無資格法務パーソンは、AI時代にどう生き残るか~「両利きの経営」から考える「両利きの法務」~
私は、この先も法務パーソンとして生き残っていけるのだろうか。
最近、そんなことを考える機会が増えた。
私は30代のサラリーマンで、新卒で入社して以来、企業法務の仕事に携わってきた。
弁護士資格は持っていない。いわゆる「無資格法務」というやつである。
そして何を思ったのか、仕事を続けながら約2年間ビジネススクールに通い、MBAを取得した。
法務担当者なのだから、その時間をもっと法律の勉強に使うという選択肢もあったはずだ。
ビジネススクールではなく、ロースクールに行くという選択肢だってあったかもしれない。
それでもビジネススクールを選んだ背景には、
「法律・法務だけを深く掘り続けることが、本当に自分にとって最適なキャリア戦略なのだろうか」
という漠然とした疑問があった。
そして生成AIが急速に進化する今、この疑問は以前より少し切実になっている。
AIが、法務の「得意領域」に入ってきた
企業法務とAIを中心とするテクノロジーとの距離は、この数年で急速に縮まった。
契約書レビュー、リーガルリサーチ、契約書管理――
専門のLegalTechサービスが群雄割拠しているのはもちろんだが、ChatGPTやClaude等の汎用的な生成AIでも、契約書を読ませて論点を洗い出したり、修正案を考えさせたり、法的論点を整理させたりできる。
しかも、かなりの精度で。
もちろん、ハルシネーションはなくなっていない。
それでも実際に使っていると、
「論点整理の速度や網羅性、普通に自分より強くないか?」
と思う場面は増えた。少なくとも地頭の良さでは私は完敗である。
そして、専門のLegalTech側も進化している。
最近では、単なる契約書レビューや契約書保管といった個別業務だけではなく、案件受付からレビュー、交渉、締結、保管までを一気通貫で扱うCLM(Contract Lifecycle Management)と呼ばれるサービスも広がっている。
AIに足りなかった「固有の文脈」
ここで重要なのは、単に業務が便利になることではない。
企業法務の実務でAIを使っていて、ハルシネーションと同じくらい厄介だと感じるのが、「自社固有の文脈」「案件固有の文脈」の欠如だ。
一般論としては正しい。
契約書としても間違ってはいない。
でも、
「うちの会社ではそこはちょっと譲れない」
「この取引先との力関係なら、その修正は現実的ではない」
「過去の交渉経緯を踏まえると、その回答では少しズレている」
といったことが度々起こる。
AIの回答は、
間違ってはいない。でも、なんか違う。
企業法務でAIを使うときの難しさは、ここにあったように思う。
しかしCLMには、契約書だけでなく、案件、相談、交渉、過去の対応といった情報が蓄積されていく。
もちろん、情報が蓄積されているだけで、AIが自社の事情を正しく理解できるわけではない。
それでも、これまでAIに欠けていた「その会社のお作法」を、検索・参照可能な形で蓄積していく基盤は、少しずつ整いつつある。
2026年8月現在では、「自社を完全に理解した最強のAI法務担当者」が完成しているわけではないと思う。
ただ、技術もサービスも、明らかにそちらの方向へ進んでいる。
では、無資格法務は何で価値を出すのか
ここで自分自身に話を戻したい。
もちろん、AI時代に法務パーソンがどう価値を出すかという問題は、弁護士資格の有無にかかわらない。
ただ、資格という分かりやすい専門性のシグナルを持たない自分にとって、
「自分は何を強みにするのか」
という問いは、より切実に感じられる。
私は弁護士ではない。
企業法務担当者として一定の経験は積んできたが、法律・法務という土俵だけで見れば、自分より詳しくて優秀な人は社内外にいくらでもいる。
そして、そこにAIまで入ってくる。
もちろん、AIも万能ではない。
長い会話の中で前の文脈を取りこぼしたり、持っているはずの知識をうまく引き出せなかったりすることはある。
それでも、人間が「昔勉強したはずなのに、思い出せない」となるのとは、少し性質が違う。
