カターレ富山 ― ユニフォームパートナーに込めた覚悟
既報の通り、ユースキン製薬はJ2・J3百年構想リーグのトップパートナー契約および、まもなく開幕する2026/27シーズンにおいて、ユニフォームパートナー契約を締結いたしました。

左:カターレ富山 左伴繁雄 社長
右:ユースキン製薬 代表取締役社長 野渡毅之
カターレ富山とオフィシャルパートナー契約を結んだのは、4年半前の2022シーズン。そこから5年目を迎えた今年、トップパートナー、そしてユニフォームパートナーへと関係を深めることになりました。
今回は、そこに至るまでの経緯と、そこに込めた想いと覚悟を綴りたいと思います。
※本記事はユースキン製薬 代表取締役社長 野渡毅之が執筆しました。
富山は「拠点」以上の場所
ユースキン製薬は1955年3月11日に神奈川県川崎市で創業しました。
「ひび・あかぎれ・しもやけ」に効くクリーム「ユースキン」を中心に売上を拡大してきました。
近年の売上増加に伴い、生産規模を拡大するため、2015年に富山市八尾町への生産拠点移転を進め、2016年1月より本格稼働。今年で、本稼働から丸10年が経過しました。
現在、ユースキン製薬の製造拠点は、この富山工場ただ一つです。つまり富山という地は、私たちのものづくりを支える、かけがえのない中核拠点となっています。

私たちにとって富山は、単に工場がある場所ではありません。ここで働く仲間(社員)がいて、その家族がいて、地域の皆さまの支えがあって、私たちの事業は成り立っています。
本稼働を始めた2016年には、私自身も家族とともに富山へ移住し、約2年間をこの地で過ごしました。だからこそ富山は、会社としても、そして私個人にとしても、とても特別な場所なのです。

カターレ富山との出会い
富山に2年間(2016年1月~2018年3月まで)住んでいたものの、当時の私にとってカターレ富山は身近な存在ではありませんでした。一度もスタジアムに行ったことはなく、社内で話題になることもありませんでした。
私とカターレ富山の出会いは2022年4月、広報・プロモーション業務の責任者として企画部へ異動となったことがきっかけです。着任早々、当時の企画部マネジャーから相談を受けたことを、今でもよく覚えています。
「今季からカターレ富山とスポンサー契約を結びましたが、契約の条件として、社長(現在の会長)からは『富山工場の社員を巻き込むように』と言われています。どうしたら良いでしょうか」
過去のnoteにも書きましたが、当時の富山工場の反応は、決して芳しいものではなかったと記憶しています。私が富山に住んでいたころ、社内で話題になることもなかったのですから、無理もない話かもしれません。
今でこそ社内で「カターレ富山」の存在はずいぶんと浸透してきましたが、契約当初は決して盛り上がっているとは言い難い状況でした。それでも、せっかくご縁をいただいた以上、まずは社員に関心を持ってもらいたい。そんな想いで、試行錯誤の日々が始まりました。
共感したビジョン
「ここに住んでいて良かった」と思っていただけるクラブへ
2022シーズンにオフィシャルパートナーとなって以降、私たちは毎年スポンサー契約を継続し、少しずつ支援の幅を広げてきました。ただ、正直に言えば、当初はここまで支援を拡大することになるとは想像していませんでした。
スタジアムに看板を出したからといって、売上が上がるわけではありません。企業としての認知拡大にも限界がありますし、広告効果を求めるのであれば、もっと効率の良いプロモーション策はあるでしょう。
また、スポーツチームへのスポンサー支援は、社内で必ずしも全員の理解を得られるものではありません。スポーツが好きな社員もいれば、そうではない社員もいます。その予算を別のことに使ってほしい、と感じる人がいても不思議ではないのです。
それでも私が、カターレ富山との契約を継続し、さらに拡大していこうと考えたのには、はっきりとした理由があります。
それはカターレ富山・左伴繁雄社長のブレないビジョンに、強く共感したからです。

「ここに住んでいて良かった」と思っていただけるクラブへ
県民の皆さんに、心からそう思ってもらえるクラブでありたい。
初めて左伴社長にお会いした時から、その想いは一貫して変わることはありません。富山県に生産拠点を置く一企業として、このビジョンに強く共感したのです。
チームが勝つこと、昇格すること、優勝すること。
それらはもちろん大切なことです。
しかし、プロスポーツチームに求められるものは、それだけではないはずです。
なかなか結果の出ない日が続いたとしても、県民の皆さんが「ここに住んでいて良かった」と思えるクラブであることこそ、本当に大切なのだと、私は思っています。
苦しいシーズンの先に見えたもの
今年の百年構想リーグでは準優勝と躍進したカターレ富山。しかし、昨シーズン(2025シーズン)は、カターレ富山を応援する皆さんにとって、本当に苦しい時間が長いシーズンだったと思います。勝てない試合が続き、次第に降格の不安が現実味を帯びていきました。
私自身も、「もうダメかもしれない」と諦めかけたことがありました。それでもカターレ富山は、最後の最後で奇跡の残留をつかみ取りました。
奇跡の残留劇は過去のnoteにも記しています。当社公式noteの中でもっとも反響の大きかった記事です。

