トマス・アクィナスの神観
アクィナスの神を理解しようとすると、多くの人が戸惑います。
なぜなら、
私たちが一般的にイメージするキリスト教の神とはかなり違って見えるからです。
キリスト教の神というと、
・ 人間を愛する
・ 人間に語りかける
・ 喜ぶ
・ 怒る
・ 悲しむ
といった人格的な存在を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかしアクィナスの神は、そのような人間的なイメージからかなり距離があります。
アクィナスにとって神とは、まず何よりも
「存在そのもの」
だからです。
彼の神観の出発点は、
「神はどんな感情を持っているのか」
ではありません。
「なぜ何かが存在しているのか」
という問いです。
──
存在してもいいし、存在しなくてもいい
アクィナスは、まず世界のあらゆる存在に注目します。
人間。
動物。
植物。
星々。
それらはすべて、
存在してもいいし、存在しなくてもいい存在
です。
私たちは生まれなかったかもしれません。
恐竜は滅びました。
星もいつか消滅します。
世界にあるものは、存在が必然ではありません。
存在しない可能性を持っています。
アクィナスは、そのような存在を偶有的存在と呼びました。
すると次の問いが生まれます。
なぜ何もないのではなく、何かが存在しているのか。
ここからアクィナスの神観が始まります。
──
神は原因ではなく根拠
アクィナスの神は、しばしば「第一原因」と呼ばれます。
しかし、それを世界の最初にあった原因と理解すると誤解になります。
神は世界の中の一つの原因ではありません。
世界を最初に押した存在でもありません。
神は、
存在そのものの根拠
です。
神が存在を与えているから世界は存在しています。
もし神が存在を与えるのをやめれば、
宇宙は爆発したり崩壊したりするのではなく、
存在そのものが消滅します。
アクィナスにとって神とは、
世界の背後で存在を支えている究極の根拠なのです。
──
超越と内在
アクィナスの神は世界の一部ではありません。
宇宙のどこかにいる巨大な存在でもありません。
神は世界を超えています。
これが超越です。
しかし同時に、
神は世界のあらゆる存在を支えています。
この瞬間も存在を与え続けています。
これが内在です。
神は世界そのものではない。
しかし世界は神なしには存在できない。
アクィナスの神は、
超越と内在を同時に備えた存在です。
──
神の単純性
アクィナスの神には複雑な構造がありません。
身体もありません。
感情もありません。
無意識もありません。
部分の集合でもありません。
彼はこれを
神の単純性
と呼びました。
神は完全に一つです。
人間のように様々な要素から構成されていません。
──
人格・知性・意志
アクィナスは神を人格神と呼びます。
しかし、その意味は私たちが普段考える人格とは大きく異なります。
神は怒りません。
悲しみません。
気分も変わりません。
なぜなら変化は不完全さを意味するからです。
神は完全であるため、変化しないのです。
それでもアクィナスは神に知性と意志を認めます。
ただし、その意味は人間とは違います。
知性とは学ぶことではありません。
神は最初から完全であり、何かを発見する必要がありません。
意志とは欲望ではありません。
神には欠けたものがないため、何かを欲しがる必要もありません。
ここでいう知性や意志は、人間の心理状態ではなく、完全存在としてのあり方を表しています。
そのためアクィナスのいう人格・知性・意志は、私たちが日常で使う意味とはかなり異なります。
──
類比という考え方
ここで重要になるのが、
アクィナスの「類比」という考え方です。
例えば、
「神は人格を持つ」
と言うとき、
神の人格と人間の人格は同じ意味ではありません。
しかし全く別の意味でもありません。
似ているが同じではない。
これが類比です。
知性も意志も同じです。
私たちは人間の言葉でしか神を語れません。
しかし神は人間を超えた存在であるため、その言葉の意味も人間の場合とは異なります。
──
哲学と宗教の接点
アクィナスは哲学者であると同時に神学者でした。
彼の問いは、
「なぜ世界は存在するのか」
という哲学的な問いから始まります。
そしてその究極の答えとして神を置きます。
そのため彼の神観は、
一般的な宗教の神の説明というより、
存在そのものを説明しようとする壮大な存在論として読むことができます。
アクィナスの神とは、
世界を監視する存在ではありません。
世界を支配する独裁者でもありません。
世界を成立させている根拠です。
存在してもいいし、存在しなくてもいいものが存在している。
その不思議さを最後まで追究したときに現れるのが、アクィナスの神なのです。
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