少なくとも、人間と同じ意味では――
AIは忘れない。
疲れない。
そして、
大量の文書を読むのが速い。
論点整理も速い。
文章を書くのも速い。
そんな相手と、
「どちらが法律をたくさん知っているか」
「どちらが契約書の論点を速く見つけられるか」
という勝負をするのは、かなり分が悪い。
では、無資格法務パーソンであり、契約書レビュー等をはじめとする典型的な法務業務の分野でもAIに劣っているかもしれない私は、何を武器にすれば今後もクビにならずに済むのだろうか。
なぜ法務担当者がビジネススクールに行ったのか
私が通ったのは、早稲田大学ビジネススクール(通称:WBS)である。
きっかけは、そんなに格好いいものではない。
入社以来、周囲には優秀な法務の先輩がたくさんいた。
法律知識が豊富な人。
社内外の関係者との契約交渉や調整が上手い人。
複雑な案件でも一瞬で論点を整理できる人。
そういう人たちを見ながら、
「この人たちと同じ方向だけを走り続けて、自分なりの強みを作れるのだろうか」
と考えることがあった。
それなら、少し違う方向にも走ってみよう。
法務の仕事を続けながら、その外側にある世界も覗いてみる。
経営を学ぶ。
ファイナンスを学ぶ。
テクノロジーに触る。
法務という軸足は残したまま、法務とは違う「ものの見方」を身につけてみる。
当時どこまで明確に意識していたのかは怪しいが、いつの頃からか、そんなことを考えるようになっていた。
そんな頃、当時の上司(法務畑の出身ではなく、かつご自身もMBAホルダーであった)からビジネススクールへの通学を勧められた。
「ここに行けば、何か違う武器が見つかるかもしれない」
かなり漠然とした期待を抱いて、WBSの門を叩いた。
「両利きの経営」を、法務に置き換えてみる
WBSには、経営戦略を専門とする入山章栄先生がいる。テレビや雑誌等のメディアへのご出演も多いので、ご存じの方も多いのではないだろうか。
そんな入山先生が日本で広く紹介している経営理論の一つが、「両利きの経営」だ。
その中心にあるのが、
「探索(Exploration)」と「深化(Exploitation)」
という考え方である。
ざっくり言えば、「深化」は、すでに持っている知識や能力、既存のやり方を深掘りし、磨き込み、より効率的に成果へつなげていくこと。
一方の「探索」は、いまの認知や経験の範囲を少し越えて、新しい知識や可能性、選択肢を探しにいくことだ。
企業はどうしても、成果が見えやすい「深化」に偏りやすい。
しかし、環境が大きく変わる中で深化だけを続けていると、既存の強みそのものが陳腐化してしまう可能性がある。
だから、既存の強みを磨く「深化」と、新しい可能性を探す「探索」を同時に進める。
それが「両利きの経営」の基本的な考え方である。
(というのが私の浅い理解であるが、詳細については入山先生が監訳された書籍をご参照いただきたい。)
そして、そんな「両利きの経営」の考え方を、法務パーソンとしてのキャリアやスキルに置き換えた「両利きの法務」こそが、AI時代の法務パーソンの生存戦略なのではないかと感じている。
ただ、そもそも「両利きの経営」は、単に一つの組織の中で「探索も深化も両方頑張ろう」と言えば済むほど単純な話でもない。
探索と深化では、求められる人材や評価の仕方、仕事の進め方、文化そのものが異なる。
既存事業を効率よく磨き込むための仕組みが、そのまま新しい可能性を試すのに適しているとは限らない。
そのため、探索を担う組織と深化を担う組織をある程度分けつつ、経営レベルでは両者を統合する、といった組織設計も重要な論点になる。
つまり本来は、「一人の人間が右手で深化、左手で探索をすればよい」というほど単純な話ではない。
更に言えば、そもそも「両利きの経営」は企業経営や組織のイノベーションについての理論であって、個人のキャリア論でもない。
そして、「探索=法務以外の分野を勉強すること」という意味でもない。
ただ、本来の概念を少し乱暴に個人のキャリアへ置き換えてみると、私にとっての「探索」は、たまたま法務の通常業務の外側にある知識や「ものの見方」を取りにいくことだった。
