見出し画像

「悪者探し」の罠。AI時代に、「利益相反」を調停し、覚悟で旗を立てる思考の型


はじめに

前回は、AIには届かない一次情報の中に飛び込み、そこで「全員が100点になる解は最初から存在しない」と腹落ちしたうえで、誰にどの痛みを引き受けてもらうかを決めるところまで書きました。一次情報を積み重ね、仮説が確信に変わっていくと、その決断は自分の頭の中だけでは終わらなくなります。組織の中で、複数のステークホルダーの「正しさ」が同時に成立してしまう「利益相反」として立ち上がってくるからです。

あなたは最近、誰も悪者ではないのに全員が少しずつ不満を持つ、そんなトレードオフに向き合ったことがあるでしょうか。


1. 「利益相反」は、誰も悪者ではないところで生まれる

事業開発を続けていると、複数の「正しさ」が同時に成立してしまう場面に必ず出会います。

たとえば、あるチームから短期のKPIを伸ばす施策が上がってくる。確かに、その範囲だけを見ればKPIは伸びるかもしれません。しかし、それをやることで全体のKPIは本当に伸びるのか。別のチームのKPIに悪影響を与えるだけでなく、ユーザー体験を毀損し、長期的なUX毀損につながってしまうことはないか。KPIを事業やチームごとに分解して管理している大きな組織では、これは日常的に起きる「あるある」だと思います。新規事業と既存事業のリソースバッティングも同様で、都度どちらを優先すべきかを議論することになります。

重要なのは、この構造の中に「悪者」は存在しないということです。それぞれのチームは、自分たちのミッションに対して正しく振る舞っている。にもかかわらず、全体で見ると矛盾が生まれてしまう。これが、事業開発における「利益相反」の本質だと私は考えています。

第1部で触れた「大人のカオス」を、力で制圧するのではなく、構造として捉え、調停する側に立つこと。それこそが、事業を作る人間の役割だと思っています。


2. 決断の算盤に、難しさの先出しと確証バイアスの補正を乗せる

では、この利益相反をどう調停するのか。私が重視しているのは、トレードオフを決断の「後」に説明するのではなく、決断の「前」に算盤に乗せて先に見せておくことです。

立場や役割が異なれば、そこには常に情報の非対称性が存在する。まずこの前提で考える必要があります。例えば、意思決定を担う立場と実装を担う立場の間では、見ている情報やそもそもの前提が違います。なぜそのトレードオフが発生するのか、そこにズレが生まれるのはむしろ自然なことです。「この機能、AIを使えばもっと早くできないの?」「別の領域では数ヶ月で実現していたのに、なぜこんなに時間がかかるのか」。立場によって前提が違う以上、こうした質問やブロッカーが出てくるのは日常茶飯事です。

こうした情報の非対称性がある場面で私が実践しているのは、事前に「なぜ難しいのか」「その判断を取った場合のリスクは何か」を握っておくことです。しかも、これは一度出して終わりではありません。開発に100%の確実性はなく、進めていく中で想定外の課題が出てくる可能性は常にあります。だからこそ、プロジェクトの特性に応じてマイルストーンを置き、リスクをこまめに握り直す運用が必要になります。

もう一つ、この「先出し」の精度そのものを左右する論点があります。前回、一次情報のヒアリングでは確証バイアスが働くという話をしました。同じことは、トレードオフの見積もりでも起きます。自分が進めたい方向に、都合よく数字を解釈してしまう危険は常にあるからです。

そこで意識しているのは、自分の見積もりが今どちら向きに歪んでいるかを先に自覚し、あえてその逆側の材料を厚めに集めることです。自分の見積もりの歪みは、自分では気づきにくいものです。誰かがある案に傾いているのを感じると、自分の見積もりも無意識にその意向側へ寄っていく。だからこそ、意識して逆側の補強ロジックを厚めに集めておく。反対に、自分がどうしても通したい案があるときほど、実は一番危険です。その時は反対側の材料を自分から集める側に回ります。

歪みの向きは、場面によって変わります。

だから、どちらに振るかを決める前に、いまどちら向きの力がかかっているのかを見ておくことが要点だと思っています。

さらに、自分一人で結論を出すのではなく、他機能組織のマネージャーやリーダーに複眼で意見をもらうことも有効です。
AIが使えるようになってからは、AIを壁打ち相手にして、あえて異なる立場から批判的な意見を出させ、それぞれの論点をぶつけ合わせることで、各組織・各立場での論点を潰すようにしています。確証バイアスは、意志の力だけで完全に防ぐのは難しいものです。だからこそ、複眼とAIをバイアス補正の仕組みとして構造に組み込んでおく。
これが決断の算盤の精度を上げる型の1つだと考えています。


3. 泥を被る覚悟を、意思決定の質のバロメーターにする

しかし、どれだけ複眼で検証し、算盤の精度を極限まで高めたとしても、100%の正解が導き出されることは決してありません。事前のロジックには必ず限界が来ます。

私は、事業を作る人間の役割とは、今ある情報で組み立てたロジックから仮説を立て、正解が見えないカオスの中であるべき未来に向けて旗を立て、チームを鼓舞しながら前に進むことだと考えています。

「わからない」「これで合っているか不安だ」というスタンスのまま意思決定すると、チームは不安になり、ついてきてくれなくなります。

だからこそ、最後は何があっても自分が泥を被り、成功させる覚悟で意思決定すべきだと私は思っています。逆に言えば、泥を被れないと感じる意思決定は、検証やリサーチがまだ不十分であることのシグナルだと捉えるようにしています。「この決断で泥を被れるか」を、意思決定の質そのものを測るバロメーターとして使う、という型です。

とはいえ、机上でいつまでも調べ続けていても、意味はありません。徹底的に調べ、覚悟が持てるところまで来たら、あとは仮説検証をしながら前に進む。想定と違えばピボットすることもある、という前提です。ただ、私が意思決定において唯一崩さないようにしているのは、「向かう方向」そのものです。大方針だけは踏み外さない。それが、正解のない中で旗を立てる者の責任だと思っています。

ただ、覚悟は自分の腹の中だけにあっても機能しません。痛みを引き受けてもらう相手に、なぜその未来に向かうのかを自分の言葉で語れるかどうか。正しさを並べるだけでは人は動きません。痛みは伴うけれど、その未来のためなら一緒にやってみよう。そう思ってくれる仲間をつくれるかどうかが、決断が実際に動きだす最後の条件だと考えています。


結びに

新結合の発想でWhy Nowを掴み、一次情報の中で誰のどんな課題かを掴み、利益相反を調停し、覚悟を持って決断する。事業を作る人間の型を、この3回で問い続けてきました。この経験を重ねるほど気づくのは、個々の決断の質だけではありません。決断がしやすい構造そのものを、事前に設計しておくことの重要性です。本当に強い事業は、1人の魔法使いに依存しません。次回からは、個々の決断を超えて、誰もが決断できる組織をどう築くかに踏み込みます。

同じような構造に心当たりのある方は、ぜひXのDMでご連絡ください。

https://x.com/YuyaTachibana_R

いいなと思ったら応援しよう!