思い込みが一瞬で変わった日 ― 大学が好きだった
このあいだ、大学の同窓会に行ってきた。20周年だったらしく、なんだか感慨深かった。そして、そこで改めて――「私は大学が好きだったんだな」って気づいた。
でも正直に言うと、ずっと出身大学の話をするのが苦手だった。名前を出すと「自慢してる」と思われそうで怖かったり、逆に「そんな大学出ててこの程度?」と思われるのも嫌だったり。しかも私は大学院を中退している。だから、誇りもあるのに、どこかで劣等感も抱えていた。言葉にできないまま、ずっと“うやむや”にしてきた気がする。
同志社大学 文化情報学部で学んだこと
私が通っていたのは、同志社大学の「文化情報学部」。文理融合の新設学部で、文系の知識も理系の知識もどちらも学べるという、とてもユニークな場所だった。今でこそ“分離融合”は当たり前になりつつあるけれど、当時はすごく珍しかった。文学部や経済学部のように明確な“専門”があるわけじゃなく、なんでも学べるけれど、何者にもなれない。
だから、当時の私はずっと劣等感まみれだった。文学部で発表すれば「浅い」と言われ、理系のゼミに行けば「知識が中途半端」と言われる。どこにも居場所がないような気がしていた。
“はみ出す人”が育つ学部だった
でも、あの時の“はみ出し感”こそが今の自分をつくっている。同窓会で再会した先生たちの話を聞きながら、そう感じた。今では文科省が「2040年までに、分離の枠に収まらない人材を育てる」と掲げている。その流れを見て、あの頃“異端”と言われた文化情報学部が、ようやく時代に追いつかれた気がした。
先生たちは本当に学生一人ひとりに向き合ってくれて、やりたいことがあれば全力で応援してくれた。先輩たちもとにかく優しかった。私はその背中を見て育った。だから今、私が受講生の「やってみたい」を全力で応援したいと思えるのは、あの頃、先輩や先生たちにしてもらったことが、私の中に深く残っているからなんだと思う。
文理融合の環境が「新しいリーダー」を育てる
もう一つ、今になって分かるのは――あの学部では、既存の研究に“ちょっと足す”じゃなくて、誰もやっていないテーマを自分でつくるしかなかったということ。一歩踏み出せば“第一人者”になれる環境。それは当時プレッシャーでもあったけど、今思えばものすごく貴重だった。その経験が、今の私の「感覚と構造をつなぐ」という仕事の基礎になっている。
起業や経営につながる「多角的な視点」
同窓会で強く感じたのは、文化情報学部ってこれから起業して経営して、会社を1つずつ育てていくような人材を生み出す学部なんじゃないかということ。多角的に物事を見て、枠にとらわれず、価値を“組み合わせて創る”ことができる人たち。そういう人こそが、これからの時代を動かしていく。
文化情報学部は、そういう企業家・経営者を育てる学部としての力を、今まさに花開かせようとしているんだと思う。
同窓会で気づいた「思い込みが一瞬で変わる瞬間」
勇気を出して同窓会に行ってみて、久しぶりに大学の理念や先生たちの話に触れた瞬間、自分の中の「価値観」がくるっとひっくり返った。ずっと“あの頃は苦しかった”というブラックな記憶しかなかったのに、実はあの場所こそが、私の可能性を育ててくれたんだと気づいた。
人の思い込みって、本当に一瞬で変わる。それはきっと、過去を“責めずに見つめ直せた”からこそ起きた変化なんだと思う。
大学は「学ぶ場所」ではなく「自分を見つける場所」
大学って、“学問を学ぶ場所”というより、“自分の可能性を見つける場所”なんだと思う。私は今でも、あの学部を誇りに思ってる。そして、あのとき出会った先生や先輩たちに心からありがとうと言いたい。
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