暖かい場所を失って

よく晴れた日曜日、
私と弟は車を走らせ、おばちゃんが入院している病院へ向かっていた。


「お義母さんが、大動脈解離で手術をしてんけど、
容態が落ち着いたから転院しようとしていた時に、
また具合が悪くなってしまって…
いつ退院できるか分からん状態やから、
宥壬ちゃんには知らせた方がいいと思って」

そうお嫁さんから知らせを受けたのは三日前。

おばちゃんは、私が生まれ育った大阪で隣に住んでいた。

私が二十歳になる頃、大阪から引越してしまったので、
それからは年に1~2回程度しか会えていなかった。


私が子供の頃は昭和だったので、ご近所づきあいが今よりも濃く、
父が亡くなってからは、学校が終わると毎日のようにおばちゃんの家に遊びに行き、飼っているポメラニアンを見せてもらっていた。

おばちゃんは忙しくても嫌な顔ひとつせず、私を迎え入れてくれた。
きっと、9歳で父を亡くした私に寄り添ってくれていたんだと、今は思う。

95歳になったおばちゃんは、私にとっては今でも、
母のような、祖母のような、帰れる家のような、そんな存在。


明るい太陽の日差しとは真逆に、
暗くて重い何かを胸に抱えながら、
高速を走り、病院へと向かっていた。

都会の大きなビルの中にある病院に到着し、受付を済ませ、
案内して下さる看護師さんと病室へ向かった。

カーテンを開けると、ベッドには、
おばちゃんの姿が。


「おばちゃん…」
酸素マスクを付け、辛そうに呼吸をしている。
反応はない。

「今朝からお熱が出てしまって、ずっと眠ってるんですよ」
看護師さんがそう教えてくれた。


潰されそうにぎゅっと苦しくなる胸。
涙が出そうになる。
でも、泣いちゃダメだ。
おばちゃんが頑張っているのに。

そう言い聞かせながら、おばちゃんの手をそっと撫で続けた。

おでこに手を当てて、熱を確かめてみたり、
少し乱れた髪を手で優しく整えたり。

それでも起きる気配はなかった。

時おり、眉間にシワを寄せながら呼吸をしている姿は苦しそうで…

「人の為にばかり動いて、苦労の多かったおばちゃんが、
なんでこんなしんどい目に遭わないとあかんの?」

なんで?

何もできない自分を不甲斐なく感じながらも、
少しでもおばちゃんの温もりを感じていたくて、ずっと手を撫で続けた。

その日は、後ろ髪を引かれる思いで帰宅した。



3日後の水曜日、
その日は息子が病院へ連れて行ってくれるというので、
会社を休み、病院へ向かった。

曇っていた空は、高速を走り出すと、大雨になった。
水しぶきで前が見えないくらいで、とても怖い。

途中、確認もせずに車線変更をしてくる車がぶつかってきそうにもなった。
しかも2回も。

パニック発作が起きそうになるくらい怖かったけど、
早くおばちゃんに会いたいという気持ちから、耐えることができた。


この三日間、
おばちゃんの熱は下がっただろうか?
少しは落ち着いただろうか?と、何をしていても手につかなかった。

病院に着くと、雨はますます激しくなり、車から降りるだけでびしょ濡れになったが、私は構わず、早足で病棟へ向かった。


受付で息子と二人、面会用紙に記入をしていると、受付の方から、
「今日来る事は、ご家族の方には連絡されていますか?」
と聞かれた。

前回は、お嫁さんが病院に話してくれていたので面会がスムーズだったが、今回は何も連絡をしないで来てしまった。

「していません…」
え?会わせてもらえないの?
そう不安になったとき、受付の方が言った。


「あの…、お亡くなりになられて…」


…なんて?

「え...?い、つ、ですか…?」

「申し訳ありませんが、ご親族の方以外には日にちはお伝えできないんです」

どんどん狭くなる視界。
頭が真っ白になる。

おばちゃん…!

顔を思い浮かべたとたん、涙が溢れて苦しくなった。

椅子に座り込み、その場で泣いてしまった。

私の背中を優しく撫でてくれていた息子の手に気付いたのは、
しばらくしてからだった。

少し顔を上げると、他の入院患者さんが目に入った。
あっ…患者さんの前で泣いちゃダメだ。

私は思い切り感情を飲み込んで、涙を止めた。

エレベーターを降りて玄関へ行くと誰もいない。
そこでまた涙が溢れてきた。

私はおばちゃんの家に電話を掛けたけど、
誰も出ない。
お嫁さんの携帯番号も知らない。

何度掛けても、連絡が取れない。

「家まで行ってみる?」
そう息子が言ってくれたので向かう事にした。

家に着き、玄関に目を向けると、おばちゃんの使っていたシルバーカーが置いてある。
足の骨の手術をして、歩くのが辛くても、ひとりでシルバーカーを押しながら郵便局へ行ったり、通院をしたりしていた。

そんなことが思い出され、また息が苦しくなる。

インターホンを押しても、やはり留守だ。

おばちゃん、どこに行ったの…?
今どこにいるの...?

まるで迷子になった子供が、お母さんを探し回るような気持ちで立ち尽くす。


なにも恩返しができなかった。

パニック症じゃなかったら、ひとりでいつでもおばちゃんの所に行けたのに!
なにもできなかった!

もっと早く会いに行っていれば…

そんな後悔ばかりが次々に溢れて、自分が嫌になった。


夜になり、また電話を掛けるとお嫁さんが出た。

「今日がお葬式やったんよ。連絡しなくてごめんね。
お義母さんが家族葬でって言ってたから…
宥壬ちゃんには連絡したらよかったね」

おばちゃんは、私が会いに行った日曜日の夜から具合が悪くなっていったらしい。

その後、おばちゃんの息子さんとも話すことができて、
やっと少し体の緊張が解けた気がした。
すると「近いうちにお線香あげにきてあげて」そう言ってくれた。


明日、おばちゃんに会いに行く。

頭のどこかではまだ信じられていないけど。
ありがとうって言いたいし、ごめんねって謝りたい。

もっと、もっとな何かしてあげたかった。
そんな思いが体中に広がっている。


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宥壬(ゆみ) 持病があっても自立するという夢に向かって、ひとつずつ進んでいます。あなたの応援が、私の力になります。チップで応援して頂けたら、心から嬉しいです💕