分別で満足していないか?

最近、中東情勢の影響でナフサ不足が話題になることがある。ナフサはプラスチックなどの原料になる石油製品だ。企業は原料の調達先を増やしたり、リサイクル材を活用したりと対応を進めているように見える。

一方で、消費者側はどうだろう。

もちろん買いだめのニュースを見ることはある。でも、多くの人は普段と変わらない生活を続けているように感じる。石油製品が足りなくなるから節約しよう、という空気はあまりない。

ただ、本来は不足するから節約するのではなく、必要十分な消費を心がけるべきなのではないかと思う。

そんなことを考えていて思い出したのが、プラスチックごみの分別だ。

自分もプラスチックは分けて捨てている。でも正直なところ、その後どうなっているのかよく知らない。プラスチックとして再利用されているのか、それとも燃やされているのか。

調べてみると、自治体によって違うらしい。再資源化されるものもあれば、燃料として利用されるものもある。焼却して熱エネルギーとして活用されるケースも少なくない。

そこで気になるのが汚れの問題だ。

プラスチックをプラスチックとして再利用するなら、本来はきれいな状態で回収しなければ難しいはずだ。実際には軽くすすぐ程度で捨てている人がほとんどだと思う。

つまり、分別しているからといって、その全てが新しいプラスチックに生まれ変わっているわけではない。

もちろん分別は大切だ。でも、分別さえしていれば大丈夫という話でもない気がする。

むしろ大事なのは、その前の段階ではないだろうか。

本当にその包装は必要なのか。本当にその商品を買う必要があるのか。使い捨てである必要はあるのか。

環境問題というと、どうしてもリサイクル技術や再生可能エネルギーの話になりがちだ。でも消費者にできることは、もっと単純なのかもしれない。

必要以上に買わない。

必要以上に捨てない。

必要十分で暮らす。

昔の人は環境問題を意識していたわけではないと思う。それでも「もったいない」という感覚で物を長く使っていた。結果として資源の消費も抑えられていた。

石油製品との付き合い方も同じなのかもしれない。

足りなくなるから見直すのではなく、普段から必要十分を意識する。その積み重ねの方が、分別の方法を考えるよりも大きな意味を持つような気がしている。

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