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2021.2.24 今日の音1️⃣|過去は全て“あやまち”である

過去と共に生きると決めた。

こんばんは、昨日引きこもってたおかげか、今日鼻は耐えました。目が腫れて腫れて最悪でしたが…
#相変わらずのvsスギ花粉

さて、今回は少し挑戦!
今までやったことのない試みをやってみます。今日と明日、明後日の記事を3部構成でお届け致します!
よろしければ明日、明後日も引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

ちなみにテーマはこんな感じ。
①「過去と共に生きる」(今日)
②「偽らずに生きる」(明日)
③「無理せずに生きる」(明後日)

今日は自分の過去と、明日は自分の今と、明後日は自分の未来と向き合います。

というわけで、今日は過去。
早速ですが、「過去」は「過」ぎ「去」りしものと書きます。あと、「過」は「あやまち」とも読みます。

過ぎ去ったもの…去った過ち…。
あの日体験したことは、あの日感じたことは、僕はあれを「過去」と言い切れていたんでしょうか。
立ち止まって考えると、よくわからなくなります。
果たして本当に過ぎ去ったものとして捉えられているのか、わからなくなります。
ちゃんと今の自分よりも過ぎ去っていたのか。未だ此処に残っているんじゃないか、そんなような気もします。だから前に進めないとか、後ろを振り向くとか振り向かないとか言っちゃうんじゃないかなとか、考えます。

もうね、嫌なんです。あの時の自分が辛くて仕方なかったんです。昨年、「明日」のことしか考えられなくて、何も見えなくなって、必死に明日生きることだけ考えてました。なんか、普通のことなのかもしれないんですけど、昔からずっと先まで想像・計画して進んで生きてた自分にとって、ほんとに半分死んだみたいな生活でした。「昨日」が過ぎ去ったものになるどころか、今日とか今にも追いつけてない状態でした。自分の明日以上のこと考えれなくなると、不思議なことに他人の未来も見えなくなるんです。めちゃくちゃでした。誰かの明日未満しか考えられないんです。たくさん過ちを犯しました。僕が僕に対して感じる以上にしんどい思いをさせてしまったんだろうなと今ならわかります。当時はもう、自分の明日すら見えなくなってました。もちろん、誰かの明日なんて見えるはずがありませんでした。

今はどうかな。ちょっとは変われてるのかな。変化を実感するのはとっても難しいです。変わっていたらいいなとは思います。変わりたいって常々思います。あのとき言えなかったこと、あのとき嘘をついたこと、あのとき誤魔化したこと、あのとき、あのとき……、あのときがもう一度訪れるとすれば僕は、きっと過去と同じ選択はしないと思う。したくない。そのために今、必死でこうやって書いてます。必死で続けてます。必死でもがいてます。少しでも少しずつでもあの日の僕を改めたくて。あの日の僕を超えたくて。あの日の僕に寄り添いたくて。あの日の僕を助けたくて。

過ぎ去りしものを改める。
過去は、しばしば思い出と表現されます。思い出の前に付く形容詞は「よい」も「悪い」もあります。
過去は、しばしばトラウマと表現されます。トラウマは「悪い」思い出にとらわれたものなのかもしれません。
過去は、去った過ちと書きます。「あやまち」の後に続く動詞の代表例は「犯す」です。過ちは善悪で分類するならば悪です。

過ぎ去りものは全て過ち。すなわち過去は全て悪いもの。

一見、超絶ネガティブ野郎発言かもしれません。
でも、これスーパーポジティブシンキングかもしれません。

過ぎ去りものは全て過ち。すなわち過去は全て悪いもの。
つまり、過去は全て改善できるもの。

あの日笑えた時間も、あの日ともに汗水垂らした時間も、あの楽しかった思い出も、あの本気で向き合った時間も、あんなに楽しかったけど、あんなにステキなものだったけど、あれら全て過ち。過ちと捉えて差し支えない。だって、今の僕はあの時間を超える「よい」時間を生み出せるから。再現、いや、よりよい時間を生み出すことができるから。

あの辛かった日々、アナタの心を踏みにじった日、アナタを蔑ろにした日、アナタを大切にできなかった時間、アナタに謝ることしかできない自分、アナタを傷つけた言葉、アナタを追い詰めた態度、誰かを失った日、後悔したタイミング、言えなかったこと、偽ったこと、装ったこと、できなかったこと、言いたかったこと、助けてって言えなかったあの時間、他の手段でしか守れなかったこと、そのために人を傷つけたこと、みんな離れていったこと、自分の心を掴んで、引き裂こうとした日、自分が大嫌いに思った日、それでも変われなったあの日、あれら全て過ち。過ちと捉えて差し支えない。だって、今の僕は、今の僕なら、あの時間をもう繰り返さないし、あの時間を超える「よい」時間を生み出せる。大丈夫。よりよい時間を生み出せるから。

これは、過去の自分と現在の自分との間にある、一枚の扉を開く鍵。
この記事は、過去と現在の自分が並んで歩くためのチケット。

過去にとらわれるとか、とらわれないとか、そんな次元じゃなくて、
それで言うともはや隣にへばりついてるからとらわれまくってるのか。
でもね、二人三脚なのです。依存の関係ではなく、支え合いの関係。
互いに軸を持って立っている。共に、歩いている状態。
過去は、過去の自分は、足かせの対象ではなくなりました。
過去の自分は、現在の自分の参考資料
過去の自分は、未来の自分の方位磁石

誰になんて言われても、今の僕は過去の僕を見て聞いて、よりよい選択をする。誰になんていわれても、未来の僕は過去の僕を見て聞いて、これから歩く方向性を定める。過去の自分は僕たちに実験結果を伝えてくれる。僕のそばでいつも、支えていてくれる。隠す必要も偽る必要も誤魔化す必要も、もうない。僕は僕に正直に生きていい。僕は僕に正直に生きられる。

僕が嫌だったのは、僕が大嫌いだったのは、正直に生きられなかった自分。
自分に正直に生きられなかった時間。
なぜ?
他者に偽る日々だったから。それが苦しくて醜くてつらかったから。
だからまずは、
自分に正直に生きていきたい。

過去の僕を僕はもう塗りつぶさなくていい。
過去の僕は僕の隣にいてくれる。
過去の僕が去ったものを「過ち」として持っていてくれる。
過去の僕に僕は感謝を伝えたい。ありがとう。
過去の僕と僕は生きていく。よろしくね。
過去の僕の叫びを僕は今受け取れる。大丈夫。

過去の僕を殺さずにすむように、
過去の僕を生かして歩いていく。

やっと隣に感じることができました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2021.2.24、過去の自分と二人三脚で共に生きる決意表明


p.s.3部構成2つ目、現在の自分について👇

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小沢佑太⛈️ 最後まで読んでくださってありがとうございます♪ 現在は日々の気づきを毎日綴っています。 2022年に劇団を立ち上げ、その運営を行う中での気づきや成長日記にすることを目指しています。 もしよろしければ、今後の活動をサポートしていただければ幸いです☺️