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太ったおじさんは私だけ

よく電話が鳴る日だった。全て仕事関連の内容だった。知らない番号からの着信に出てみると思いがけない人からだったりもした。その人と仕事の話をした後に「結婚おめでとう」とまで言ってもらえた。

私からもいくつか電話をかけた。ここ最近メールのやり取りでこんがらがっていた内容が一瞬で片付いた。

12時過ぎに一通りの仕事を終わらせて、スーパーに向かった。使いかけのアンチョビが家にあったので春キャベツと一緒にパスタにでもしようかと思った。夜ご飯の食材も合わせて購入し、家に帰ってパスタを茹でた。せっかくなので冷蔵庫の中の余りものも放り込んだ。

パスタは上出来だったし、食後のコーヒーも美味しく淹れられた。ここ最近ずっと忙しかったが今日はたまたま余裕がある。あとは夜に電話会議があるだけだ(結局それも直前でキャンセルされたのだが)。

さて、何をしよう。

少し仮眠をとってから、私はのそのそとランニングウェアに着替えた。外はだいぶあたたかいようなので、思い切って半袖短パンにした。シューズはナイキの「ズームライバルフライ4」。ここのところずっとナイキで“ハマる”シューズはなかったが、これは結構気に入っている。昨今流行りの厚底シューズが失ってしまった心地よい接地をきちんと残してくれているいいシューズだ。安価だからといって侮ってはいけない。

軽いジョギングをしながら代々木公園に向かった。葉桜に衣替えをした木の下にはまだ花見をする人々が集まっていた。

半袖短パンでも全く問題のない気温だった。私は花見客の間をすり抜け、「織田フィールド」へと向かった。

以前も少し書いたが、代々木公園には「織田フィールド」と呼ばれる陸上競技場がある。よく無料開放をしており、その時は誰でも入って走ることができる。無料開放状況は例えば下記のウェブサイトなどで確認ができる。

今日はそんなわけで自由に使える日だった。広い競技場内の人はまばらで、高校生くらいだと思われる小さな集団が3つくらいと、“ちびっこかけっこ教室”的なこちらも小さな集団が2つ、それに個人で練習に来ている人がちらほら、という感じだった。全体的に若い人ばかりだった。太ったおじさんは私だけだった。

競技場に入って軽くストレッチをしていると、とてもフォームの綺麗な選手が1レーンを疾走していた。

男子マラソン日本記録保持者の大迫傑選手だった。織田フィールドではよく有名選手を見かけるが、今まで見た中で一番のビッグネームだった。細い身体の要所要所に過不足なく筋肉がついていた。私は彼のランニングフォーム以上にその身体に惚れ惚れしてしまった。

もちろん、誰も彼に話しかけたりはしない。競技場では皆一様に自身がやるべきことに集中しているのだ。ただ、彼の走りに見惚れていなかった人はひとりもいなかっただろう。


私は簡単なスプリントドリルの後に、120mを6から7割くらいの力で5本走ることに決めた。陸上をやっていない人からすると、「なんで120mなどという中途半端な距離なの?」と思われるかもしれないが、短距離のトレーニングでは、80mとか110mとか120mとかの微妙な距離を走ることが多い。そのトレーニング内容によって意図は異なるが、中でも120mは、陸上競技場の第4コーナーにあるテイクオーバーゾーン(4×100mリレーにおけるバトンの受け渡しが許可されているゾーン)の入口がそのスタートの目印となることもあり、頻繁に使われる距離だ。

3本ほどを走った段階でかなりキツくなっていた。筋肉は大丈夫だったが、心肺機能に結構な負担がかかっていた。デブだしおじさんだし、昔のようにはいかない。

ふと、いまだに昔の練習を踏襲している自分に気づいた。本気で競技に取り組んでいた20年ほど前までと同じことを、久しぶりに訪れた競技場でしているのだ。ジョギング、ストレッチ、スプリントドリル、そして120m。試合に出る予定があるわけでもないし、継続してトレーニングをするつもりも今のところはない。ただそれでも私は、かつてやっていたウォーミングアップのルーティンに、馬鹿真面目に取り組んでいるのだ。


このnoteだってそうだ。あと1ヶ月ほどで毎日投稿6年になるが、本当はもう少し肩の力を抜いて自由に書きたいと思っている。それが実際のところは、いつも力んだ文章になってしまう。ゆるい文章が書けるといいのになぁ、と夢見ながらも、どうやっても私はかっちりしてしまう。

妙なところで真面目なのだ。基本的にはズボラなはずなのに、不思議なところで要らぬ真面目さが発揮される。一度その真面目さが発揮されると、力を抜くことができない。

だからこんなふうに性懲りも無くnoteが6年も続いているのだが…


私はまた120mのスタートラインに向かった。とりあえず1本走り、ゴール付近でしばらく息を整えてから最後の1本を走った。当初の予定通り、5本走り切ることができた。

家に帰り、ふと思い立って近所のサウナに行くことにした。新しくできた施設で、ずっと行きたいと思いながらもタイミングを逃し続けていた。

水風呂に浸かりながら私は、きっと近いうちにまた織田フィールドに行くだろうと思っていた。また120mを5本、いや、次は7本走るかな。

もしかしたらしばらくすると、太ったおじさんは、ただのおじさんになるかもしれない。

そうなると、いいな。


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