知っているから知らないを知ることができるー勉強についての問い
勉強する意味って何ですか?
「勉強する意味って何ですか?」
そう聞かれると、テストのため、将来のため、いい学校や会社に入るため……
とりあえずの答えはいくつか浮かびます。でも、どれもどこか物足りない気もします。
ここでは、もう少し違う角度から、その問いを眺めてみたいと思います。
知っているからこそ、「知らない」が見えてくる
歴史でも算数でもいいのですが、何かをほんの少しだけかじったときって、案外、自信があります。
本を一冊読んだ。
塾や学校でその単元をひと通り習った。
テストでそこそこの点が取れた。
そんなタイミングで、心のどこかに「このあたりは、だいたいわかったかも」という気持ちが生まれます。
ところが、もう少しだけ踏み込んでみると、すぐに壁にぶつかります。
言葉は聞いたことがあるけれど、自分の言葉では説明できない。
似ているもの同士の違いを、うまく説明できない。
「なぜそうなるの?」と聞かれた瞬間、急に口が重くなる。
そして、ふと気づく瞬間が来ます。
――あ、自分、ここ本当はよくわかってないんだ。
この「気づき」が、実はけっこう重要です。
まったく知らないときには、何がわかっていないのかすらわかりません。
ある程度知識がたまってきて、はじめて、
「ここまでは知っている」
「でも、この先は知らない」
という境目がうっすら見えてきます。
つまり、人は「知っているからこそ、自分の“知らない”を知ることができる」。
勉強って、まずはその土台をつくる営みなんじゃないかと思います。
「知らない」に気づくと、問いが生まれる
自分の「知らない」に気づいたとき、心のなかに小さなざわざわが生まれます。
じゃあ、これはどうなっているんだろう?
さっき習ったあれと、ここはどうつながるんだろう?
条件が変わったら、結果も変わるのかな?
そんな「なんで?」「どうして?」という小さな声が、問いの始まりです。
「知らなかった」で終わってしまうのではなく、
「じゃあ知りたい」「もっとちゃんとわかりたい」に変わっていく。
このあたりまで来ると、勉強は「やらされるもの」から、少しずつ「自分から取りにいくもの」に変わっていきます。
ぼくは、この「問いが生まれるところ」まで行けた勉強は、かなり贅沢な勉強だと思っています。
AIの時代に、人間の仕事はどこに残るのか
話を少し、今の時代に寄せてみます。
AIに質問すると、知識をまとめてくれたり、計算してくれたり、文章まで書いてくれたりします。
「知っていることを整理する」「すでにあるパターンをうまく使う」ことは、これからますますAIが得意になっていくでしょう。
では、人間の出番はどこに残るのか。
そのひとつが、「問いを生むこと」だと思っています。
そもそも、何を知るべきなのか。
どこに疑問を持つべきなのか。
どんな前提を疑ってみるべきなのか。
ここは、まだまだ人間の感性や経験が深く関わる領域です。
AIは「問われたこと」に対してはすごい力を発揮します。でも、「そもそも何を問うべきか」を決めるのは、人間側の仕事です。
だからこそ、
知っているから、知らないを知ることができる。
知らないを知ることが、問いを生む起点になる。
このサイクルを回す力は、AI時代を生きる人間にとって、けっこう大事なスキルになっていくんじゃないかと感じています。
テストの結果と、「自分の価値」をごっちゃにしないために
一方で、現実の勉強の現場では、小さいころからずっと、
テストの点数
模試の結果
合否の判定
といったものが、切れ目なく出てきます。
それ自体を、全部悪いと言うつもりはありません。
どれくらい頑張るか、どこまで目指すかは、それぞれの家庭の事情や価値観もあります。
ただ、本当に気をつけたいなと思うのは、
「結果」と「自分はダメな人間だ」という感覚を、くっつけてしまうこと。
点数が良ければ「価値がある」、
うまくいかなければ「価値がない」。
そんなメッセージが、はっきりことばにされなくても、大人の表情や雰囲気から子どもに伝わってしまうことがあります。
でも、本当は、
テストは「今どこまでわかっているかな?」を知るためのもの。
結果は「次にどうするか」を考えるための材料のひとつ。
それ以上でも、それ以下でもないはずです。
勉強の本質は、○か×か、人として上か下かを決める道具ではなくて、
知っていることを増やして、
そのおかげで「知らない自分」に気づいて、
そこから新しい問いを生み出せるようになる。
その力を育てることに近いんじゃないかな、と思います。
おわりに──勉強する意味と、「問いを生む」意味
ここまで書いてきたことを、あえて言葉にまとめるなら、こんな感じです。
人は、何かを知ることで、初めて「自分の知らない領域」に気づくことができる。
その「知らない」に気づいたとき、小さな問いが生まれる。
そして、その問いこそが、AIの時代においても人間が担い続ける大事な役割のひとつになっていく。
だから、勉強する意味は、単にテストで点を取るためでも、合否の判定を受けるためだけでもなくて、「問いを生み出せる自分」になるための土台づくり、と言えるのかもしれません。
テストの結果がどうであっても、その過程で「知って」「知らないに気づいて」「問いを持った」時間は、ちゃんとその人の中に残ります。
「勉強する意味って何ですか?」
もしまた誰かにそう聞かれたら、こんなふうに答えてみたいなと思っています。
人は、知っているから、知らないを知ることができる。
そして、知らないを知ることが、問いを生む起点になる。
そのサイクルを少しずつ回せるようになるために、ぼくらは今日も、ちょっとだけ勉強しているのかもしれません。
そう思ってマルクスの資本論に手を出してみましたが秒殺でした。
知らなすぎて知ることができない。。
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