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日光街道の2番目の宿場町、草加宿を訪問し、現代風に整備された街道で、かつての宿場の面影を探しながら散策してきた【2026年7月 日光街道草加宿 前編】

こんにちは、Yuu(ゆう)です。

2026年7月5日(日曜日)、私はJR武蔵野線の北朝霞駅までやってきました。これから東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)の草加駅まで行き、旧日光街道の草加宿を見に行こうと思います。では草加駅を目指して、改札の中に入ります。

14時24分、東京行きの電車はほどなくしてやってきました。この電車に乗って、東武伊勢崎線との乗換駅である、南越谷駅に向かいます。

電車は20分ほどして南越谷駅に到着しました。東武伊勢崎線に乗り換えるために、一度改札の外に出ます。伊勢崎線に乗り換える人が多いのでしょうか?たくさんの人が降りていきました。

改札の外に出て、東武伊勢崎線の新越谷駅に着きました。立派な駅舎ですね。1998年3月に現在の駅舎となりました。

これが新越谷駅の改札。武蔵野線との乗換駅らしく、自動改札機がたくさんあります。

改札の中に入って、上りホームに出ました。14時54分、急行中央林間行き(東武50050系電車)の電車が入線してきました。この電車に乗って草加駅を目指します。

約5分後に草加駅に到着。急行なので、蒲生、新田、獨協大学前駅(旧松原団地駅)を通過し、一駅で到着しました。

草加駅の外に出ました。右にイトーヨーカドー、左に丸井があります。

そしてこれが東武伊勢崎線・草加駅の駅舎。外観が真新しくなっております。2025年にリニューアルがされたそうです。

早速旧日光街道を目指して歩いていきます。今回の散策のスタート地点は草加宿の入口にします。

旧日光街道を目指して歩いています。あの手前の信号の道が旧日光街道でしょうかね?

旧日光街道に入りました。先ほどの信号を右に曲がって正解でした。

草加宿の入口に到着しました。今様草加宿と書かれた札があります。今様とは、現代風に整備された草加宿という意味があります。ここで草加宿の散策を始めます。

今様草加宿をスタートしました。スタートはマンションが並んでいますね。この辺りは旧日光街道の面影はなさそうです。

旧日光街道を歩いていくと、こんな小さな祠があります。浅古家の地蔵堂というそうで、別名は子育て地蔵。浅古家とは江戸時代の豪商で、浅古家の脇を流れていた堀が増水し、上流から流されてきた地蔵を浅古家の先祖が救い、祀ったところ、子宝に恵まれたという言い伝えがあるそうです。

浅古家の地蔵堂の近くには浅古家の邸宅があります。マンションが並ぶ旧日光街道の中で、明治末期建築の建物は目を引きます。石塀の中にも蔵造りの建物があります。広い敷地を持っていて、豪商であったことがわかります。

浅古家の邸宅から少し歩くと回向院というお寺があります。回向院は浄土宗のお寺で諸説ありますが、江戸時代に創建されたのは確かのようです。草加宿七福神の布袋尊が祀られています。中に入ってみましょう。

これが回向院の本堂。阿弥陀三尊、善導大師、法然上人が祀られています。本堂は昭和37年(1962年)の建物で、割と現代の建物という印象でした。

回向院を出ました。正面に草加神社の標柱があります。行きたいのはやまやまですが、東武伊勢崎線の向こう側にあるので、次回の楽しみに取っておきます。それよりももっと見たいところがありますしね。

旧日光街道を北に進んでいます。考えてみたら、観光マップを持っていなかったことに気付きます。観光案内所がどこにあるか調べたら、先程の丸井の1階にあることがわかりました。

そんなわけで、一時的に旧日光街道を離れます。観光案内所であれば、確実に観光マップがありますのでね。草加駅の方向に歩いていきます。

丸井の入口に着きました。ここの1階に観光案内所があります。

観光マップを手に入れたので、改めて散策を再開します。観光マップがないとわかりにくいですからね。これでより深く散策を楽しめそうです。

とその前に、街道歩きは意外と体力を使い、小腹が空いたので、ローソンでおやつを買うことにします。

今回はBOSS COFFEE FARM 微糖ともちぷよを買いました。これでエネルギーを補給しておきます。歩いているときの糖分は重要なのです。

エネルギー補給が終わったところで、草加宿の散策を再開します。

高砂八幡神社の鳥居が見えます。中に入ってみましょう。

拝殿の前に着きました。ちゃんとお参りしておきます。この高砂八幡神社は草加宿七福神の恵比寿が祀られています。

高砂八幡神社を見終わったので、さらに先に進みます。これは藤城家住宅。江戸時代の商家で重厚な造りをした建物で昔の草加宿にタイムスリップした感覚になります。この建物は国の登録有形文化財となっております。

これは旧日光街道から少し離れたところにあって、見つけるのに少し迷ったのですが、須田家住宅(中屋)土蔵。かつては染料問屋の倉庫で、現在はリノベーションして、蔵カフェ中屋が営業しています。この建物も国の登録有形文化財に指定されています。

2つの国の登録有形文化財を見たところで、旧日光街道を歩きます。

ここで建物の陰に隠れていたのですが、草加宿道標を見つけました。崩れないように鉄骨でおおわれています。千住町(現在の東京都足立区)と越ヶ谷町(現在の埼玉県越谷市)までの距離が書かれていました。

そして草加宿道標から少し歩いたところに、大川本陣跡清水本陣跡があります。本陣とは参勤交代の大名が休泊した施設で、大川本陣が慶長6年(1601年)に草加宿が出来てから宝暦年間までの間の本陣で、清水本陣が宝暦年間から明治初期までの本陣だそうです。

清水本陣跡から歩いて3分弱のところにおせん茶屋公園があります。おせん茶屋のおせんとは草加せんべいの元祖とされる「おせんさん」から来ています。

おせん茶屋公園には日光街道の碑がありました。

記事が長くなっておりますので、一旦ここで区切りたいと思います。次回はいよいよ国の名勝、草加松原を散策します。

今日はこのへんで。ではまた次回。

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