【追悼文】ジェームズ三木さんについて思い出すいくつかのこと

去る6月14日(土)、脚本家のジェームズ三木さんが逝去しました。享年91歳でした。

歌手として活動した後に野村芳太郎に師事し、1967年のシナリオコンクールで『アダムの星』が入選して脚本家へと転身しました。

その後『けものみち』(1982年)、『父の詫び状』(1986年)などの作品で脚本を担当したほか、NHK連続テレビ小説『澪つくし』(1985年)やNHK大河ドラマ『独眼竜正宗』(1987年)などで高い名声を博したことは周知の通りです。

ジェームズ三木さんの脚本は細やかな人間の心理を丁寧に描きつつ、印象的な場面を要所要所に配することで物語の展開に起伏を与え、しかも後味よく物語を終えるという濃密なものでした。

私が初めてジェームズ三木さんの手掛けた作品に接したのは『澪つくし』で、太平洋戦争の空襲により醤油の醸造元である入兆も被害を受け、機銃掃射により醤油樽が次々と壊されたり、津川雅彦さんの演じる久兵衛が防空壕から出て燃えさかる仕込み蔵に駆け出して落命する様子などは、今も燃えさかる炎の色とともに鮮やかに思い出されます。

また、ジェームズ三木さんの最高傑作と言うべきはNHK大河ドラマ『葵 徳川三代』(2000年)です。

第1話で関ケ原の合戦の様子を描写し、そこから遡って豊臣秀吉が亡くなった後の豊臣政権内の対立から徳川家康と石田三成の対立を描き第1話の内容へと繋がる様子は、重層的であるとともに実に見ごたえのあるものでした。

特にとかく凡庸な人物として描かれがちな徳川秀忠が決して暗愚な人ではなく、聡明な人物であることを印象付けるために、徳川家康に諫言する場面を描き、家康が「秀忠、そなたも偉くなったのう」と怒りを押させつつ声を絞り出す様子は、秀忠を演じた西田敏行さんと家康役の津川雅彦さんの集中力の高い演技と合わせ、大河ドラマ史上屈指の一場でした。

担当したテレビドラマの脚本の多くがNHKで放送されたということも含め、視聴者に広く親しまれたジェームズ三木さんのご冥福をお祈り申し上げます。

<Executive Summary>
Miscellaneous Memories of Mr James Miki (Yusuke Suzumura)

Mr James Miki, a script writer, had passed away at the age of 91 on 14th June 2025. On this occasion, I remember miscellaneous memories of Mr Miki.

いいなと思ったら応援しよう!