そう考えると、自分がこれまでやってきたことが少し整理できる気がした。
「両利きの法務」という生存戦略
まず、企業法務において従来から求められてきた能力を、徹底的に深化する。
法律を学ぶ。
契約書を読む。
判例を調べる。
担当する事業や商流を理解する。
リスクを評価する。
交渉する。
過去の案件や、自社なりの判断基準・お作法を身につける。
事業を理解したうえで法的リスクを評価し、現実的な解決策を考えることは、何もAI時代になって初めて求められた能力ではない。
法務担当者であれば、以前から当然のように求められてきたことだと思う。
そしてAIの回答が妥当かどうかを判断するためにも、社内外の関係者から信頼を得たり、自らの発言に説得力を持たせるためにも、こうした法務パーソンとしての専門性は引き続き必要になる。
「AIが法律を知っているなら、自分は知らなくてもいい」
「AIが契約書をレビューしてくれるから、自分はそのお作法を一切知らなくてもいい」
という話ではない。
そのうえで、法務の「外」に出てみる
そのうえで、ときどき企業法務という職能の外側にも探索に出る。
経営戦略
ファイナンス
AIやテクノロジー
データ分析
業務プロセス
組織論
もちろん、これらを学ぶこと自体がそのまま「探索」だ、というつもりはない。
重要なのは、普段の法務業務の中だけではなかなか触れない知識体系や、新しい「ものの見方」に接して、自分の認知の範囲を少し広げることなのだと思う。
私の場合、その一つがビジネススクールだった。
たとえば、法務担当者として事業を理解すること自体は、これまでも当然求められてきた。
しかし、同じ事業や案件を、経営戦略やファイナンス、組織論といった別のレンズから見てみると、問いの立て方そのものが少し変わる。
「この契約にはどのような法的リスクがあるか」だけではなく、
「そもそも、この事業はどこで競争優位を作ろうとしているのか」
「この投資は、取るリスクに見合ったリターンを生むのか」
「この戦略を、今の組織で本当に実行できるのか」
といった問いも出てくる。
それ自体は本来的には法務の仕事ではないのかもしれない。
ただ、そうした別のレンズを持ったうえで再び法務の仕事を見ると、同じ案件の見え方が少し変わる気がする。
個人の「両利き」も、たぶん同時並行ではない
そして、「両利きの経営」の成功においては、探索と深化を同じ仕組みで無理やり両立させるのではなく、それぞれに適した場を用意することが効果的だと考えられている点は、個人のキャリアに置き換えても示唆的だと思う。
一人の人間が、毎日の業務の中で常に探索と深化を両立するのは現実的ではない。
日々の実務では、法務パーソンとして案件に向き合い、専門性を深化する。
一方で、仕事の外や異なるコミュニティでは、自分が普段触れない知識や考え方に接する。
私にとっては、昼間は法務担当者として働き、夜間や週末はビジネススクールに通うという生活が、結果的にその役割分担になっていた。
そして、探索の場で得たものを仕事に持ち帰る。
個人レベルの「両利き」を考えるなら、左右の手をいつでも同時に動かすというより、探索と深化に適した時間や場所を意識的に持ち、それらを往復することが大切なのかもしれない。
探索しただけでは、たぶん足りない
もちろん、法務担当者がファイナンスを勉強した。
AIを使えるようになった。
MBAを取った。
それだけなら、単に「知っていることが増えた人」で終わる。
大事なのは、探索して得たものを法務に持ち帰ることだ。
探索した知を、深化してきた企業法務の専門性と接続する。
「両利きの法務」の肝は、たぶんここにある。
法務 × 経営戦略
法務 × ファイナンス
法務 × AI
法務 × データ分析
法務 × 組織・業務設計
企業法務は、法律そのものを研究することを目的とする仕事ではない。
法律という専門性を使って、会社の意思決定の質を高める仕事だと思っている。
だから最後は、
「法的にはこうです」
だけでは足りない。
「では、この会社としてどうするのか」
まで踏み込む必要がある。
AIが大量の法律知識を扱い、過去の契約や社内ナレッジまで参照できるようになればなるほど、少なくとも、
