生きてるだけで丸儲け

「生きてるだけで丸儲け」

明石家さんまさんの名言として知られるこの言葉を、学生の頃は正直、あまりピンときていなかった。

「そりゃあ、命があるのは大切なことだけど、人生ってそれだけじゃないでしょ」と思っていた。
でも、歳を重ねて、子どもを持って、毎日の暮らしのなかで喜怒哀楽のすべてを味わうようになった今、この言葉の意味が、じわじわと沁みるようになってきた。

僕は毎朝4時に起きる。
静かな時間にひとりで仕事をしたり、考えごとをしたり、自分を整えるための大切な時間だ。
でも、子どもたちが起きてからは、バタバタの時間がスタートする。

今日の朝も、いつも通りの慌ただしいスタートだった。
小学生になった朝陽(あさひ)は、寝起きがちょっと不機嫌。保育園に通う陽潤(はるん)は、元気すぎて、こっちの準備が追いつかない。
「ごはん食べて!」
「朝の勉強は?」
「時間ないよ!」
そんな声が家の中に響き渡る。

バタバタと準備を終え、玄関で「いってきます」の声を交わし、ふとリビングに戻ると、テーブルの上に残っていた小さなおにぎりが目に入った。朝陽が残したものだった。

思わず苦笑しながら口に運ぶ。ほんの一口分。
だけど、不思議なことに、そのおにぎりが、なんだかやけにしみる。「あぁ、今日も生きてるなぁ」って、心の底から思った。

うまくいかないこともある。
仕事でミスをすることもあるし、家庭でもぶつかることはある。子どもに怒ってしまって、自己嫌悪になる夜もある。でも、こうして目が覚めて、ごはんを食べて、家族と笑って泣いて、また一日が始まっていく。

それって、実は奇跡みたいなものなのかもしれない。
そう思えるようになったのは、何も「悟りを開いた」からじゃない。ただ、僕が今こうして笑ったり悩んだりできているのは、「生きているから」なんだ、というシンプルな事実に、ようやく気づいただけのこと。

生きているから、出会える。
生きているから、迷える。
生きているから、変われる。
生きているから、愛せる。

朝陽が赤ちゃんだった頃、夜中に何度も起きては、泣き声に対応していた日々。
陽潤が生まれてから、ますます寝不足になった日々。
それでも、子どもたちが「パパ」と呼びかけてくれるだけで、「あぁ、生きててよかった」と思える瞬間がある。

そんな時間が、今も、ここにある。

ふとしたことで命を落としてしまうニュースを目にするたびに思う。「もしかしたら、自分や家族がそうなっていたかもしれない」と。

だからこそ、今日という一日がちゃんと始まり、無事に終えられるだけでも、それはもう「丸儲け」なんだと思う。

“特別なこと”がなくたっていい。
“成果”なんてなくてもいい。
“勝ち組”じゃなくたって、全然かまわない。

生きていれば、またやり直せる。
生きていれば、誰かと笑い合える。
生きていれば、大切な人を抱きしめられる。

そのすべてが、生きてるってことの“恩恵”だ。

子どもたちは、まだ「生きてるだけで丸儲け」の意味なんて知らないだろう。きっと、「丸儲けってなに?」と聞いてくる。
でも、いずれわかる日が来るかもしれない。その時に、「あぁ、パパが言ってたのってこういうことか」って思えるような日常を、積み重ねていけたらいいなと思う。

今日も、ありがとう。
そして、明日も、どうかみんなが生きていますように。

ここ数年、神社に行くと、神様に伝えることは1つだけ。
「健康で生きられたことに感謝しています。いつも見守っていただき、ありがとうございます。」
それだけで、充分すぎる。
いったん、生きてるだけでいいよね。


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