会議に逃げるな
何かあるとすぐ「ちょっと会議しましょう」と言い出す人がいます。
これはよくない。本当によくない。
会議の正体は「言語化のサボり」である
不要な会議が生まれる原因は、突き詰めると一つしかありません。
言語化をサボっている。
これに尽きます。
たとえば何かの提案をしたいとき。「ちょっと会議で相談させてください」と言う前に、こう書けばいいんです。
目的は△△、生み出したい効果は□□です。
3案あります。
A案:〇〇(概要)
B案:〇〇(概要)
C案:〇〇(概要)
評価軸は①コスト、②スピード、③実現可能性の3つで、これらに照らすとB案が最適と考えます。
この方向で進めてよいでしょうか?
チャットを送って、返事を待つ。
終わりです。
会議なんて要りません。
でも、これをやらない人がいます。
なぜか。
自分の考えを整理してテキストに落とすのが面倒だからです。
「口頭で説明した方が早い」
「その場で意見を聞けた方がスムーズ」
よく聞く言い訳ですが、翻訳するとこうなります。
自分が言語化する工数を、参加者全員の時間を奪うことで肩代わりさせたい。
会議とは、言語化をサボった人間のツケを全員に払わせる行為です。
あらゆる「会議の目的」は、言語化で代替できる
「いや、うちの会議にはちゃんと目的があるんですよ」と思った方。
具体的に見ていきましょう。
「ブレストしましょう、意見交換しましょう」
聞こえはいいです。
クリエイティブで、チームワーク感があって、なんとなく仕事してる感も出る。
では聞きますが、大人数で集まった結果、集まらなかった場合よりも良いアイデアが出た経験、何回ありますか?
正直に思い出してください。
・・・ほとんどなくないですか?
実際に起きていることはこうです。
声の大きい人が場を支配し、「それいいですね」と忖度が飛び交い、微妙なアイデアに全員がなんとなく頷いて終わる。
そして心の中で「さっきの会議、結局何が決まったんだっけ?」となる。
アイデアを出し合いたいなら、テキストで出せばいい。むしろ、テキストの方が優れています。他人の発言に引っ張られず、全員が自分の頭で考えた案を出せるからです。これも結局、「各自がアイデアを言語化する」という工数をサボりたいから会議に逃げているだけです。
承認をもらいたい、意思決定してほしい
それは会議の問題ではなく、権限設計の問題なんですよね。
どこからどこまでは誰が意思決定していいのか。これがちゃんと言語化されて明文化されていれば、いちいち会議でお伺いを立てる必要はありません。チャットで「この方向で進めます」と書いて、進めればいい。
承認会議が頻発している組織は、意思決定の範囲が言語化されていない組織です。
進捗を共有したい
タスク管理ツールを見ればわかることを、なぜわざわざ口頭で報告させるのですか。
何のタスクを、何をもって完了とするのか、期限はいつか、今どのステータスか。これがちゃんとテキストで見える化されていれば、進捗共有ミーティングは不要です。
「でも、ツールを見ない人がいるんですよ」──それは会議の問題ではなく、ツールを見ないその人の問題です。会議で甘やかさないでください。
ちょっと相談したい
チャットで相談してください。以上です。
お気づきでしょうか。全部同じなんです。
言語化をサボっている。見える化をサボっている。そのサボりを、会議という形で他人に押し付けている。
構造は全て同じです。
・・・いや、わかりますよ。
喫煙所とかで、「ちょっとご相談いいっすかね」とタイミングを見繕って話しかけにいったほうがスムーズに物事が進む。
うん、そうだと思います。
僕も、何度も何度もやりました。
でも、思ったんですよね。
「自分が、そうやって気を遣いながら相談される人になりたくない」って。
そうやって「タイミングを見繕って、寝技で相談しに行こう認定」をもらう人がいっぱい世の中にいるから、アレコレの生産性が下がるわけですよ。
別にチャットでいいんよね。
喫煙所で話しかけにこようが、飲み会の場で言われようが「それ、ちゃんとテキスト化してメール・チャットで送っといて」と一蹴するの、大事だと思うんです(まあ、僕、タバコ吸わないんですけど)。
そういう塩対応をして、誰かを特別扱いしない。
というか、テキストで真っ向から相談してきてくれた、言語化をサボらずに向かってきてくれた人を大事にしてあげてほしいんです。
・・・まあ、この考えを押し付けるつもりはないのですが、僕はそういう考えで行こうと思います。
丁寧に言語化している人間がバカを見る
この問題で最もタチが悪いのは、真面目にやっている人が損をする構造になっていることです。
ちゃんと案をまとめて、資料を書いて、テキストで共有している人がいる。その隣で、何も準備せず「とりあえず会議で話しましょう」と言う人がいる。後者のせいで前者の時間が奪われる。
丁寧に言語化する人ほど会議に巻き込まれ、言語化をサボる人ほど会議を量産する。この構造を放置している組織は、確実に生産性の高い人間から順に疲弊していきます。
それでも会議をやるなら「読めばわかる状態」にしておく
百歩譲って、どうしても会議が必要な場面はあるとしましょう。緊急性が高い案件、テキストでは伝わりにくいニュアンスの最終調整。
その場合でも、「読めばわかる状態」にしておくのが、他人の時間を奪うことへの最低限の礼儀です。
やってはいけないことを順番に並べます。
最悪:資料が何もない
口頭だけで説明して、空中戦で議論しようとする。全員の脳内に同じ絵が描けるわけがない。これは会議ですらありません。コストのかかる雑談です次に悪い:資料はあるが、口頭で読み上げるだけ
人間の目読スピードは、口頭説明を聞くスピードよりも圧倒的に速い。資料をただ読み上げる説明は、参加者の時間を意図的に引き延ばしているのと同じです。口頭で説明する意味があるのは、目読するより短い時間で、かつ正確に伝わる場合だけです。よっぽどのことがない限り、読んだ方が早いんです。普通にあるべき姿:読めばわかる資料を用意して、黙読からスタートする
Amazon方式です。会議の冒頭5分、全員で資料を黙読する。口頭だとごまかしがきく曖昧な部分も、テキストにすると逃げ場がなくなります。だから資料の質が上がる。質が上がるから、黙読5分+議論10分で意思決定ができる。合計15分です
思考停止で入れた「1時間」の会議と、ちゃんと準備した15分の会議。
差の45分はどこに消えたのか?
その人の怠惰に吸い込まれたんです。
ここでも根っこは同じです。
「読めばわかる状態にする」とは、つまりちゃんと言語化するということ。
会議の準備をサボるのも、会議を安易に開くのも、言語化から逃げているだけです、
会議に逃げるな
言いたいことはシンプルです。
言語化をサボるな。
言語化する工数を他人に押し付けるな。
口頭でごまかすな。
チャットで済むならチャットで。
テキストで共有できるなら共有で。
権限を明確にすれば承認会議は不要。
タスクを見える化すれば進捗共有も不要。
どうしても会議が必要なら、読めばわかる資料をちゃんと用意しろ。
「とりあえず会議」は、思考停止の象徴です。
言語化から逃げ、整理から逃げ、準備から逃げて、その全てのツケを参加者に回す行為です。
会議を招集する前に、自分に問いかけてください。
「これは本当に会議じゃないと解決できないのか? それとも、自分が言語化をサボりたいだけなのか?」
答えが後者なら、会議室を閉じて、ドキュメントを開いて、ちゃんと言語化する。
これが、他人の時間を大切にする、ひいては自分の時間を守るのにもつながると思うんです。
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