「法律を知っている」
「契約書をレビューできる」
という能力だけで差別化し、価値を発揮することは難しくなっていくだろう。
だとすれば、人間側が比較優位を作る余地の一つは、法律そのものよりも、
「この案件を、経営上の狙いまで踏まえてどう評価するのか」
「リスクと期待されるリターンをどう考えるのか」
「事業部にどう説明すれば動いてもらえるのか」
「このルールをどう業務の実態を踏まえて実装するのか」
「AIやLegalTechをどう業務プロセスに組み込んで最高の結果を出すのか」
といった、法務の専門性を、経営・ファイナンス・組織・テクノロジーといった別のレンズと接続し、「この会社としてどうするか」に落とし込む領域となるのではないだろうか。
もちろん、将来AIがそこまで高度に担う可能性もある。
少なくとも人間が立てた問いや課題に対する検討や実行は、現時点でも相当ハイレベルにサポートしてくれる実態がある。
それでも少なくとも今は、定型的な法律知識の処理だけを競争軸に置くより、こちら側に自分の強みを作ろうとする方が合理的に思える。
AIに勝つ必要はない
そう考えると、「AIに勝つ」という発想自体が少し違う気もする。
契約書を読む速度や、論点を列挙する速さでAIと競争しても仕方がない。
むしろAIを使って、自分自身の「深化」と「探索」を加速させればいい。
自分の契約レビューを批判させる。
見落とした論点を探させる。
経営理論と目の前の案件を紐付けるヒントをもらう。
データ分析を手伝わせる。
新しい業務プロセスを一緒に考える。
AIは旧来の「法務の仕事」を奪う可能性の高い存在であることは否定できないが、それと同時に、
両利きになるための、とても強力な道具
でもあるように思う。
でも、WBSに入って気づいてしまった
さて、ここまで、
「自分より法律に詳しい人と同じ土俵だけで戦っても仕方がない」
「だから経営を学び、知の探索をしよう」
「これぞ無資格法務パーソンの差別化戦略だ」
という、なかなか綺麗な話を書いてきた。
ところがWBSに入って、一つ問題が起きた。
少なくとも私が知る限り、
「弁護士資格はないけれど、企業法務をやっていてWBSに来ました」
という同期は、ほかにいなかった。
ここまでは作戦通りだ。
一方で、
弁護士はいた。
しかも一人ではない。
記憶している限り、4人はいた。
つまり私は、
「法律一本では勝てない。だったら経営も学ぼう」
と思ってWBSに来たのに、
そこには、
すでに法律を猛烈に深化させたうえで、同じように経営を探索しに来ている人たち
が普通にいたのである。
そのとき思った。
なるほど。
世の中はそんなに甘くない。
もちろん、だから探索する意味がなかったという話ではない。
むしろそこで気づいたのは、
「探索した」という事実そのものは、いつまでも差別化要因ではいてくれない
ということだった。
一度新しい場所に出れば終わりではない。
そこで得たものを自分の専門性と接続し、さらに深化し、また自分の認知の外側を探索する。
両利きというのは、何か一つの資格や経験を手に入れれば完成する状態ではなく、ずっと回し続けるプロセスなのかもしれない。
私の「両利き」は、まだ始まったばかり
結局、AI時代の法務パーソンに、簡単な生存戦略などないのだと思う。
弁護士資格があれば安泰、でもない。
MBAがあれば差別化できる、でもない。
AIを使えれば勝てる、でもない。
それでも、自分なりの仮説はある。
法務担当者としての専門性を深く掘る。
ときどき、その外の世界に出る。
そこで別の「ものの見方」を拾ってくる。
それを法務に持ち帰る。
そしてまた深く掘る。
深化する。探索する。そして、接続する。
さらに、それを一度で終わらせず、何度も回す。
AI時代の法務パーソンに必要なのは、案外そんな「両利き」なのかもしれない。
もっとも――
私よりはるかに法律を深化させた弁護士たちも、普通に同じことを考えて、同じように探索している。
無資格法務パーソンによる「両利きの法務」実現への道のりは、どうやら、思っていたよりだいぶ長そうである。