これまでのスポンサー活動を通して、私はあらためて感じました。
カターレ富山があることで、週末を楽しみに思える人がいる。
子どもたちが選手に憧れ、夢を見る。
職場や学校、家庭の中で、同じ試合の話題から会話が生まれる。
たとえ苦しくても、「次こそは」と前を向くきっかけになる。
カターレ富山が、人々の気持ちをつなぎ、街に一体感を生み出す。そんな存在になりつつあると私は思っています。
「支援する」の一歩先へ
私は、カターレ富山との関係を、単なるスポンサー契約とは捉えていません。一般的にスポンサー契約とは、年間の協賛費に対して、それに応じた企業名やブランドロゴの露出が対価となるものです。ユニフォーム、スタジアム看板、横断幕、大型ビジョンなど、露出の形はいろいろあります。
もちろん、いずれも大切な価値です。
ただ、私はそれだけの関係ではもったいないと思っています。
例えば、ホームゲーム会場での「ユースキン・エシカル with カターレ富山」を通じて、売上の全額をクラブへ寄付する取り組みを続けてきました。この活動によって、製品廃棄への問題意識の一助になればと思っています。

また、能登半島地震の復興支援プロジェクトを通して、クラブとともに被災地に向き合ってきました。


そうした活動を重ねる中で感じたのは、カターレ富山が単なる「支援先」ではないということ。地域の未来を思い、人々に笑顔を増やしたいと願う、志をともにする仲間なのだということです。
2025年シーズンは首の皮一枚繋がり、J2残留を果たしました。途中、勝てない日が続き、チームは苦しかったはずです。それでもカターレ富山は復興支援活動をやめませんでした。自分たちのことだけで精一杯の状況の中でも、左伴社長は「それとこれは別なので」ときっぱり私に宣言してくれました。そんなチームを支援したいと、私は心から思いました。
支援する。 協賛する。
言葉にするのは簡単です。
しかし苦しい時に支援できるかが本当に大切なはずです。
苦しい時こそ、一緒に悩み、一緒に考え、一緒に喜ぶ。
だからこそ、「J1昇格を目指す」と宣言した2026/27シーズン、私たちはトップパートナー・ユニフォームパートナーとして、カターレ富山との結びつきをさらに強める決断をしました。
満場一致ではなかったユニフォームパートナー
ユニフォームパートナーへの参画は当社にとって大きなチャレンジ。当然ながら取締役会議で諮られる議案です。しかし、ユニフォームパートナーに対する疑問の声も上がりました。
そんな中、とある役員がこう発言しました。
「 社長自身が先頭に立って、毎週 "応援だより" を書き、月曜日の朝9時前には全社に配信され、今ではカターレのSNSにも掲載されている。それを4年間休まずやり続けている。
ユニフォームパートナーは金額も大きいため、生半可な気持ちであれば反対するが、ここまで真剣に取り組んでいるので後押ししたい 」
そう言ってくれました。
そこまで言ってくれてありがたい、という気持ちと、責任の重さを感じました。
結果、取締役会議で無事に承認され、晴れてユニフォームパートナーとなりました。そして同時に、私は役員陣の前でコミットしました。
「会社として何か予算を削減しないといけない局面に立たされた時、カターレ富山の予算を最初に削ります。
ただし、そうならないように精一杯努力します。」
ユニフォームに社名が入る。これは企業として大きな誇りです。Jリーグの開幕を少年時代に見ていた私にとって、夢のようなことです。その一方で、大きな責任でもあります。
軽い気持ちで引き受けられるものではありません。今回の決断に至るまで本当に悩みました。それでもなお、私はこの一歩を踏み出したいと思いました。
苦しいときも、うれしいときも、しっかりと支える側でありたい。選手たちの背中を押し、クラブの挑戦を後押しし、地域の熱量をさらに大きくしていく一員でありたい。
そんな思いが、今回のパートナーシップにつながっています。
ひとつでも多く勝ってほしい。
J1昇格、そしていつかはJ1優勝という壮大な夢を叶えてほしい。
その気持ちは、もちろん私たちの中にあります。
しかし、私たちが応援する理由は、勝敗だけではありません。
「この街にカターレ富山があって良かった」
と思える瞬間を、もっと
これから先、順風満帆とは限らないと思います。思うようにいかない日もあるでしょう。2025シーズンのように、悔しさを噛みしめる日もあるはずです。
でも、だからこそ応援には意味がある。
苦しいときに支え合い、喜びを分かち合う。
私たちユースキン製薬は、これまで以上に熱く、真っすぐに、カターレ富山を応援してまいります。
「この街にカターレ富山があって良かった。」
サポーター・地域の皆さま、そしてユースキン製薬の社員と共に、
そう思える瞬間を、もっと。
頑張れ、カターレ富山!!
ユニフォームパートナーを後押ししてくれた「カターレ富山 応援だより」はこちらからバックナンバーをご覧いただけます。
※本記事公開現在、閲覧可能なバックナンバーは2026年の百年構想リーグのみ
あとがき
26年7月23日 カターレ富山の齋藤取締役が弊社本社(川崎)へお越しくださり、出来上がったばかりの新ユニフォームを持ってきてくださいました。

ユニフォームは選手たちの戦闘服。
そこに刻まれたyuskinのロゴを見て、気持ちが引き締まると共に開幕への期待を膨らませました。
📍ユースキン製薬株式会社様 本社訪問
— カターレ富山 (@katallertoyama) July 23, 2026
今季からユニフォームパートナーとしてご支援いただく #ユースキン製薬株式会社 様を訪問し、出来上がったばかりの2026/27シーズンユニフォームを #野渡毅之 社長へ直接お届けしました✨
開幕を心待ちにしてくださっている野渡社長😊… pic.twitter.com/ksT3W3Yv9L
