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脳に橋はなくても、心に言葉の橋を架ける:第4章|「治せない」から、自分で探したこと 4-5〜4-7|美術館という避難場所


4-5 美術館という避難場所

 診断をきっかけに、私の生活に新しく根づいた習慣の一つが、美術館に足を運ぶことだった。

 もともと学生時代から、美術の成績は悪くなかった。絵を見ることも描くことも、どちらかといえば好きなほうだった。脳梁欠損症とわかってからは、意識的に「脳を刺激する手段」として、美術鑑賞を生活の中に組み込むようになった。

 『脳は「ものの見方」で進化する』(ボー・ロット著)には、美術を通じて私たちの知覚や「ものの見方」がどう変化するかが語られている。絵画を前にしたとき、私たちは単に色や形を見ているのではなく、それまでの経験や記憶、価値観を通して世界を再解釈しているのだという。

 私の場合、美術館はまず何よりも、「静かな避難場所」として機能している。仕事や人間関係で心がざわつき、「もう何も考えたくない」と思うようなとき、私はふと美術館に足を向ける。展示室の静けさ、足音やささやき声が遠くで混じり合う空気、油絵の具の匂い。そうしたものに包まれていると、胸の内に溜まっていたざわめきが少しずつ静まっていく。

 余裕のあるときは、一枚の絵の前に長く立ち止まり、細部をなぞるように時間をかけて見る。筆の運び、色の重なり、キャンバスの余白。そのすべてを通して、作者が何を見て、何を感じ、その一瞬をどう切り取ったのかを想像する。それは、私自身の「ものの見方」を少しだけ揺さぶる時間でもある。自分の世界の外側にある視点に触れることで、「自分の見ている世界がすべてではない」と思い出させてくれる。

 美術館に通うことが、脳梁欠損症の症状を直接軽減するわけではない。それでも、心の余裕を取り戻し、「もう少しだけやってみよう」と思える精神的なスペースを確保するうえで、美術鑑賞は私にとって大事な支えになっている。

4-6 音楽が整えてくれるもの


 音楽もまた、診断後の私の生活の中で重要な位置を占めるようになった。

 田中多聞著『自分でできる音楽療法(心の病気は音楽で治せ)』には、音楽が心の健康や脳の働きに与えるさまざまな影響が紹介されている。ストレスや不安を和らげたり、感情の解放を促したり、集中力を高めたり――音楽は、目に見えないかたちで私たちの脳と心を整えてくれる。

 私自身、音楽の力を強く感じる場面はいくつもある。仕事で集中したいときには、好きなアーティストの曲を聴きながら作業をすると、不思議と効率が上がることが多い。逆に、気持ちを落ち着けたいときには、クラシックや自然音を選ぶ。雨音や波の音、森のざわめきといった音は、頭の中のざわつきを静かに洗い流してくれるように感じる。

 気分が落ち込んだとき、必ずと言っていいほど口ずさむ曲もある。Bobby McFerrinの「Don't Worry Be Happy」。あの軽やかなメロディーと「Don't Worry Be Happy」というシンプルなメッセージは、行き場のない不安にぐるぐると巻き込まれそうなとき、私をふっと現実に引き戻してくれる。「とりあえず、いま深呼吸しよう」と思えるだけで、その日はなんとか持ちこたえられたりする。

 注意しなければならないのは、感情の状態と音楽のテンポや雰囲気の相性だ。気分が落ち込んでいるときに、いきなりテンポの速い曲を聴くと、心と音楽のギャップが大きすぎて、かえって疲れてしまうこともある。自分の心の状態より、少しだけ明るい。そんな音楽を選ぶことが、私にはちょうどいい。

 音楽もまた、脳梁欠損症を「治す」ものではない。けれど、「今日一日をなんとか乗り切る」「もう少しだけ前を向く」ための微調整を、静かに手伝ってくれる存在だ。そうした小さな調整の積み重ねが、結果として、私の生活全体を少しずつ支えてくれている。

4-7 「治らない」を受け入れた先にあるもの


 脳梁欠損症は、薬や手術で「元通りの脳」に戻せるものではない。大学病院で「これ以上できる検査はありません」と告げられたとき、その事実は冷静な形で突きつけられた。しかし、それは同時に、「医療だけが生きやすさを左右するわけではない」ということを、自分に問い直すきっかけにもなった。

 主食を変える。少し長く歩いてみる。美術館に足を運ぶ。音楽の力を借りる。

 どれも特別なことではない。誰でもできることばかりだ。けれど、「脳梁欠損症を抱えた自分にとって」という視点で見直してみると、その一つひとつが、確かに生活の質を支えていることに気づく。

 「普通には治らない」脳を抱えている。それはたしかに現実だ。しかし同時に、「それでもやれることはある」「自分なりのペースで、自分の脳と付き合う方法を選び取ることはできる」という現実も、ここにはある。

 この章で書いてきたのは、そのごく一部にすぎない。けれど、同じように「検査では問題なし」と言われながら、日々の生活に見えない困りごとを抱えている人にとって、何か一つでも「自分にも試せそうだ」と思えるヒントになればと願っている。


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次回予告【脳に橋はなくても、心に言葉の橋を架ける:第5章|感情とメンタルの揺らぎ 5-1|怒りのコントロールの難しさ】

よかったら読んでみてください。

#脳梁欠損症 #生きづらさ #当事者手記 #見えない障害

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