noteの記事、見られることを意識しすぎないようにしたい(自戒)
noteでアカウントを作り、なんとなく5日間ほど続けて投稿してみた。
ここまでnoteの中でひっそり活動している感じでやっていたけど、note生活6日目となった本日、ついにnoteの存在を表に出してみることにした。
表に出すといっても、SNSで気にかけて下さる方にしかほぼ閲覧されてないBloggerブログに記事を書いたのと、ガチで誰も見ていない気がしているほぼ自己満足のプロフィールサイト(てがろぐ)にnoteの存在を出したくらいの感じだから、いうほどアピール出来てない感はあるけども。
それでも、これからはSNSにnote更新時もお知らせ投稿したりすることもあるだろうから、自分の中では大きな一歩みたいな感じではあったりする。
note内でひっそりやっている時でも、私の雑文がどなたかに見ていただいた形跡があったり、記事を紹介して頂く機会があったりして嬉しかった。
ブログを始めたときって、WordpressだろうがブログサービスだろうがSNSで自ら宣伝でもしない限りはほぼ人目につくこともなく、時間をかけて存在が認知されたらいいな…みたいな感じになることばかりだったので、noteの存在には感動すら覚える。
多少大げさかもしれないけど、普通にブログを始めていても感じられなかった世界線なのは確かだ。
ただ、その反面見られることを意識しすぎるあまり、書きたいことが書けない感じになっていくのは避けたいとは思っている。
noteでは自分の投稿も他の投稿も容赦なくスキ(♡)の数が表示されているけれど、スキの数の存在を気にしすぎて無難なことしか書けない…みたいになったら悲しい。
noteが素敵かも?と思ったのは、いろいろなことを気にして手が止まるくらいなら、気にせず好きなことを書いていけばいいというnote公式の紹介文がブログで色々なことを気にしすぎていた私に刺さったからだ。
ページビューを増やすことよりも、お金を稼ぐことよりも、あるいはフォロワーを集めることよりも、何よりも大事なこと。それは、楽しんで、発表し続けることです。
名文や超大作を仕上げようとして手が止まってしまうくらいなら、駄文でも短文でも悪ふざけでも、とにかく気軽に投稿しましょう。短い文章、下手な文章、ラクガキ...、そういったものを恐れて手をとめる必要はありません。
まずは、創作したいこと・伝えたいことを世に送り出す。表現力もファンも、あとから十分ついてきます。
時にはしょうもないことをまとまりなく書いただけみたいな日があってもいい。
まずは周りの何かを気にせず好きなようにnoteを使っていきたいね。
ほんとはこんなことをわざわざ文章にせずとも、自由にやればいいだけのこと。
ただ、いつかnoteを続けているうちに、細かいことを気にしてしまう自分だったり、勝手に疲れて更新がしんどいなんて思ってしまう自分がいつか顔を出すような気はしている。
だからこそ、いつかそんな日が来てしまったとしても、初心みたいなものを忘れないためにここに書き残しておく2024年終わりの2日前。
