが😅
この話を持ち出すと自分が火傷を負いそうなので一旦戻ります。
「彼らの気持ちを尊重しようよ」
ってめっちゃ聞こえはいいし、ファシリテーションなんかしていると。そう言われたらここまでの自分が尊重できていない、間違っているみたいに思ってしまいそうですが、実際そんなことはありません。本当にそう思うなら「尊重」とはどういうことを意味するのかをもっとちゃんと議論したほうがいいかと思います。
形だけの尊重で、実際は決めあぐねて格好がつかないからその名目で決定責任を放棄しているだけの可能性があります。不必要に心を痛めなくていいように、発信者も受信者も言葉の裏にある意味を考えつつ対話できたらいいですね。

最後に一番下。
「わかる人とわからない人がいる」
これ僕いまだに言っちゃってる時ありますが、場面として多いのは表現活動においてです。例えばお芝居とか。よくやってましたね、「20%ぐらいの人が気づいてくれたらいい演出」みたいなのを忍ばせるんです。
これが効果的に働くのには一定の条件があるんです。
それは、仮にそう決めたとして、残り80%は気づかなくても楽しめるよう設計すること、それによって引っ掛かりを覚えて物語から脱線してしまう人が出てこないこと、などなど。簡単にまとめると、少数派に絞って価値提供するのなら、最初からその人たちだけを呼び寄せるか、あるいは混在するなら多数派を蔑ろにしない演出にしろよって話です。

熱が入りすぎて急にお芝居の話になってしまっています、失礼。

「分からなくてもいいんです」は、説明責任の放棄な気がするんです。
これ以上は言葉では伝えられないし、わかる人だけでいいよって、観に来てくれたお客さんをこちら側が選別する権利はあるのでしょうか?
万人ウケするものをつくれと言っているのではありません。
「分からない人がいる」という前提で物語を紡いだり大人数に何かしらを提供するのなら、その先のことも考えておかなきゃねってことです。何人ぐらいが分からないまま進んでいくことになるのか、そうなった場合その後の展開としてどんなことが考えられるか、など。ちゃんと寄り添って、本当に伝わらなくていいのか、疎外された気分にならないのか、みたいなところまで考えておく必要があるように思います。

考えすぎでしょうか。考えすぎでしょうね。
考えるのが好きな性分でして😅

いつもいつも、言葉の裏の本質を見ろというわけではありません。
だけど、綺麗な言葉ほど、案外自他ともに気づかぬドロっとした本質が隠れてしまっていたりするんです。
丁寧に、やさしく、そのドロリを因数分解して取り除けるといいなあと思います。

もう少し優しい世界になりますように✨

2021.7.25、朝のうちに書き切れました〜!2500字😳

p.s.
🙋🏻‍♂️小沢佑太の自己紹介です!👇


🎭8月21日(土)〜23日(月)
zoomでのオンライン公演に役者として出演します!!
■チケットはこちら
▶︎ https://www.quartet-online.net/ticket/yasaseka08pet?m=0rihedi

■詳細はコチラ
👇


🎭小沢とお芝居について👇


✍️note毎日投稿のタイトル「今日の音」について👇


💫ここまでスクロールしてくださってありがとうございます!
今後ともよろしくお願いします☺️

いいなと思ったら応援しよう!

小沢佑太⛈️ 最後まで読んでくださってありがとうございます♪ 現在は日々の気づきを毎日綴っています。 2022年に劇団を立ち上げ、その運営を行う中での気づきや成長日記にすることを目指しています。 もしよろしければ、今後の活動をサポートしていただければ幸いです☺️