アクィナスとスピノザの神観の違い
神について語るとき、アクィナスとスピノザはしばしば並べて論じられます。
どちらも世界の背後にある究極的な存在を考えた哲学者ですが、その神観は大きく異なります。
アクィナスの神
アクィナスにとって神は、世界を支える究極の根拠です。
ここで誤解されやすいのは、「神が世界を作った原因である」という理解です。
私たちは原因というと、ビリヤードの玉が別の玉を弾くような出来事を想像します。しかしアクィナスの神は、そのような世界の中の一つの原因ではありません。
神は世界の外にあり、世界そのものが存在できる根拠です。
もし神が存在しなければ、宇宙も、自然法則も、私たち自身も存在することができません。
神は何かを押したり動かしたりしている存在ではなく、すべての存在を成立させている根拠なのです。
しかし、アクィナスは神が単に世界の外側にいるだけだとは考えませんでした。
神は世界を超えた存在であると同時に、世界のあらゆる存在を支えている存在でもあります。
これを神の「超越」と「内在」と呼びます。
神は世界そのものではありません。しかし、神がなければ世界は一瞬たりとも存在できません。
神は世界の外にありながら、あらゆる存在の根拠として世界の中で働いているのです。
スピノザの神
これに対してスピノザは、神と自然を同一視しました。
有名な言葉に、
「神即自然(Deus sive Natura)」
があります。
スピノザにとって神は世界の外側にいる存在ではありません。
宇宙そのものが神です。
山も海も、人間も動物も、星々も、すべて神の現れです。
神と世界は別々ではなく、一つなのです。
そのためスピノザの思想は「汎神論」と呼ばれます。
最大の違い
両者の違いを一言で表すなら、
神と世界を区別するか、しないか
です。
アクィナスは神と世界を明確に区別します。
神は世界を超えた存在でありながら、世界の存在を支える根拠として内在しています。
つまり、
超越と内在の両方を認める
立場です。
一方、スピノザは神と世界を区別しません。
世界そのものが神であり、神そのものが世界です。
そのためスピノザには超越という考え方がありません。
神は世界の外側には存在せず、世界そのものだからです。
なぜ重要なのか
アクィナスの神は「存在の根拠」です。
世界がなぜ存在するのかという問いに対する答えです。
神は世界を超えながらも、世界のあらゆる存在を成立させています。
一方、スピノザの神は「宇宙そのもの」です。
世界の外に神を求めるのではなく、世界そのものの中に神を見る立場です。
そのため両者は同じ「神」という言葉を使いながら、実際にはかなり異なるものを指しています。
アクィナスの神は、世界を超えながら世界を支える根拠。
スピノザの神は、世界そのもの。
この違いを理解すると、西洋哲学における神の概念が一気に見通しやすくなります。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます! 