家に差し押さえが来ました
※このシリーズは実体験をもとに書いています(第5話)
団地の3階、
夕方、玄関のチャイムが鳴りました。
あの日の光景は、今でも忘れられません。
ドアを開けると、
スーツ姿の男性が3人か4人立っていました。
「〇〇さんのお宅ですね」
何の用だろう。
そう思った次の瞬間でした。
男性たちは紙を見せると、
家の中へ次々と入ってきました。
そして、
タンスに。
テレビに。
家具に。
次々と『差押』と書かれた赤い紙を貼り始めたのです。
赤い紙をタンスに貼る音が、心臓に突き刺さるようでした。
扉の内側に赤紙が貼られたタンスは、
結婚するときに二人で選んだ花嫁道具でした。
新しい生活が始まると思って選んだタンスです。
そのタンスに赤紙が貼られた時、
お金だけではなく、
自分の結婚生活まで否定されたような気持ちになりました。
頭が真っ白になりました。
私は何が起きているのか分かりませんでした。
ただ、
子供と抱き合ってその人たちが帰るまで、
震えていたことだけは覚えています。
主人は食品会社を辞め、何の相談もなく営業の仕事に転職しました。
ある日突然、「今日で辞めてきた」と告げられたとき、
私は頭に血が上りました。
「勝手に仕事をやめてきたって……なんで相談してくれなかったの?
私の給料は保育料でほとんど消えるのに、これからどうするのよ」
その言葉をきっかけに、少しずつ喧嘩が増えていきました。
私はその頃、知らなかったのです。
当時は健康保険料だったのか年金だったのか、
今でははっきり覚えていませんが、
会社を辞めたあとに支払うはずだったものが、
長い間そのまま支払われずにいて、
差し押さえになったのでした。
私は金融機関に勤めていました。
毎日、お客さまのお金を扱う仕事です。
その私の家に、差し押さえが入る。
頭を殴られたような感覚でした。
隣のご夫婦が心配して、
玄関から声をかけてくれました。
私は恥ずかしさよりも、
「会社に知られたらどうしよう」
職を失いかねない出来事で、
頭の中はいっぱいでした。
主人が入った営業会社は、歩合制です。
売上がないと、給料はほとんどありません。
初心者の主人は、なかなか売上を上げることができませんでした。
生活費は相変わらず足りず、
私のボーナスから毎月の不足分を補填し、
それでも足りない分は、カードでキャッシングをしました。
綱渡りのような生活でした。
「金融機関で仕事しながら借金するなんて・・・」
お金のない生活にも、
同僚との生活レベルの違いにも後悔していました。
ある日、同僚の男性から、
『食費のエンゲル係数が高いんじゃないか?』
と笑われたことがありました。
その人はニヤニヤしながら言いました。
冗談のつもりだったのかもしれません。
でも私には、
生活の苦しさを見透かされているように感じました。
毎月の支払いに追われ、
保育料を払い、
足りない生活費をどう工面するかばかり考えていた頃です。
私は苦笑いをしてその場をやり過ごしました。
悔しかった。
情けなかった。
そして何より、
何も言い返せなかった自分が悲しかったのです。
更衣室でひとりになると、
「なぜあの時離婚しなかったのだろう」
そんな思いが何度も頭をよぎりました。
世間を気にして、
離婚しなかったことを後悔しました。
このあと主人は父親に連絡し、
お金を出してもらいました。
滞納していたものや、
カードローンの整理もできました。
当時の私は、
「これでやっとまともな生活ができる」
そう思っていました。
でも違いました。
滞納したお金は片付きました。
カードローンも整理できました。
それでも夫婦の問題は何も解決していなかったのです。
仕事のこと。
お金のこと。
将来のこと。
本音で話し合うことを避けたまま、
私たちは目の前の火だけを消していました。
今なら分かります。
お金の問題より先に、
向き合わなければならない問題がありました。
私自身、長い間それに気づけませんでした。
あの頃の私は、ただ必死に目の前の火を消すことしかできなかった。
でも今、60代になった私は違います。
旅先で主人と静かにコーヒーを飲みながら、
穏やかな朝を迎えられるようになりました。
差し押さえの赤い紙が貼られたあのタンスはもうありませんが、
あの日の震えや悔しさは、
私に「本当の幸せとは何か」を教えてくれる大切な経験になりました。
お金や肩書きではなく、
普通の暮らしの中で感じる小さな幸せを、
今はちゃんと味わえるようになっています。
もし今、同じように苦しい状況にいる人がいるなら、
そっと伝えたい。
「問題の根っこから目を背け続けると、いつかもっと大きな火になります。
でも、ちゃんと向き合い始めたとき、人生は少しずつ動き出します。」
まさか60代になって、こうして自由に旅をしながら穏やかに生きられる日が来るとは。
あの日の私は、想像もしていませんでした。
人生は、本当にいつからでも変えられます。
